Right to Try法の妥当性における問題と課題

はじめに
「我々は救うことになるだろう―数千もの人々を救うとは言いたくはない。なぜならもっとたくさんになるからだ。無数の何十万もの人々を救うことになる。我々はものすごい数の人々の命を救うことになるのだ」(Qiu, 2018)。これはアメリカ合衆国のドナルド・トランプ大統領が2018年の5月30日に「right to try」(以下RTT)法に署名した際に発言した言葉である。RTT法は終末期患者に第1相臨床試験を通った医療製品へのアクセスをFood and Drug Administration (以下FDA)の承認を得ることなしに認めるというものである(Working Group on Compassionate Use and Pre-Approval Access, 2018)。FDAとは医療製品が市場に参入することができる前に、その医療製品が比較的安全で効果的であることが臨床試験によって示されているかを審査する、合衆国における連邦機関である(ibid.)。つまりRTT法の制定は、終末期患者が臨床試験を完了していない、かつFDAの審査を受けていない医療製品にアクセスすることを可能にする法律である。この法律によって、終末期患者は製薬会社から未承認の医療製品を受け取ることができる。すなわち、試す権利が与えられるのである。RTT法は一見すると終末期患者にとって有益であるように見えるが、反対意見も数多く挙がっており法律制定の是非に関する論争はいまだに終結していない。そこで本稿ではRTT法制定の背景を概観し、RTT法に対する主な肯定論と反対論を見ていく。最後にそれらの論の評価をすることによって、RTT法における本質的な問題とその課題を考察する。

第一章 RTT法制定の背景
 RTT法はFDAによる拡大アクセス(以下EA)の確立後にアメリカ合衆国で州法の次元で制定され始めた。EAは生命に関わる病を患っている患者に、臨床試験の第2相か第3相の段階にある医療製品をFDAがそれを承認することによってアクセス可能にする制度である(ibid.)。RTT法とEAの異なる点は、試験段階の医療製品を患者に提供する際に、その医療製品が十分に安全であることを示すデータをFDAが要求するという点である(Carrieri et al. 2018, p. 65)。つまりFDAはEAの医療製品に対して、それを承認はしないがそれを患者に提供してよいかどうかの許可をする。FDAの介入の不在がEAとRTT法の大きな違いである。
 1970年代からアメリカ合衆国の患者たちはFDAに、試験段階の医療製品に対してのアクセス拡大を求めてきた(WGCUPA , 2018)。というのは当時から現在まで、アメリカにおいて未承認の医療製品にアクセスする標準的な方法は臨床試験のランダム化比較試験(以下RCT)に参加することであるが、そこには患者とっていくつかの困難が伴っているためである。一つ目の困難はRCTの適任性の問題である。「RCTは特定の適任性の基準を要求」(Carrieri et al. 2018, p. 65) するため一部の患者、特に終末期患者はRCTに参加することができない。なぜなら「終末期患者は彼ら自身の生命とRCTの両方を脅かすような、有害な結果をより生じやすいから」(ibid., p.65)である。
二つ目には対照群に割り当てられてしまうことのリスクである。RCTは参加者を対照群と介入群の2つのグループに無作為に分けて試験を行い、介入群の参加者は新しい治療を試すことが可能だが、対照群の参加者はプラセボや既に認可されている既存の治療を受けることになる(ibid., p. 65)。つまりRCTに参加しても50%の確率で、患者が求めている最新の治療は受けられないのである。このような患者の困難を克服するためにFDAはEA制度を設立するに至った。
 このようなEA制度を背景として、州法においてRTT法が制定された。最初のRTT法案はGoldwater Instituteというリバタリアニズムを掲げるシンクタンクによって提出された(WGCUPA , 2018)。彼らは法案の中で、終末期患者がFDAの監査や承認をなしに、直接的に試作段階の医療製品へのアクセスを要求することを許可した。このモデルを各州が参考にし、2014年にコロラド州で最初のRTT法が制定された。それ以来、現在RTT法は40もの州において制定されている(ibid.)。以上がEAの設立過程及びその後のRTT法の制定過程であるが、これらに対して、RTT法はもちろんのことEAに対してもそれらに賛成する声以上に、専門家からは反対の声が挙がっている。次からはRTT法に対する肯定論と反対論を見ていく。

