案因運縁恩

 私とムスヒはぶらりとその町を歩いていた。

「ここは? 隠れ家その何?」

「ここか? ここはその五だな」

「いくつめだっけ、私が連れてきてもらうの」

 私は首を横に振った。

「分からないな」

「じゃあ私にも分からないな」

 ムスヒが呆れたようにため息を吐いた。

 江戸時代から残る古い酒造りの建物を眺める。

「へぇ、素敵ね」

「ああ、そうだろう」

 ムスヒは黙ってもう茶色を通り越し、黒に近くなるまで変色した建物の柱に手で触れた。

「温かい」

 柔らかな笑みをムスヒは見せた。

「タツヒコのの方が温かいけど」

「またお前はそういうことを言う」

「だって、本当のことだもの」

 どこか嬉しそうなムスヒを無視して、日本酒のアンテナショップへ向かった。

「これとこれを一本ずつ、自宅用でお願いしよう」

 好きな銘柄の日本酒を購入するとアンテナショップを出て、隠れ家へと向かった。隠れ家は先ほどムスヒと歩いた江戸時代の建物を模した古い雰囲気のある和風の建物である。

「ここだ、ここが隠れ家その五だ」

 私が言うとムスヒが驚いて口を大きく開いた。

「えー、素敵じゃない」

 店内に入るといつもの女性の板前が出迎えてくれた。

「いらっしゃいませ」

「二人だ」

「奥どうぞ」

 奥のカウンター席に通され、席に着いた。ムスヒは店内を見渡すのに夢中になっている。私はロングコートを脱いで、ハンガーに掛けてライラックのセーターを腕まくりした。

「なんにしましょう?」

 板前がやってきて言った。

「地元の酒を一合、おちょこを二つ。あとなまこポン酢を頼もう」

「かしこまりました、なまこですね」

「ああ、なまこだ」

 悪戯な笑みを浮かべた板前は日本酒の準備に取り掛かった。

「なまこってなんかえろいわね」

 ムスヒが言った。

「お前はそんな話しか出来ないのか?」

「他の話もあるわよ、聞きたい?」

「いや、やめておこう」

 丁重にムスヒの申し出を断り、運ばれてきた地酒で乾杯した。

「うわっ、美味しい!」

 ムスヒが感嘆の声をあげる。

「やわらぎ水でございます」

 板前がチェイサーとして仕込み水を持ってきた。私とムスヒは礼を言った。

「これはこの日本酒を仕込んだのと同じ水だ。地産地消だから出来ることだな」

「へぇ、面白いわね。ところでそのチサンショウウオって何?」

 私はひとつ咳払いをした。

「地産地消、その土地で作られてその土地で消費されることを言う。いい酒ほど、地元で有名だからよそでは出回らない。だからこうして私は現地に足を運んでいる」

「ふうん、変なの」

 ムスヒの言葉を無視して、黙って日本酒を口に運んだ。

 柔らかな口当たりのあと、キリッと締まりのあるフィニッシュ。いい酒だと思った。

「アイさん」

 私は板前を呼んだ。

「今日もとても旨い」

「ありがとうございます」

 しばらくしてなまこポン酢が運ばれてきて、刻まれたなまこにムスヒが妙に興奮して。板前のアイさんと三人で笑いながら、夜は更けて行った。

Fin

おはようございます、こんにちは、こんばんは。 あなたの逢坂です。 あなたのお気持ち、ありがたく頂戴いたします(#^.^#)