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#21 好きが感謝に昇華した話⑧【リベンジマッチ】


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chapter16 声


__きっと、一生忘れない

そんな根拠もない確信を、恋が終わった瞬間の人間なら、いともたやすく感じてしまうらしい

別に失恋に酔いしれているとかではなくて、ただ純粋に、その時は思うのだ

「ありがとう」とか「ごめんね」くらいの
気持ちで

当然のことなのだが、時が経てばそんなことはほとんど忘れ去り、当時を思い出して涙を流す回数よりも恥ずかしくなる回数の方が多い

少々心が痛んでも、眠れなくなるような夜はこない

「こんなに心を動かされた出来事を忘れるわけがない」

そんなことを感じていた人間の記憶も、時間の流れとともに、ゆっくりと、知らないうちに、静かに日常に溶け込んで消えてゆく


***


記憶と五感を結び付けたとき、最初になくなるのは聴覚に残された記憶らしい

そして、視覚、触角、味覚、嗅覚の順に続く

そう、一番忘れにくいのはにおいである

好きな人のにおいは忘れないとよく言われる通りだ

でもね、弾丸告白しかしていない私にとっては聴覚と視覚でしかあの人のことを知らない

だから、いくら偉そうにあの日のことを絶対に忘れないなんて思ってても、いつか記憶は薄れていくんだ

例えば受験勉強が佳境に差し掛かった秋とか


***


2021.10
やっと過ごしやすい気候になった

駅と予備校を繋ぐ連絡通路を意味もなく歩きながら雲一つない新鮮な空気を目一杯吸いこむ

しばらくぶらついた後、駅前にそびえるオシャレな本屋&家電屋さんに立ち寄る

この空間には自由に座れる椅子がたくさんあった

空いている椅子に腰掛けて古文の単語帳を開く

気分転換だ

場所を変えると覚えやすくなる?かもだし

意外と同じようなことをしている人を見かける

穏やかな空気の中、自分の時間に入った

小一時間くらいした後予備校に戻る

道中は夕方とあってか帰宅ラッシュ真っただ中で、道の真ん中を通過するときは通勤客にもみくちゃにされそうだった

真ん中の通路は危ないので端っこを通り、駅ビルの中へ入る

横にはスタバがある。ここのスタバはいつ見ても繁盛しているみたい

イケてる人の集まるキラキラした場所

スタバには、なぜかそんなイメージがある

そういえばいつも見るのに入ったことはない

入ってみようかな、なんて思う

いやいや、どの分際で入ろうとしてんだ!立場をわきまえろ!

なーんて心の中の鬼に殴られたので素通り

学生らしいことは自分の中でご法度だったのだろう

オシャレな本屋さんに入ることは、参考書が並んでいるからという理由でなぜかお咎めなしだった

はよ予備校戻れと再び鬼コーチが叫ぶ

戻ればひたすら襲い掛かる過去問演習

「もう今日は頑張ったんだし、いいんじゃない?」

なーんて心の中の天使がささやく

「こらっ!予備校が閉まるまで自習室に決まってんだろ!」

こわーい鬼がいう

結局、予備校には戻ったのだがご覧のように心の中で天使と鬼がけんかするくらい集中力が切れていた

この日は、夜にガイダンスなるものがあった

いよいよ共通テストが近づいてきた生徒が、チューターの方のありがたーいお話を聞くという時間だ

チューターの方はたくさんの配布物を配っていたがその中に、合格したらやりたいことを書く紙が入っていた

合格した後のことを具体的にイメージすることで現実味が湧き、受験へのモチベーションがあがるらしい

(やりたいことか………)

ゆっくり考えてみた

まずは、バイトしたいな!社会経験!

子供と触れ合える実践的なのとかがいいなあ

あと今年お預けとなっていた旅をしたい!

