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#20 好きが感謝に昇華した話⑦【空白の夏】

前回の記事↓


chapter13 梅雨の大型契約


2021.6

予備校の裏にある、レンタカー店の隣のコンビニにはなんと小さい庭がある

そこには店主さんが植えたのだろうか、綺麗な紫陽花が咲いている

サラリーマンたちと一緒の時間に昼食をよく買いに来る私はその紫陽花を思わず写真に収めた

(あの人に送ろっ!)

(この先も会話を続けてもいい許可がおりたらだけど)

そう、この時はまだ返信待ち

雨上がり、紫陽花の葉から零れる露はキラキラしている

午後も頑張ろ!

そんな些細なことでも、一日分のエネルギーになるのだ

頑張れば、返信が来るかもだし

これほど強いモチベーションはない


***


予備校には個性的な先生がたくさんいる

なんせ、学校の先生とは違って予備校講師は会社員なのだから

授業がわかりやすくなければ、生徒が興味を示さなければ、首を切られるおそれもある

必死なのである

全国を飛び回っている講師もいて、働きすぎで心配になるレベルだ

私は、授業の時は必ず一番前に陣取ると決めていたので、よく喋る講師の先生もいた

とりわけよく話したのが福岡、広島、名古屋を飛び回る英語講師だ

この先生は毎週新聞なるものを刷って配布していた

過去の生徒の話や受験お役立ちアドバイス、雑談に英語の勉強法、そして受験生の質問コーナーも存在した

目安箱なるものに質問、お悩みを投函すると来週の新聞で返答してくれるのだ

それをなんとA3両面にびっしり文字で埋め尽くしているのだからとんでもない

初めてこれを読んだとき、今までで一番おもしろくてためになる読み物だなって思った

文章のユーモアさが特に好きで、ルー大柴の上位互換みたいな文章は勉強にもなった

そんな先生が、こんな言葉を残していた

「遠くから眺めるだけの片思いは誰も傷つかないが、傷つける、傷つく覚悟がないと手にできないものがある」
は私の迷言ですね___


先生にもそんな過去があったのだろうかと思わせる言葉

くすっと、でもなにか響いてくるものがある

あの時しっかり傷ついてよかったな

そのおかげで連絡手段を手に入れたんだから

先生の新聞にまさか勉強面以外でお世話になるとは

いい先生に出会えたなと思いながら、その先生がいる講師室へ向かう。さっきの迷言のエピソード教えて欲しいとからかいに行きたくて。もちろん、英語の質問もしにね

その日は特に話が弾んだ。私の話も聞いてもらった

「その女性の存在が、確かに君の力になっているのなら最高のエネルギー源。でも大切なのは受験が終わるまではその月2回の返信の距離感を保つこと。それ以上のアクションは、合格してから。」

そんな言葉を頂いた。筋肉ムキムキのその腕で肩を押されながら、私はお礼を言った

よし、切り替え切り替え

講師室を後にした私は満足した気持ちで自習室に戻った


***


それから3日後、お便りを受信した。

夜、予備校を出て駅に向かうときにスマホをみると、LINEの通知があった。普段LINEなんてこないから、背高男と私大に進学した彼女とのグループで何かしゃべっているのか、それか”返信を待っている人”からついに返信がきたかのどちらかである。

どっちかなー?

