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ショートショート 「通訳たち」

「ぐりぐりーズ」は5年前に創立されたプロバスケットボールチームチームだ。
彼らは現チームの前身であるタマ金属工業バスケットボール部時代から一貫して「国際色豊かなチームづくり」をコンセプトに掲げている。
なので、選手だけではなくスタッフにも積極的に外国人を採用していた。
監督は鈴木太郎氏、48歳。
彼はオーナーから全幅の信頼を寄せられており、戦術や選手の起用法についてはもちろん、選手獲得に関する権限も与えられていた。
そんなある日、鈴木氏にチームのスカウト担当者から電話が入った。

「…あ、もしもし。お疲れ様です。佐藤です」
「はい、お疲れちゃん。どしたの?」
「監督。私いまブルガリアにいるんですがね、凄い選手を見つけたんですよ」
「へぇ。そうなんだ」
「で、ですね、さっそく本人と話をしたんです」
「サトちゃんってば相変わらず仕事が早いね〜」
「いやぁ、それほどでも…。おほん。ま、とにかく彼は我々のチームおよび日本での生活にすごく興味を持ってくれてるんです」
「ほーほー」
「ところがひとつ懸念点がありまして…」
「というと?」
「彼はブルガリア語しか出来ないんで、言葉のことを心配してるんですよ」
「なるほどね。ウチにはいま通訳が13人いるけど、ブルガリア語が出来る奴はいねえなぁ…。ところでホントにいい選手なの?」
「それはもう間違いありません」
「じゃあ動画送ってよ。気に入ったらオーナーに掛け合ってブルガリア語が出来る通訳を雇って貰うからさ…」

1ヶ月後。
件のブルガリア人選手は晴れて「ぐりぐりーズ」の一員となった。
顔合わせの日、鈴木が彼を選手たちに紹介した。

「みんな。ここにいるハンサムガイが新しく我々の仲間になった、ゲっ、ゲっ、ゲオルギ・イヴァノ…ヴァ選手だ」

ゲオルギ・イヴァノヴァはブルガリア語で挨拶をした。

「Здравейте всички. Казвам се Георгий Иванова」

さあ通訳の出番だ。
まず、新しく採用されたブルガリア人通訳のディミトロフ氏がイヴァノヴァ選手の挨拶をベトナム語に訳した。
そしてそれをベトナム人通訳のホァン氏がデンマーク語に訳し、それをデンマーク人通訳のイェンセン氏がトルコ語に訳し、それをトルコ人通訳のタンタン氏がノルウェー語に訳し、それをノルウェー人通訳のイプセン氏が…。

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