第二章 RTT法における肯定論
 RTT法への肯定論として挙げられるものとして、患者の自律尊重を主張する議論、未承認の医療製品の安全性に訴える議論、患者の精神的負担の緩和に関する議論がある。
患者の自律尊重を主張する議論とは、患者の生きる権利を最大限拡張するために、延命の可能性がある試作段階の医療製品に、FDAや国家などの介入を認めないという考えである。なぜなら、FDAの介入は患者が医療製品にアクセスすることを遅延させ、患者の生への権利を奪ってしまうことになるからである(Carrieri et al. 2018, p. 66)。同時にRTT法支持者は、反対論者に対して自殺幇助などが認められている州において、RTT法を認めないのは非一貫的であると反駁する。というのは、100%安全ではない薬品を許可する一方で、100%安全ではないと言えない薬品を禁止するのは理にかなっていないからである(ibid., p.66)。従ってこれらのRTT肯定論者は自律尊重原則を土台にして、生の権利や死の権利を主張することで、RTT法を正当化する。
 未承認の医療製品の安全性に訴える議論では臨床試験の第1相を通過した医療製品は十分に安全であることを強調する。実際にこの種の議論をする人々は、FDAが医療製品の安全性や有効性をすでに第1相を通過したのにも関わらず確かめることは二度手間であり、無意味であると主張する(ibid., p.65)。それどころかFDAは残りの余命が限られている終末期患者や医療提供者の時間を奪っているとしてFDAを非難する(ibid., p.65)。つまり、安全性が保証されている医療製品をFDAの介入なしに使わないことは終末期患者にとって有害なものであるとして、RTT法を肯定する。
 最後に患者の精神的負担の緩和に関する議論であるが、これはRTT法によって未承認の医療製品へのアクセス可能性という選択肢を増やすことが患者のみならず医療提供者にとって有益であると主張する。「もう打つ手がないという会話」(out of options talk)はしばしば医療提供者や終末期患者の精神的苦痛になるが、そこにRTTという選択肢を与えることによって、患者に希望を与え精神状態を向上させることができる。よってRTT法は患者に希望を与え、患者自身のエンパワメントにつながるという点で、大きな利益をもたらすことができるのである(ibid., p. 65)。
 以上が主なRTT法肯定論である。次にこれとは真逆の立場である、RTT法反対論を見ていく。

第三章 RTT法における反対論
 RTT法への反対論は、RTT法による未承認薬品へのアクセスは形式的な権利でしかないと批判する議論、未承認の医療製品の危険性に基づく議論、公共の利益を擁護する議論、そして患者の意志決定に関する議論がある。
 RTT法によってFDAの介入がなくなると、未承認の医療製品にアクセスする権利は、形式的な状態にとどまり実質的なものではなくなってしまう。RTT法によって、終末期患者はFDAを通してではなく、製薬会社から直接的に医療製品にアクセスすることが可能になる。しかし、RTT法は製薬会社に自社の医療製品を終末期患者に提供することを積極的な義務として課すことを定めていない(Kase, 2015 ; Carrieri et al. 2018, p. 66)。つまり、未承認の医療製品を患者に与えるかどうかは製薬会社に一任されており、ほとんどの製薬会社は自社の医療製品を提供しないということが、以下の3つの主な理由から判断できる。最初に「承認前のアクセスは相当な努力(組織的、物流の、そして会計上の)を必要とし、製薬会社にとって最も優先順位が高い臨床試験に使用するための試作的な製品の利用可能性を制限してしまう」(Carrieri et al. 2018, p. 66) ためである。次に「承認前アクセスはRCTと薬品の最終承認を遅延させ、臨床試験に悪影響を与え、そして承認の機会さえも失わせるおそれがある」(ibid., p. 66)ためである。