いろんなとこ巡りたい!電車でも車でも自転車でも徒歩でも

友達とドライブなんかも大学生の特権だよね

あ、でもその前に友達作らなきゃだよ

トモダチ、、、ね

この1年ですっかり会話能力が落ちた気がする

大学っていろんな人がいるんだろうな

こんなちっぽけなもんじゃない、いろんなカラーの人が

きっとこれまで知らなかった世界も広がるんだろうな

様々な人と出会い、色鮮やかな体験をする!

なんだか綺麗に纏まった言葉を見ながら私は満足する

他にもいろいろと考えてたらA4の紙はすぐに埋まってしまった

モチベーションもだいぶ回復した

なんでこんなことしてるのか明確になったから


___でも何か、忘れているような気がする

いや、そんな気すらなかったのかもしれない

一番真っ先に合格したらやりたいことがあるのに


***



いつもの時間に、いつものホームに、いつもの位置に立って電車を待つ

半年もこの場所に立つといつも見かけるサラリーマンがいたりして面白い

いつも席に座るために早めにホームに向かうようにしているため空き時間が生まれる

駅のホームに立ったら、今日初めてのLINEチェックをする

親から来ていないかどうかだけを確認するものって認識だから帰る時だけでいいのである

でも親からしかこない割には通知が20件近くある

これは明日雪か…?

目を何度もぱちくりさせたが本当だった

恐る恐る開いてみるとなんと高校時代の演劇部のグループラインが稼働していたのだ

そこには一枚の画像とともにメンバーからの言葉があった

その画像とは、絵馬だ

地元の学業で有名な神社になんとメンバーで祈願に行ってくれたらしいのだ

めちゃくちゃ嬉しかった

しかも買ったお守りを郵送までしてくれるというのだ

なんて暖かい人たちなんだ

心の底からそう思った

いい仲間と出会えたなってしみじみしながら感謝のLINEをして閉じる

でもスマホのホーム画面に戻った時、なぜかLINEの通知がまだ5件余っていることに気づく

違和感を覚えて再びLINEを開く

なんとそこには実に1か月半ぶりのお便りが届いていたのだ

頭の片隅では待っていたのかもしれない、お返事

でももうこないだろうという気持ちの方が大きかったので驚きを隠せなかった

9月頃から受験勉強も佳境に入り、次第にあの人のことを考えなくなっていった

そんな自分を、久しぶりに思い起こさせてくれた

このままLINEが来ていなかったら私は本当に彼女のことを忘れていたかもしれない

そう思うとなぜかすごく怖くなった

記憶って、こんなにももろいのか

こんなにも風化してしまうものなのか

つい数か月前まですごく考えてたことなのに

あんなに勇気をくれてたものなのに

LINEが来た時、自分が嬉しいのかそうではないのかが分からなかった

これが複雑な感情かどうか分からなかった

自分がどう受け止めればよいかも分からなかった

帰りの電車のなかで、5件の通知が残ったままのLINEを見つめながら、私は久しぶりにあの卒業式の日を思い出そうとした

でも、私は残酷な事実に気が付く


あの人の、声が思い出せない


***


残酷だなんて大げさな

そう思うかもしれないが、当時の私はあれほどまでに自分を支えてくれる存在の声を忘れてしまうことは耐え難いことだった

顔は卒業アルバムを見ればわかる

でも声は聞けない

卒業式のときの景色は鮮明に思い出せるのに、音のデータだけ抜け落ちている

あの3/1からおよそ7カ月が経った今、”声を忘れてしまった人”との距離は物理的にも心理的にも広がってしまった

自分と彼女を結ぶのはたった1つのか弱い、糸にも満たないような繊維だけ

頭の中で再生されるあの日の映像は、だんだんとフィルムカメラで撮った写真のように、思い出として美化されてゆく

自分を意図せず助けてくれている優しさ溢れる人を忘れてしまう

それがたまらなく怖い


***


私は部活同期の彼女にとっさにLINEする

どうすればいいんだろうって

そしたらあちらも忙しいのにすぐに返信がきた

まずは、たとえ1か月以上間が空いたとしても、返信が来たってことは少なくともあなたのことを忘れてはいないってことだから素直に喜ぶべきだと思う。このまま一生返信来ないより全然マシ。そしてこたつが彼女のことを忘れるのはそれだけ頑張ってるから。忘れた声はもう一度聞くしかないね笑
だから、もしこたつが彼女に伝えたいことがあるのなら、笑顔で3月に会えるように今本気で頑張ればいいんじゃないかな?

