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短編小説 「きんたまつり」

わっしょい、わっしょい♪
わっしょい、わっしょい♪

土曜日の昼下がり。
村じゅうのたぬきが原っぱに集まっていた。
村は4年に一度の祭典「きんたまつり」の開会式を一週間後に控えており、そのリハーサルが行われているのだ。
「きんたまつり」は日本全国からたぬきのアスリートが集結し、その力を競い合う総合スポーツ大会である。
人気種目は、玉転がし、玉入れ、お玉リレー、お手玉などで、各種目の入賞者には、日本きんたまつり委員会より信楽焼のたぬき像が贈られる。

また、閉会式の前にはスポーツ競技よりも注目を集める、ある催しが用意されいる。
それは「たまくらべコンテスト」だ。
このコンテストは地方予選を勝ち抜いたオスだぬき達が、ステージ上でたまの大きさや美しさを競い合う品評会で、最優秀選手に選ばれたたぬきには「バロン・ドール賞」が贈られる。
「バロン・ドール」はフランス語で「黄金のたま」という意味で、受賞者にはサッカーボール大の球を載せた金色のトロフィーが贈られる。
これは大変に価値のある賞で、受賞者は生涯に渡ってその恩恵に浴することになる。
受賞者のなかには、のちにタレントに転身したものや、政界に進出したものも多数おり、さらには本人の名を冠した橋や図書館が建造されたケースまであった。

さて、本番さながらの緊張感が漂う特設ステージでは、実行委員の阿川がてきぱきと部下に指示を与えていた。

「おーい、江川くん。風が強いから吊り物の設営は明日にしようか。あと、やぐらの提灯の並びをもう一回チェックしといてよ。大事なスポンサー様なんだからね」

阿川は開会式と閉会式の運営およびメディア対応を任されている4歳の若だぬきで、実行委員会からの信頼も厚い。

「じゃあ、歌行きましょうか。井川さん、スタンバイお願いします」

阿川の指示を受けて、歌手の井川莉亜奈がステージに上がった。
井川は昨年末、歌謡界に彗星の如く現れた若手女性歌手である。
彼女はデビュー曲「ポンでリプレイ」を皮切りに、これまでにリリースしたシングル5曲を、すべてチャートのトップ10に送り込んでいる。
R&Bからポップスまで幅広いジャンルを歌いこなす歌唱力はもちろん、お色気たっぷりのパフォーマンスもその人気の秘訣だった。

この村が「きんたまつり」の開催地に選ばれた当初は、歌謡界の大御所グループ「たぬきんトリオ」が開会式のパフォーマーを務めるであろうとの見方が有力であったが、最終的には下馬評を覆して井川莉亜奈が選出された。
この選出に納得が行かない古だぬき連中からは、彼女が選出されたことに対する不満の声も多く聞かれた。
選出に関わった阿川も非難の対象となったが、彼はタブロイド紙をはじめとするメディアからの追及に対して無言を貫いた。
なぜなら、実際にやましいことがあったからである。

阿川には妻と2頭の子だぬきがいたが、彼は数ヶ月前から井川莉亜奈と肉体関係にあった。
阿川がまつりの実行委員になったことで、開会式出演を目論んだ井川がいわゆる「枕営業」を仕掛けたのだ。
「据え膳食わぬはオスだぬきの恥」とばかりに、阿川は井川のアプローチをすんなりと受け入れた。
そしてその後、阿川がその権力を存分に行使することで、2頭は互いが欲するものを与え合ったのである。

「PAさん、音出してくれる?…井川さん、モニターのチェックお願いします」
「はーい。あ〜、あ〜♪」
「どうですか?」
「もうちょっとモニターのボリューム上げて貰えますか?」
「了解。PAさん、返し弱いって。モニター上げて。…オッケー?」
「井川さん、どうですか?」
「あ〜、あ〜♪…はい、OKです」
「了解。じゃあ、行きましょう。ミュージック、スタートォォォ」

