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ショートショート 「薬に頼らない治療」

心療内科を訪れていた。
ここ最近、眠れなくて困っているのだ。

「とりあえず睡眠導入剤を出しておきましょうか」
「先生。私、薬が好きじゃないんです」
「あー。そうなんですか」
「すみません、わがままを言って」
「いえいえ。じゃあ、アレ試すか…」
「アレって?」
「いやね、よく効くのがあるんですよ」
「薬以外で?」
「はい。もちろん保険適用外になりますがね。税込15,070円です。高価ですが、そのぶん効果は抜群ですよ。あは、あははは…」
「…」
「失敬、失敬。まあ身体に合ったらの話ですが、長い目で見れば間違いなくお得だとは思います。なにせ使用期限がなくてずっと使えますから」
「え。ずっと使えるんですか…?」
「はい。一旦購入すれば一生涯使えます」
「へえぇ…」
「試してみます?」
「身体に害は…」
「一切ありません。彼女も使ってるんですよ」

医師はそう言って傍に立つ看護師を指した。
私は彼女に質問した。

「その1万5千円するなにかは本当に効果がありますか?」
「はい。アレのおかげでスムーズに入眠することが出来るようになりました」
「ふーん…」
「15分以内には確実に眠りに就くことが出来ます」
「たったの15分で?」
「ええ。早い時なんか5分掛かりません。もちろん個人差はあると思いますが…」

私は医師のほうに向き直った。

「先生。じゃあ、それ下さい」
「分かりました。病院の裏に薬局があるのをご存知ですか?」
「ええ、知ってます」
「その隣にシャッターの下りた倉庫があるので、インターホンを押して名前を仰って下さい。すぐにアレが受け取れるよう手配しておきますから」

診察室を出て会計を済ませ、病院を出た。
病院の裏手にまわると、医師が言った通り薬局の向こうに倉庫が見えた。
前まで行ってインターホンを押すと男の声が応対した。

「はい…?」
「ごめん下さい。佐藤と申します」
「あー、はいはい。佐藤さんですね。先生から伺っております。すぐにアレをお渡ししますので、そこでお待ち下さい」

程なくしてシャッターが開き、70代ぐらいの男が姿を現した。

「使用法は簡単です。開いて目を通して下さい」
「開いて、目を…通す?」
「はい」
「ふーん…。じゃあ、15,070円」
「はい、ちょうど頂戴します。ちょっと重いですよ」

男が差し出したものは六法全書だった。

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