スーっと絡まった毛糸が解けていく感覚がする

こんな中身のない相談に対してすぐに的確に、私を肯定してくれながらアドバイスをくれる

ほんとすごい人だ。幸せになって欲しい

鬱な気持ちを電車に置いてプラットフォームに降り、私は帰路につく

家に帰ると、今日もらった合格したらしたいことシートを出す

そして余白の部分にこっそりと

大切な人に会ってその時の想いを伝える

と付け加えた




chapter17 リベンジマッチ


その日から私は自習室の壁の正面に合格したらしたいことシートを貼るようになった

壁には覚えたい単語や歴史の年表なんかも付箋に書いて貼っていたので壁が見えなくなっていた

そして、毎朝、1枚の付箋に

「笑顔で、会うんでしょ?」

と書いて貼る

これが目に入るとさぼれない

今の自分を一番制御できる方法だった

日によって言葉は少し異なり

「会うために、今一番大事なことをやろう!」

とかの日もある

そうやって、2次試験が終わるその日まで、ずっとこの習慣を続けた


***


2021.12

共通テストまで残り1か月

この日、あの3人のグループLINEに、最近会ってない目つき悪い背高猫背が動画をアップした

予備校を出てLINEを見てみると何やら5分を超える謎の動画だったのでなんのつもりかと思う

TikTokでもないだろうし

重いから家で再生しようと思い、一旦帰ってご飯食べて風呂入って歯を磨いて布団に入ってやっと再生する

すると

受験までもう少し、頑張れ

の字幕が現れる

え?と困惑している暇もなく動画は進んでいく

それはMrs.GREEN APPLE の「僕のこと」の音楽にのせた私に向けての応援ビデオメッセージだったのだ

動画の中身はほとんど私の高校時代に盗撮した変な顔の動画と写真の寄せ集めで最初はぶっとばしてやろうかと思ったが、動画の後半になると次第に私が目指す、彼が今いる場所の写真が増え始め、この場所へ来て欲しいというメッセージが現れる

そして最後に
「待ってるで」

の言葉と共に
「○○応援団2人から」

と残し、動画は終わる

こんなにも自分を応援してくれるなんて

こんなサプライズ聞いてない

何か込み上げるものを感じ、私はスマホを置いて枕に顔をうずめる

誰かを想う温かさ、それは涙となって零れて肌を潤してゆく


ああなんて素敵な日だ
幸せと思える今日も 夢敗れ挫ける今日も
ああ諦めずもがいている
狭い広い世界で 奇跡を唄う



僕は僕として、いまを生きてゆく
とても愛しい事だ

Mrs.GREEN APPLE 「僕のこと」より


2022.2.25

あの応援ビデオメッセージをもらってから、私のモチベーションは限界突破し、共通テストも恐れることなく突破した

支えてくれる人たちがいる

それは何よりもの力になる

私は去年よりも数倍自信をつけて、1年に1度しか立ち入れない大学の試験会場に足を踏み入れる

絶対に、負けない

前期で決める

リベンジマッチを制してやる

周辺をさまようこともなく、一直線に試験会場へ

防寒対策もばっちりだ

去年みたいに直前に
勉強はほとんどせずに試験前は心を落ち着かせる時間にした

部活の同期メンバーがくれたお守りを握りしめ
去年共に戦った彼が作成してくれた応援動画を見て
”合格したら会いたい人”からのメッセージを振り返って

これまでの時間が走馬灯のように流れる

1年前の彼がまるで隣に座っているような、不思議な感覚がした

「待ってるぜ」

そんな声が聞こえる

「絶対に追いつく、お前に」

そう意気込んで、控室を出る

空白の1年の、集大成が今始まった














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