会場に大会のテーマ曲「きんたまつり音頭」のイントロが流れ出した瞬間、井川の未だあどけなさの残る少女の顔が、アーティストのそれへと変貌した。
そして歌い始めるや否や、彼女は会場の空気を一変してしまった。
設営に勤しむスタッフの中には思わず作業の手を止めてしまう者もあったほどで、その様子を見た阿川は開会式の成功を確信した。

われ〜ら た〜ぬき〜の まったぐーらに〜
ふた〜つ な〜らぶは き〜んのたま〜
でか〜い やつほ〜ど よくモテる〜
でっかけ〜りゃ でっかいほ〜ど よくモテる〜

きん きん きん き〜んのたま
月、火、水、木 き〜んのたま
よねんに いちどーの おまつりだ〜
きんたまつりが はじまるよ〜♪

「きんたまつり音頭」を歌い終えると、井川はすぐに元の少女の顔に戻ってステージを降りた。

「井川さん。お疲れ様」

タオルを手にした阿川が、井川の元へ駆け寄って声を掛けた。

「阿川さんのほうこそお疲れでしょう?」
「いやあ、そうでもないよ」
「ねえねえ、阿川さん。来週の金曜日の夜っておヒマ?」
「来週の金曜日って、まつりの前日じゃないか」
「いいじゃない、別に」
「うーん…」

この時、阿川の頭のなかには宇川珠子の顔が浮かんでいた。
宇川は閉会式に出演して創作ダンスを披露する前衛舞踏家で、村の内外でその才能を高く評価されている才女であった。
選考委員会は満場一致で彼女の出演を決めたのだが、阿川は自分が便宜を計って宇川を抜擢したことにして、彼女に恩を売るつもりでいた。
阿川はそれを口実に宇川を口説いて、彼女の身体をものにしようと企んでいたのである。
金曜日は閉会式の最終リハーサルがあるので、阿川はその終了後に作戦を決行するつもりであった。

「さすがにまつりの前夜はなあ…」
「ふん。そんなこと言って、他にも女がいるんでしょ?」
「そ、そんな訳ないだろ」
「じゃあ約束ね。私、夜の11時に湖のほとりで待ってるから」
「そんなこと言われても…」
「待ってるからね」

井川莉亜奈はそう言い残して、阿川の元を去って行った。
阿川はため息をついた。

まったく、これだから若い子は…。

「阿川さん、阿川さん」

宇川と入れ替わるようにして阿川の元へやって来たのは、同じ実行委員で阿川の補佐を務める江川だった。

「どうした?」
「実行委員会あてにアメリカから手紙が届いたのでお持ちしました」
「アメリカって、あの外国の?」
「そうです。あのアメリカです。どうやら取材の申し込みのようでして」
「ふーん」
「これがその手紙です」

キンタマツリ ジッコウイインカイ メディアタントウシャサマ

ハジメマシテ ワタクシハ アメリカノ ケーブルテレビキョク
P.O.N.ノ エイギョウブチョウ ラ・クーン・ポンセ ト モウシマス
トウトツナ オネガイデ キョウシュクデスガ
ワレワレハ ライシュウ アナタガタノ ムラデ オコナワレル キンタマツリヲ
ゼヒトモ シュザイサセテ イタダキタイト オモッテオリマス
マツリノ ジュンビデ オイソガシイトコロトハ ゾンジマスガ
ナニトゾ ヨロシク オネガイモウシアゲマス ポン。