って開いたら前者であった

あの男おすすめのTikTokの動画のリンクを張り付けていただけだったがまあ意外とおもろいので元気は出る

こんな突拍子もないことをしてくるのも、彼なりの応援なのだろう

適当に突っ込み入れて再び駅へ向かおうとしたとき、またLINEの通知の音がする

あれ、あいつらこんなに返信早くないぞ

おかしいなと思いつつとりあえず電車に乗る

落ち着いたところでLINEを開く

ここで宛先があの人だと気づいた瞬間スマホを秒速で裏返す

隣に座っていた人に怪訝な顔をされてたがそれどころではない

私にとっては今後数カ月のモチベーションを左右するかもしれない、なんなら模試の結果なんかよりも大切なものなのだ

私のモチベーションはモノカルチャー経済である

元気の源を円グラフにしたなら、その半分をあの人からの返信による嬉しさからくるパワーで占められている

めちゃくちゃ緊張する

これは国の行く末を左右する重大な取引なのだ

私は怖くて返事を開封したくなかった

今日はあの人から返信がきただけでもう満足だから読むのはまた明日にしよう

あとまわしの魔女のささやきが聞こえるようだ

よし、うん、そうしよう

今ここで返信を読んだらどっちに転んでも発狂しそうだからだ

それでは隣の乗客に通報されてしまう

それは、いけないよね

そう言い聞かせてLINEを閉じ、英単語ターゲットのアプリを開いた

いいほうの未来を都合よく想像してその日は寝た

結局返信を読んだのはもう3日も後のことだった


***


LINEを開くのはその日の夜と決めている。朝見たらその日のモチベに影響するから

帰って、ご飯食べて、お風呂入って、歯を磨いて、布団に入って、深呼吸をしてからやっとLINEを開く

いよいよ既読をつける時間だ

一番最後に送られたメッセージはトーク画面で見えてしまうので、ネタバレしないように慎重に隠す

そして、タップする

(よろしくおねがいしまーす!)

かの有名な映画のセリフをこんなところで引用させてもらう

私の目に飛び込んできたのは

「全然いいよ!」

の言葉

その瞬間自分の中のどこかにあった重りが溶けていくような感覚がした

ベッドの上で両手を広げてTの字になる

落ち着きが徐々に喜びに変化していく

これからもこの人にメッセージを送ってもいいんだ

本当は嫌だけど空気読んでOKした可能性なんて考えない

そこは、文字のまま受け取ればいい

たった6文字の言葉にこんなに元気をもらえるなんて

私はじたばたした後毛布にくるまって笑う

でもやっぱり暑くてはぐる

ひとしきり1人ではしゃいだ後、返信を考える

梅雨の大型契約の成立だ





chapter14 三原色


2021.7

梅雨も明け、徐々に暑さが厳しくなってくるこの時期

それぞれの道へ進んだ3人が再開した

その日は商業施設の中にあるしゃぶしゃぶ屋さんに集合

髪色とか変わってるのかなあと思ったが2人は何も変わっちゃいなかった

まあそんなに月日は経過していないのだが

そして2人も私は変わっていないと言っていた

「まじでお前その辺に歩いてそうな顔してんな」
「こたつだけドッペルゲンガー無限よね」

中肉中背のなんの変哲もない平凡な顔だとは自負しているがそれにしてもなんちゅう失礼

だがこれが私たちの日常

それが今日復活したことが嬉しかった

誰かと食事を囲むのは久しぶりだったのでなんだか新鮮

もちろん、他人と話すこともいつぶりだろうかってぐらい

2人の大学の話、自分の予備校の話、高校の元同級生の噂話

話したいことは尽きることがなかった

しゃぶしゃぶの肉の容器のタワーが積み上がっていきながら、話に花が咲く

しばらくして、しゃぶしゃぶ食べに来てるのに白玉を食い尽くそうとする男が、”契約成立したから今でもLINE続けてる人”の話を持ち掛けてきた

私が今でもまだLINEを続けていることを伝えると驚いた様子だった

「お前みたいなやつにでも返信が来るなら俺もLINE追加するか」

っていうから慌てて止めた

「安心しろ、お前の今日の写真集送るだけやから、何も心配ない」

なんていうからオイッ!!!って突っ込む

「○○ちゃん可哀そうw」

とか彼女が便乗するからもう収拾がつかない

まあでもこんなこと言いながらも応援してくれているのがひしひしと伝わってくるからいいんだよね

「○○ちゃん今日そこの映画館にいるんじゃない?」

って彼女がからかってくる

実はあの人はこの商業施設の中にある映画館でバイトをしている

これは私があの人にLINEで会話しているときにふと知った情報だ

バイト先に行ったらあの人と会ってしまうかもしれない

それだけは合格するまでは避けたい

というかバイト先を知りながらそこに行くのはストーカーみたいな行為ではばかられる

しかしこのノリだ

引きずられてでも連れていかれるに違いない

そして予想通り強制連行された

「私前○○ちゃんに入場の時おでこピッ!ってしてもらったんよ」

体温を測るあの機械のことだ

(う、うらやましくなんて…ない!)