最後に「もし終末期患者が害を被ったとなれば、その使われた薬の最終的な利益性に悪評が影響を及ぼす可能性があり、そして最悪の場合その製薬会社の生存にまで影響を及ぼすかもしれない」ためである(ibid., p.66)。以上の理由から、RTT法は形式的には承認前の医療製品へのアクセスを可能にしているが、実際は製薬会社の判断に委ねられているため、実質的にはアクセスすることができないのである。一方でFDAの下で実施されるEAに関しては、最初に製薬会社が医療製品を患者に提供することに同意しなくてはならず、同意しなくてもFDAが製薬会社と共にその医療製品を利用可能にするための試みを行う(Hobein et al., 2015; Carrieri et al. 2018, p. 67)。すなわちEAの方がRTT法よりも、未承認の医療製品にアクセスするためにより強い効果を発揮する。従って、FDAを排除することは未認可の医療製品に対するアクセス権を形式的なものにしてしまうとして、反対論者はRTT法を批判する。
 未承認の医療製品にアクセスすることは医療製品そのものにおける危険性と、その製品の使用後における危険性が伴う。RTT法は承認の早さという点に集中するあまり、製品の安全性という点が考慮されていない。臨床試験の第1相が通ったとしても、その後の第3相までの試験で重大な副作用や無益性が発見されて、FDAの認可が下りないという事態も少なくない。実際「2014年の調査によると、およそ10分の1の試作段階の医療製品のみが、実際の臨床で使用する要件である、FDAの承認過程に通ることができた」(Hay et al; Carrieri et al. 2018, p.67)のだ。つまり臨床試験の第1相が通ったからと言って、安全性が保障されたとは必ずしも言えないのである。
 RTT法によって利用可能になった試作段階の医療製品を使用することで、その使用後にもリスクが伴う。一部の州では試作段階の製品を使用した患者に対してホスピス・ケアや在宅医療、そして保険金に対する権利が失効する(WGCUPA , 2018)。事実19の州ではそのような患者に対して、保険会社がホスピスの保険金支払いを拒否することを容認しており、7つの州では在宅医療の保険金の支払いを保険会社が拒否できる(ibid.)。つまり仮に未承認の医療製品を使用し、好ましくない結果が生じても、本来ならばそのような患者を支えための重要な役割を担うであろう保険会社が介入しなくなるのである。RTT法によって承認前の医療製品を獲得することとは、二重のリスクが伴うとして、反対論者は安全性の観点から批判する。
 公共の利益を犠牲にするという点からもまたRTT法はしばしば批判される。「個人に試作段階の医療製品を与えることで、最終的には膨大な数の人々を救うことになるであろうRCTの開始や完遂を妥協させてしまう」(Carrieri et al. 2018, p. 66) のである。RTT法の対象者は終末期患者であり、RCTの参加者と比較して、未承認の薬品を使用したときに、副作用や悪い結果が生じやすい。そうなると、その薬品の承認が遅延したり頓挫したりしてしまう可能性がある。「例えば、それらは製薬会社にRCTを続けることをやめさせたり、FDAにその医療製品の承認を拒否させてしまったりするかもしれない」(ibid., p. 67)のである。つまり個人に、とりわけ終末期患者に未承認の医療製品を授けることで、RCTやFDAの認可に悪影響を与え、将来的には多くの人を救うであろう医療製品の、誕生における障害となってしまう。従って、結果的には個人の利益を求めすぎるがあまり、RTT法は公の利益に対して盲目になってしまうのである。
 最後に患者の意志決定の観点、特にインフォームド・コンセントという点からの批判がある。インフォームド・コンセントの成立要件の内、治療法に関する情報が不十分である事態と、患者の自発的な同意が行われにくいという事態がRTT法(及びEA)によって生じてしまう。未承認の医療製品へのアクセスを許可する際に、患者がその医療製品についてのリスクや効果について十分に理解していることが条件として想定されている(ibid., p. 68)。しかし、「たいていは第1相の臨床試験を完遂した医療製品の安全性に関する、利用可能な情報は乏しく、RCTにおける臨床データは医療提供者や患者にとってしばしば利用不可能なもの」(ibid., p.68)である。従って、医療提供者(以下HCP)は患者に対して十分な情報を与えることが難しいため、患者は十分な情報を理解しないまま未承認の医療製品を使用することに同意してしまう。つまりRTT法における患者のインフォームド・コンセントは、正当に成立していない可能性が高いのである。