P.O.N.ネットワーク Co, Ltd.  
ダイイチエイギョウブ ブチョウ ラ・クーン・ポンセ

「どうしよう。江川くん、君はどう思う?」
「うーん。なにぶん私はアメリカのたぬきに会ったことがないものですから…」
「そもそも、この村には外国へ行ったことがあるたぬきなんかいないしな」
「ところで、彼らのきんたまは如何ほどのものなんでしょうね?」
「問題はそこだよ。もしアメリカのたぬきのきんたまが俺たちよりもデカいとしたら、俺たちは笑いものにされてしまうからな」
「でも、逆に彼らのものが我々より小さかった場合には…」
「もちろん、笑いものになるのは彼らのほうだ」
「彼らの取材を受け入れるかどうかは、そこのところを確認してからですね」
「ああ。…でもどうやって調べよう?」
「なにかいい方法はありませんかね?」
「アメリカも我々とおなじ文明国だから、外に出る際にはみんなズボンを履いているだろうし…。江川くん。君、オスもイケる口か?」
「バカなこと言わないで下さいよ」
「冗談だよ。よし、こうなったらメスだぬきを現地に送り込もう」
「わかりました。すぐに手配します」
「くれぐれも内密にな。こんなことがバレたら俺たちはフェミニスト連中から吊し上げに遭っちまう。口が固くて尻が軽いメスだぬきを探すんだ」
「了解しました」

かくして、阿川からきんたま計測員としてスカウトされたモデルの緒川そらが、土曜日の朝にメジャーを持ってアメリカに飛んだ。
月曜日の夜を待って、阿川は緒川の元へ国際電話を掛けた。

「もしもし?」
「…むにゃむにゃ」
「もしもし?緒川ちゃん?」
「…あーい。緒川です」
「寝てた?」
「…そりゃ寝てますよ。朝の6時だもん」
「ごめんごめん。こっちは夜の7時なんだよ」
「あー、頭痛い」
「どうしたの?風邪ひいた?」
「ううん。ちょっと飲みすぎちゃって」
「ああ、二日酔いか」
「二日酔いっていうか、ついさっきまで飲んでたの」
「ってことは、いままさに酔っ払ってるんだ」
「絶賛、泥酔中。…で、なんの用ですか?」
「お疲れのところ悪いんだけどさ、もう計った?」
「なにを?」
「なにをって、アレだよ」
「アレって?…ああ、たまのサイズね」
「そうだよ。目的を忘れて貰っちゃ困るよ」
「すんません。いま計りまーす」
「え。いまそこにオスがいるの?」
「うん。いま男ん家。ぐっすり寝てるわ。えーっと…あれ?どこいったんだろ?」
「なに探してんの?」
「メジャー」
「ないの?」
「うん。昨日クラブで落としちゃったみたい」
「頼むよ〜、緒川ちゃん。その男ん家にメジャーない?」
「分かんない」
「分かんないじゃなくてさ、探してみてよ」
「あーい。メジャー、メジャーと…。あ、あった!」
「ほんとに?じゃあ、いま計ってよ」
「あーい。どれどれ?…えーっと、ざっと直径10センチってとこね」
「10センチか…。なんだ、俺たち日本のたぬきと変わらないんだな」
「そうかなあ?」
「まあ、おんなじたぬきだもんな」
「ふわぁぁぁ…」
「ごめん、ごめん。もう寝ていいよ。お疲れさん。朝早くから悪かったね」
「いいえ。じゃ、おやすみなさーい」

アメリカのたぬきのきんたまが自分たちと変わらない寸法であることを確認した阿川は、さっそくテレビ局に電話を掛けて取材を了承した。

木曜日の夜。
ケーブルテレビ局の面々が日本の土を踏んだ。
空港に出迎えに行った江川から阿川に電話があったのは、飛行機が到着した直後のことであった。

「阿川さん、まずいことになりそうです」
「どうして?」
「デカいんです…」
「デカい?」
「ええ。めちゃめちゃデカいんですよ!」
「なんの話をしているんだ?」
「あれですよ、あれ」
「あれって?」
「ちょ、ちょっと待ってください…」

場所を変えたのか、数秒経ってから電話口に戻った江川は小声になってこう続けた。

「たまですよ、たま。きんたまがべらぼうにデカいんです」
「え?」
「どいつもこいつも、ズボンの上からでもはっきりわかるぐらい巨大なきんたまをぶら下げているんですよ。おそらくわれわれの倍はあるんじゃないでしょうか?」
「な…なんだって!」

聡明な読者の皆様はもうお気付きであろうが、緒川そらが計測に使用したメジャーはアメリカ製、即ちインチ表示だったのだ。
しかし一旦取材を許可した以上、いまさら帰ってくれなどと言う訳にも行かず、翌朝から早速取材が始まった。