と唇をかみしめる

「俺もされたことあるわ」

さらっと彼が言う

くそ、なんでお前らそんなにあの人に会ってるんだ

まあ自分が映画館になんて来る身分ではないことが原因だが

今行っても学生じゃないから大人料金になるってのも理由

2人はあの人をずっと探している

(どうか、いませんように…)

その願いが届いたのかどうやら今日はいなかったようだ。時間も遅かったし

ほっと胸をなでおろす

これは後で聞いた話だが実は高3の時に同じクラスであの人と仲が良かった女子もこの映画館で働いているらしい

高3の時は2人に席挟まれててなんか気まずい思いもしたっけか

なんだか不思議な縁を感じてしまった


***


帰り道は暑い中なんと家まで歩いて帰った

距離にしたら5km以上はあったがずっと会話していたので体感時間は短い

途中で彼女が解散してから、彼と2人で帰る

私は電車で来ていたが彼は自転車で来たため交互に自転車に乗った。もちろん片方は暑い中ダッシュだ

走るのなんていつぶりだろうか

すぐに心臓がバクバクする

へたりながらも、しばらくして街灯に照らされた古そうな自販機の前で止まった

光に吸い寄せられるように小さな虫がうようよいる

「ここ、穴場なんよ」

と彼が言うように、この辺は50円自販機が立ち並んでいる

夜の住宅街にひっそり隠れる秘密のスポットだ

ガコンッ!

の音と共に聞いたことのないメーカーのお茶が放出される

しかし今飲むお茶は格別においしい

しばらくの沈黙の後、おもむろに彼が口を開く

「今年は受かってくれよ」

それは心からの願いに聞こえた

どうやら彼は高校の時の知り合いがほとんど不合格だったため知り合いがおらず、友達作りに苦戦していたらしい

授業もゼミもオンラインだったことも大きな影響だ

彼にとっては頼みの綱だった(そもそも自分が受かるなんて考えていなかったらしいが)私が落っこちてしまったため非常に困っているという

「来年俺が受かって、お前にあったらどう接すればいいん?」

未来のことを聞いてみた

「そりゃあ、俺が先輩なんやから、敬語に決まってんだろ」

急にいばりだしたぞ、こいつ

「誰がお前に敬語使うか」

そう反論すると

「いや考えてみ、お前が友達とおるとき俺と会ったとしてよ、そこでため口やったら先輩にイキってる恥ずかしい奴認定されるんで」

一瞬だけ納得しかけていやいやそんなことはないと感じる

そんなん事情説明すればいいだけだし、そもそも大学内では先輩かどうかの判別はつかないのだ

そう反論するも、実際もし合格して彼とキャンパスであったらどう反応すればいいんだろうと思った

感動の再会といくのだろうか

別に感動でなくとも、彼とキャンパスで会いたい

そう強く感じる

彼が先輩いびりをしてる中、私の心は少ししんみりしてきたので彼に別の話題を振る

「そういえば、彼女できたん?」

甘い恋愛トーク、といきたいがこじらせ2人組にはそうはいかない

「いや、そもそも人と接することがない」

と吐き捨てるように彼は言う

そうだった、オンライン授業が多すぎるせいで家から出なくても人と接さなくても生活できてしまうのだ

彼曰く、ゼミの人ですらまだ知らない人が多いらしい

唯一見つけたコープショップのレジの美人店員さんも1回しか見ていないそうだ

アタックしろよ、恋愛はガンガンいこうぜ、だろ??

人のことなんて言えたもんじゃない奴の発言だが、私より首1つくらい背の高い男には意外と刺さったようだ

「俺は、お前みたいには絶対できなかったな」

冗談で卒業式で女子全員に告白すればよかったなあとかは言うが本当に行動に移せたかと言われれば、そうではない

そこを気にしているようだ

彼は中学時代に3度の交際経験があるらしいが、それも全て相手側からの告白によるものだった

そこが全盛期だったらしく、それ以降めっきりなくなってしまったらしい

自分からいくことはできないタイプの人だった

だから、たとえ見込みのない壁に向かって粉砕されに行った自分の行動でも、彼から見ればすごい光景なのだ

あの時の行動を肯定してもらえてなんだか嬉しかった


***


気づいたらもう自宅の前に到着していた

彼の家はもっと手前なのにわざわざうちの前まで付いてきてくれた

というより話に夢中で気づかなかったの間違いだろうが

久しぶりにこんなに他人と話したと思う

毎日毎日机に向かう日々では人の心を失うのではないかと少々心配していたのでいい気分転換になった

彼と大学で会うのを楽しみに
そしてまた3人でご飯に行くのを楽しみに

また明日からもがんばろっ!



