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夏の空はどこまでも高くて Vol.3

「カナタは相変わらずやなあ」

「ミホはまた太ったよね」

「呼び捨てにせんとってってば~」

ミホとカナタばかりがしゃべっている。

というか、いちゃついている。何の会だよ、おい。

懐かしい顔ぶれが、懐かしい店で。十年ぶりの再会のあっけなさに、なんというか時間が巻き戻ったような不思議な感覚を持っていた。

あの頃は酒量をセーブして、さほど飲まなかったミホがあっという間に一杯目のビールを空けるのを見て、変わったなと思った。

「リョウジ、私、おかわり頼むけど?」

「あ、おう。オレも」

この二人と一緒にいる時、オレは無口になる。そもそも関係性の深さで言えば、この二人の方が深いのだ。

オレとカナタは同じサークルの先輩後輩、カナタの在籍する学部の学部棟に遊びに行った時にミホと出会った。ミホはカナタの在籍するゼミの先輩だった。

空き教室で三人で話したのが最初。

ミホのカナタと仲良さげに話す姿がまぶしくて、オレはずっとミホに見入っていた。しばらくして突然ミホからLINEが来て、あとから聞けばそこでもカナタがお節介を焼いていたらしい。みんな変わらない。

「でな、また後輩ちゃんが寿で、私はお局様まっしぐらなんよ」

「あははは、やっぱミホ、おもしろい。学生の頃からお局様キャラだったもん」

「うるさいな、カナタは! て言うかリョウジ、聞いてる?!」

突然名前を呼ばれてハッとした。

「え? ああ、おん」

「私今、なんの話してた?」

もうワインに切り替えたミホがフルスロットルで攻めてくる。こういうの、昔もあったな。話聞いてなかったもんなオレ。そのことをどれだけ後悔したか分からなかったのに、今も思い出に浸って目の前のミホを見ていないのか、オレは。

「ごめん、聞いてなかった」

素直に謝ったからか、虚を突かれたようにミホが押し黙った。

沈黙が降りて来た。

オレとミホとを見比べたカナタが笑う。

「なんかオレ、邪魔ですか、先輩方」

「そんなん、なんも言うてへんやん」

ミホが慌てて取り繕う。オレは何も言わなかった。言えなかった。

「オレの結婚祝いじゃないの? まあいいんだけどさ」

カナタはあの口ヒゲの生えた店長を呼んでお会計、と言った。

「オレとリョウジ君の住んでた駅にさ、そう、ここの隣の駅。あの駅で十年前にここの店長してたナミさんが店やってるんだよ。二人で行って来れば?」

「え?」

オレとミホの声が重なった。

「オレがいたら、したい話も出来ないでしょ。ミホはしゃべりすぎ、リョウジ君はしゃべらなさすぎ」

二人そろってだんまりを決め込んだ。年下に説教されて揃ってへこんだのだ。

「ほれ、行っておいで」

そう言われ、最後まで抵抗したがタクシーに押し込まれた。

店の名前を告げたカナタは颯爽と踵を返して駅の方へ去っていく。

持てる者の余裕をカナタの背中に感じ、隣で熱を増していくかつての恋人の呼吸を感じる。

後部座席に横並びになって、手と手が触れそうな距離にあって。でも、どうすればいいか分からなかった。

分からないまま、のぼせたような、酔ったような妙な心地でいるとすぐに店に着いた。

タクシーから降り、狭い、わずか12席くらいの店に入った。

ナミさんは少し頬がそげて、でもショートカットの髪はそのままで。店に入るなり万歳して出迎えてくれた。

「おーーー!! 久しぶりじゃん!! 昔来てくれてたよね?!」

オレはミホと顔を見合わせて笑って、ミホと再会してから初めて自然に笑えたことに自分で気が付いた。そうか、緊張してたのかオレ。もしかしたらミホも、と思うのは思いあがりだろうか。

続く

おはようございます、こんにちは、こんばんは。 あなたの逢坂です。 あなたのお気持ち、ありがたく頂戴いたします(#^.^#)