金曜日。
まつりの開催を翌日に控えた会場では、早朝から閉会式の最終リハーサルが行われていた。
会場の空気は、昨日までの緊張感が嘘のように弛緩し切っていた。
その原因はもちろん彼らアメリカから来たたぬき達の存在にあった。
総勢30名のテレビクルーは、ズボンの股間をぱんぱんにしながら会場のあちこちを取材して回った。
なかには、これみよがしにその一部を露出している者もおり、村のメスだぬき達は彼らが近くを通るたびに、見たこともないようなでっかいきんたまに熱い視線を送った。
閉会式に出演するメスだぬき達はみな明らかに集中力を欠いており、緊張感のないリハーサルがだらだらと続いて、そのまま終わってしまった。
閉会式のトリを務める前衛舞踏家の宇川珠子とて、その例外ではなかった。
気の抜けたダンスは、まるで夢遊病者が近所を徘徊する様子を真似ているかのようで、目も当てられない酷さであった。
そればかりか、宇川は20時まで予定していたリハーサルを18時で切り上げて、アメリカのテレビクルーたちと一緒に夜の森へと消えて行ってしまったのだ。

オスだぬきだけが取り残された会場で、阿川と江川は頭を抱えて座り込んでいた。

「阿川さん?」
「ん?」
「明日、大丈夫ですかね?」
「知らない」
「あんなでっかいものをぶら下げた連中の目の前で我々がきんたまの比べっこなんかしたら、きっと笑われちゃうんでしょうね」
「知らない」
「実行委員のお偉いさん方、怒るだろうなあ…」
「知らない」
「それにしても、緒川さんはどうして計測を誤ったのでしょうね?」
「知らない」
「ああ。どうしたらいいんだ…」
「知らない」

阿川はもうどうでも良くなっていた。
まつりがなんだ。
きんたまがなんだ。
そんな気分だった。
煌々と光る電光掲示板の時計は22時45分を差していた。

もうこんな時間か…。
あ。
確か11時に湖のほとりで待ってるって言ってたよな。

阿川は、これっぽっちも守るつもりがなかった井川の一方的な約束を思い出した。

「江川くん。俺、帰るわ」
「ちょ、ちょっと待って下さいよ」
「やだ」
「阿川さん…」
「知らない」
「しっかりして下さいよ、阿川さん!」
「知らない」
「明日はもちろん来てくれるんですよね!?」
「知らない」
「そんなあ…」

阿川はおもむろに立ち上がると、井川が約束の場所に指定した湖のほとりに向かって走り出した。
そして取り憑かれたように「知らない、知らない…」と呟きながら全速力で森を駆け抜けて、11時きっかりに約束の湖に辿り着いた。
しかし、そこに井川莉亜奈の姿はなかった。

「まあ、いる訳ないよな…」

静かな湖畔には、無数のホタルが舞っていた。
阿川はホタルが描き出す光の芸術をしばし呆然と見つめた。
ホタル達は気の抜けた宇川珠子よりもずっと美しく舞い踊っていた。

俺も飛べたらなあ…。

やがて阿川は観念したかのようにその目を閉じて、まぶたに映る光の残像をじっと見つめた。

そうだ!
いいことを思い付いたぞ。

阿川はふと頭に浮かんだアイデアにひとりほくそ笑んだ。
そして閉じていた目を見開くと、闇夜に模様を描き続けるホタルの様子を慎重に観察し始めた。
観察を終えると、阿川はさっそく自身の思い付きを実行することにした。

知らない。
知らない。
知らないもん。

阿川は忍び足で水辺に近づいて、ヨシの葉に留まったホタルを1匹捕まえた。
そして頭の上に葉っぱを乗せると、掌のホタルにひとつ頼みごとをした。

「ホタルさん。あとで光り方、教えてくんない?」

ホタルはこう質問した。

「いいですけど...。それって光らないんですか?」

阿川はホタルが照らす自身の下腹部を見下ろして、こう答えた。

「ああ、これね。キンってのは名ばかりのただのタマなんだよ」

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