「かわいそう」ってどういう意味よ?

誰かに「かわいそう…」と同情された、もしくは同情した経験はないだろうか。
言われたことは無くとも、言ったことはあるのではないかと思う。「気の毒に思っています」くらいの意味かもしれないし、本当に心から「私はあなたを気にかけています」という意味のときもあるだろう。

たぶん、何気なく発する言葉なんだと思う。
でも私は「かわいそう」と言われたことで、ひどく傷つき怒りすら湧いた経験がある。
理由はよく分からない。言ってきた相手が、さして仲良くない取引相手だったからか、声のトーンが気に食わなかったのか。

とにかく「かわいそう」と言われて良い気持ちになる人間は居ないと思うのだ。

そもそも「かわいそう」とは、どういう言葉なのか

なぜ「かわいそう」という言葉にこんなに引っかかったのか、わからないなりに言葉の語源を考えてみる。言った相手に他意は無かったのだろうが、無理やりにでも心を宥める理由をさがしたい。

「かわいそう」という言葉は、「かわいい」+「そう」から成り立っている。
「おいしい」+「そう」=「おいしそう」と同じだ。
でも意味はまるっきり違う。現代における「かわいい」はプラスのイメージ、「かわいそう」はマイナスなイメージの言葉だ。まるで陰と陽みたい。

『日本国語大辞典 第2版』によると「かわいい」という言葉の語源は、平安時代に使われていた「顔映ゆし(かほはゆし)」だそうだ。「顔映ゆし」には、照り輝くという意味もあれば、恥ずかしい、不憫、気の毒、といった意味もある。なんとも二面性のある言葉である。江戸時代頃には、不憫、憐れという意味が転じて、現在と同じように、愛らしいという意味で定着していたそうだ。不憫だとか憐れだとかマイナスな意味合いから、今と同じ「かわいい」と言われ始め、言葉の意味がまるっきり反転してしまったのだ。それってアンガールズの「キモかわいい」と似ている気がする。最近は「かわいい」という言葉にいろんな意味がある。「うざかわいい」「ブサかわいい」など、○○だけどかわいいという使い方が大半で、どうも若干の嘲りを感じてしまう。ある意味、元の「気の毒」という意味に回帰し始めているのかもしれない。
脱線してしまったが、いずれにせよ、「かわいい」という言葉の根本には、弱者への憐みやお気の毒にという同情の念が込められていたのである。そして言わずもがな「かわいそう」はずっと、相手を憐憫するという意味を持っている。

「可愛い」「可哀想」漢字が違うのはなぜ?

かわいいを漢字で書くと「可愛い」と書く。これは中国語でも同じ漢字だということをご存じだろうか。中国語では「可愛」と書いて「クーアイ」と読む。読み方も似ている。もともとこの漢字だったのではないかと思ってしまうが、この漢字も後付けだそうだ。中国語の可愛いという意味「可愛」と日本語の「かわいい」が同じ意味だったから、この文字が使われるようになったのだろう。気が付いた人、すごいね。

では、「かわいそう」はどうだろうか。
「可愛そう」という漢字だと、だとなんだか意味とそぐわない。どうでもいいが、「おいしい」+推量の「そう」で、「おいしそう」なのに、「かわいい」は推量「そう」を付けると「かわいそう」になってしまう。推量をくっつけられない形容詞。日本語って難しい。
そんな中で意味にぴったりな漢字としてあてられたのが「可哀想」という文字だったのだ。ひらがなより「かわいそう度」があがっている気がする。なんだか漢字で書くとひしひしと心にダメージを与えられている気がしないか。

「かわいい」も「かわいそう」も同じ

「かわいそう」という言葉を調べていたら、いつの間にか「かわいい」が主題になってしまった。この2つの言葉は、それだけ切り離せない言葉だということだ。
私たちは簡単に、「かわいい」も「かわいそう」も口にする。調べてみて思ったことだが、両方とも、かなり上から目線な気がする。「かわいい」だって同情で、「かわいそう」だって同情なのだ。うっかり上司に「そのネクタイ、かわいい!」なんて言ってみろ。戦国時代なら殺されるんじゃないだろうか。かわいいなんて、本来は簡単に目上の人に言っちゃいけない言葉なのだ。肯定的な言葉は他にもいくらだってあるのだから、せめて私は違う言葉を選んで使いたい。きっとこれからも簡単に「かわいい」と連呼してしまうだろうけれど。

「かわいそう」だから何?

私は「かわいそう」と言われたことに引っかかっていた。けれど、「かわいそう」と言われたことに傷ついたのではなく、相手の無責任さに腹が立っていたのではないか。
有名なセリフ「同情するなら金をくれ!」ではないが、同情するなら何か一緒に考えてほしかったし、手を差し伸べて欲しかったのだ。たぶん。
本当に気の毒だと思っているなら、それを伝えて貰った方がマシだ。
「お気の毒ですね」「大変でしたね」だってなんだっていい。相手のことを本気で考えているならもっと言葉を選べたのではないだろうか。というかやっぱりムカつく。「かわいそう」なんて余程親しくない限り、他人に言われる筋合いはない。

「かわいそう」に良い意味なんてない。やっぱり面と向かって他人に浴びせて良い言葉じゃないように思う。調べれば調べるほど、言葉の鋭さが伝わってくる。暴言ではないのに、誰かを傷つけるには十分な言葉。「かわいい」だって同じで、言われる人間を蔑む意味を持つことだってありえる。

だから大声で言いたい。
「かわいそう」と思うなら、言う前に助けておくれ!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?