最初の犬を飼うまでの話

人生最高の瞬間はこの時だった。

初めて犬が家に来たのは僕が高校生の時。

幼い頃、犬が欲しかった私は両親に懇願したが、
断られ続けた。

理由は金魚の世話を放置してたから。

幼稚園の時に祭りの金魚すくいで
もらった金魚を飼っていたのだが、
ふとした時にエサをやる程度で
水槽の掃除なんかは全くしなかった。
金魚を触りたくもなかった。

もとより、金魚すくいをしてた時は
そんな後先のことを考えてたわけでもなく、
ただ漠然と楽しんで、
せっかく獲った金魚を逃したくないという
気持ちだけだった。

両親に犬を飼いたいと言うたびに
金魚の事を蒸し返され、
それに嫌気が差していた僕は
いつからか「犬を飼いたい」と言うのをやめた。

ただ、犬を欲しい気持ちは変わらず持ち続けた。
両親は犬が嫌いな訳ではなく、
2人とも昔は犬を飼っていて、
可愛がっていた当時の犬の話をよく聞かされた。

だから、チャンスがあれば犬を飼う方に
押し切る自信はあった。

僕は犬に興味がなくなったように装い、
機会があれば犬を飼う流れに一気に持ちこむ
そんな作戦を立てた。

だが、そんな機会はなかなか訪れず、
僕は何年も退屈な日々を過ごしていた。

家にいても、楽しいことは一つもなかった。
毎日のように、友達の家に遊びに行き、
宿題も夜明け前に早起きしてやっていた。

ゲームを買って気を紛らわすこともあったが
常に薄暗くどんよりした空気が漂っている家では
楽しくなく、どのゲームもすぐに飽きた。

家族との会話も殺伐として、
話が盛り上がることもなかった。

いつしか、犬を飼いたいという思いも
だんだんと薄れていき、
このまま犬とは無縁の人生を
歩んでいくと思っていた。

高校卒業したら家を出て
一人暮らしの生活をすることに憧れていた。

そんな生活を送る中、転機は突然訪れる。

母の携帯に友人から一本のメールが届いたのだ。

実家でトイプードルが3匹産まれました。
大切に育ててくれる方の元に届けたいので
希望する方は私に連絡してください。

メールには3匹の子犬の写真が添付され、
母だけではなく他の人にも一斉送信されていた。

僕は【今日のわんこ】でトイプードルが出た時
母が興味を示した事を鮮明に覚えていた。

「犬を飼うならトイプードルがいい」

確かにこう言っていたのだ。

トイプードルは人気の犬種でペットショップでも
高く売られていたのは僕も知っていた。

だからこのメールが届いた時、
母の感情が揺さぶられたのは容易に想像できた。

母は僕にこのメールを見せ、
どう思うか聞いてきた。
僕はメールを見るなり、一瞬で悟った。

母は飼いたいと思っている

飼いたくなければ、僕に相談せずに
そのメールを削除すればいいだけであって、
僕に相談するということは
背中を押して欲しい以外の何物でもないからだ。

チャンス到来!

僕は力強く「飼いたい!」といい
母の背中を押した。

我が家では形式上は父が頂点に位置付けられるが
実質、母がほとんどの権限を握っているため
父は傀儡皇帝である。

しかし、犬を飼いたいと伝えたら
生意気にも少し躊躇した。
だが最終的には僕と母の説得で犬を飼うことに
同意してくれた。

母はすぐに飼いたいという旨を友人に伝え、
僕と母はどの犬にしようか悩んでいた。

ポケモンでも最初の御三家からどの1匹を
選ぶのか誰もが悩むところだろう。
僕はポケモンのゲームの中で、
その瞬間が一番ワクワクする。

なかなか決められないでいたが、
3匹のうち2匹はすでに引き取り先が決まっていて
僕らが飼う犬は3匹の中で
唯一のアプリコット色の牡犬に決まり、
数日後に見せに来てくれることになった。

僕はその日が楽しみで仕方なかった。
おそらく、家族全員がそうだったのであろう。
当日になるとまだ来てもいないのに
みんな座敷に正座し、
今か今かとその時を待っていた。

ピンポーン

家族全員が待ち望んでいたホーンがなり、
母が玄関を開けにいく。

玄関を開けたら、元気よくワンワンと吠えると
思っていたが、その様子はない。

母の友人がトースター程の
大きさのケージを軽やか持ってきて
本当に子犬が入ってるのか不安に感じていた僕。

ケージを開けると
デカビタくらいの小さなぬいぐるみが
ひょっこり出てきてキョロキョロしている。

犬とは思えない…
ヨチヨチ歩いてきたのを見て、
歩く犬のおもちゃと思ったほどだ。

それから僕のところにゆっくりと来てくれた。
僕は優しく前脚を持ち上げ、
お腹に単三電池が入ってないか確認した。

お腹に手を当てると微かに心臓の鼓動を感じ、
生き物だと実感する。

子犬が母の方に行くと、
僕は画質の悪いガラケーのカメラで動画撮影。

最初は犬を飼うことに躊躇した父も
ガラケーで動画撮影。

母と母の友人は犬のことについて話していたが
何を言っていたのかは覚えていない。

それくらい夢中になっていたのだ。

この犬が僕の家族になることが
とても嬉しかった。

この日は子犬と顔を合わせるだけで
正式に引き取るのは2週間後だったが
犬を飼うことへの実感が湧き、
家族と犬を迎え入れる準備を始めた。

それから2週間は家族とずっと子犬の話をした。

皆、新しい家族が来ることに胸を躍らせ
そわそわしながら待っている。

今までにない明るい家庭になる予感がした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?