見出し画像

ポートレートとSEXは似ていると思う。

別に変な意味じゃない。

ポートレートを撮っているとそう思う。撮らせてもらっているモデルさんとSEXがしたいとかそういう事では無いと、そこは明確に否定しておく。

さて本題に。

ポートレートとSEXが似ているというのは、オナニーではダメだと言い換えてもいい。自分だけが気持ち良ければいいオナニーと、相手の事を想って気持ちよくするSEX。

自分本位か相手本位。

ポートレートでは自分の世界観を作りたいなっていう想いがあるけれど、自分のその想いだけでシャッターを切っても何も残らない。残るような場合もあるとは思うけど。(アートは得てしてそういう側面もあるのかもしれない。特に負の感情は。)

でも僕が表現したい世界のためには、カメラの技術よりも、モデルさんとのコミュニケーションが大事だし、何よりも信頼関係がとても大事だと思っている。だから同じ人を何度も撮りたいって思う。大好きな恋人と何度もするように。

何度もすれば、相手が気持ち良い場所が分かるように、何度も撮れば、相手の一番綺麗な・可愛い・カッコいい・輝けるポイントが分かってくる。もちろんそれは体調や気分によって変わってくる。それこそ、SEXと同じだ。

相手の気持ち良いところを探すように、相手が褒められて嬉しいポイントを探していく。僕が良いと思って伝えたポイントが、相手も自信のあるポイントだったりすると、相手の表情が明らかに変わる。その瞬間こそがシャッターチャンスだったりするのだ。

行為の時に声のトーンが変わるように、表情が一変するように、ファインダー越しに相手を見ていると、その瞬間が分かる。

その表情を引き出せた瞬間切るシャッター。

ゾクゾクする。

あれ、やばい。変態?変態である事を否定はしないけど、今回に関してはポートレートへの熱量だと思って頂けると幸いです。

でも本気でそう思っている。

自分だけが楽しい撮影は、何も残らない。写真には写らないものまで写ると感じられるようになったのはやっと最近の事だ。

僕もモデルさんも楽しめている撮影は、後から見返した時にその時の熱や楽しさや笑い、スカッとした気持ち良さまで写っている。

いくらF値を設定しようと、シャッタースピードのダイヤルを回そうと、この空気は写らない。

せっかく撮るのであれば、最高に楽しんでもらいたい。最高の笑顔を残したいし、一生残る写真にして欲しい。そしてたくさんの喜びを感じて欲しい。
撮る側の僕だって、一緒に笑いたい。楽しみたい。

何度も言うけれど、ポートレートではコミュニケーションを大切にして、信頼関係を築く事を何よりも大切にしたい。

これはまさに大好きな人とのSEXと同じなんじゃないだろうか。

こーた

◽︎ Twitter
https://twitter.com/kotabilover
◽︎ Instagram
https://www.instagram.com/_k.taa/
◽︎ こうたび。
https://ko-tabi.com/

サポートありがとうございます。今後の写真活動の資金にしていきたいと思っております。写真を通して”幸せを目に見える形に”していきます。