私たちは、それぞれの日々に帰る



ここでもう一度出会えたんだよ
僕ら繋がっていたんだずっと
話したいこと伝えたいことって溢れて止まらないから
ほらほどけていやしないよ、きっと
巡る季節に急かされて
続く道のその先また
離れたってさ何度だってさ強く結び直したならまた会える

YOASOBI 「三原色」 





chapter15 手紙


2021.8

世間は夏休み

だが曜日感覚ももうバグっている浪人生に夏休みなどあるはずがない

涼しい朝のうちに予備校にINし、夜21:00頃にUPする

暑い夏はこうやって凌いでいた

昼ご飯は同じビルの中にある居酒屋さんが販売している弁当を買うかコンビニ

そんな習慣がついていた

肝心の成績はというと、科目間に波はあったが初めて第一志望A判定が出た

そのときは驚いたものだ

高1からずっと第一志望に書いてきて、ついにA判定

ただ、秋頃から現役生が急激に伸び始めるので正直この時期のA判定は信用できない

親からもチューターからも耳にタコができる程油断するなと言われている

まあ一度失敗してるのだから無理はない

だから、慢心はせず、突き進む


***


「夏期特訓」という名のもとに3日缶詰にされ腰と首がおかしくなりそうだ

3日目の夕方。ビルを出ると夕日が差していた

駅へつながる2階の連絡通路から身を少し乗り出して、買ってきたコンビニスイーツを食べる

今日はどらやき

夕方の帰宅ラッシュだからか、人通りは多い

けど、気にせずほおばる

この数カ月で人目を気にしなくなったように思う

というか、関心がなくなったのか

予備校というのは「いろいろ気にし出したら終わり」な場所だとつくづく思う

箱庭の中は学力のレベル差がびっくりするくらい広い

上は東大京大、国公立医学部を目指すもの

下は大学に入学することを目指すもの

こんな集団が同じ空間にいるのだから馴れ合いなんてしたらよほど強い信念の持ち主でなければ劣等感でつぶされ、リタイアだ

実際、最初はいたけど途中から見かけなくなった顔は多い

人は人、自分は自分

このスタイルを貫くことが本当に大事

まあ、私はただただマイペースなだけなのかもだけど___


どらやきを食べながら、もし合格したときの未来予想図を思い描いているとLINEの着信があった

もうこの時期だとLINEの着信があっただけで胸が高鳴る

それは文通をしている人からの返事がまだかまだかと自宅のポストの前で郵便屋さんを待ち伏せているようだ

もう私のなかでLINEは「電子版文通」と化していた

宛先が本当に待ちわびてた人からだと知ったらもう飛び跳ねて

共感はしてもらえないかもだけど、嬉しさって3回も楽しめる

  1. 返信があったと分かったとき

  2. 返信を読んだとき

  3. その返事を考えるとき

まず1の時点で数日は頑張れる

これは待ち時間が長ければ長いほどエネルギーになる

旅行だってそう。旅行までの期間が意外と楽しかったりする

どんな返信なのか想像を膨らませる

勉強のことばっかり考えてると腐るので甘いこと考えて糖分摂取をするのだ

そして彼女は予想通りの癒しレベル∞のお返事をくれる

間隔が空くとはいえ、いつも丁寧に返信してくれる

毎回返信が遅れたことを謝ってくるし

別にいいのに

ただ向こうから何か聞いてくることはなかった

私が何個か話を振ったら、それと同じだけ返ってくる

私はそれを拾って話を膨らます

そんな流れだった

一般的に言えばこれは脈なしLINEの典型例といえる

でも、脈なんてものはあるはずないことは流石にもう分かってたし、むしろそれでも無視せずに返信してくれることがあの人の優しさを感じられて私は本当に嬉しかった

好きでいさせてくれていた

何カ月か前までは好意を受け取って欲しいと考えていたが、今は好きでいられるこの時間が大切だと感じるようになった

もちろんこれは彼女から返信があるから成り立つことだ

その返信に私はどれほど支えられているのか

私の心の中に

感謝」の2文字が浮かぶ

でも、この言葉は私が合格を勝ち取ってから使うべきだと感じた

結果を出せたなら、あの人にお礼が言いたい

会うことが不可能であるなら、せめてお手紙で

LINEの無機質な文字では伝わらない程の気持ちがあと半年先にさらに芽生えているかもしれない

あの人に手紙を渡したい

そんな構想が生まれた


***


2021.9

少しずつではあるが暑さは和らいできた

この頃から本格的に過去問演習も始まり、難しい問題にあたる回数が増えた

頭を冷やしに外に散歩に行くことも増えた

駅をぐるっと一周したり本屋さんを巡ったり

どこか集中力は落ちているように思えた

あの人からの返信は8月の前半以来もう1か月はない

だから私は勇気をくれる、そのメールの存在を忘れかけていた

受験が近づくにつれプレッシャーも増す

ここからが本当の戦いだ

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