 情報の不十分性という観点の他に、患者の自発的な同意という点からも患者のインフォームド・コンセントは成立しない恐れがある。アメリカのみならず他の国においても「ファイティング・スピリット」(fighting spirit)という社会的な規範があり、これは慢性的な病や不治の病に対して、徹底的に闘う姿勢を示す価値観である(ibid., p. 68)。このような規範に、患者や家族だけでなく、HCPまでも支配されてしまう。終末期医療において、患者やその家族は「病が改善すること望んで」(hoping to get better)未承認の医療製品を使用しない選択肢に盲目的になり、徹底的に医療製品の使用を要求するかもしれない(ibid., p. 68)。HCPも未承認の医療製品の効能を、実際の効能よりも脚色した仕方で患者に説明し、医療製品を使用する以外の(例えば緩和的ケアの)選択肢を提案することをしない可能性がある(ibid., p. 68)。事実、最近の研究によると80%ものアメリカ人患者が、緩和的ケアという選択肢について知らなかったと報告しており、患者とHCPの両者が緩和的ケアを「諦め」の象徴である、マイナスなものとして見なしているという事実がある(ibid., p. 68)。従って、諦めを否定する社会的な規範の支配下において、HCPと患者の両方がそれに揺れ動かされ、自発的な意志決定が不可能になる。
 インフォームド・コンセントが上で挙げた2つの要件の欠如によって成立しないことは、患者の自己決定権や自律尊重に大きく影響し、最悪の場合それらを奪うことになるとして同意という点で反対論者はRTT法のみならず、EAまでも否定する。

第四章 RTT法の妥当性と今後の課題
これまでのRTT法における論争はいくつかの争点に分けられる。それはFDAの介入、安全性、そして患者の自律尊重という3つの争点である。FDAの介入があるべきか否かという争点では、未承認の医療製品へのアクセスがFDAなしには実質的になされえないという議論と、FDAの介入は患者のアクセスを遅延させてしまうという議論が衝突している。しかしFDAを障壁として捉えるのには限界があると思う。なぜならFDAがEA制度において医療製品を承認するスピードはさほど遅いわけではないからである。実際EAを通して患者がFDAに医療製品を要求した場合、緊急の要請であれば24時間以内に、そうでなければ平均して4日で承認を終わらせ、患者に薬品を提供することが可能である(WGCUPA , 2018)。従って、承認の早さという点からFDAを有害なものとして見なすことは難しいだろう。一方で、FDAを排除して製薬会社から直接的にアクセスを求めることは患者にとって困難である。なぜならFDAではなく、製薬会社こそが真の障壁として患者の前に立ちはだかる可能性が高いからである。よってFDAの介入という争点に関しては、FDAの介入を認めた方が妥当であると帰結される。
 安全性という点では、RTT法における承認前の医療製品が安全か否かによって以下のことが明らかになるだろう。すなわち、仮に承認前の医療製品が比較的安全であると証明されたならば、患者の利益のための法としてRTT法は正当化される。しかし仮に危険であると判断された場合は、公の利益に多大な影響を及ぼすとして、不当なものとして判断されるだろう。いずれにしても、安全性に関わる議論はいまだ不明確なままである。というのは、絶対的に安全な未承認の医療製品は存在しないとは言いきれず、それと同時に絶対的に危険であり、臨床試験にまで影響を及ぼしうる未承認の医療製品も存在しないとは言い切れないからである。よってこの議論に関しては平行線を辿ることになるだろう。
 最後に終末期患者の自律尊重に関わる議論である。未承認の医療製品は、患者の生への権利や精神的なエンパワメントに関わる選択肢として、有益に作用することが想定される。一方で、未承認の医療製品を使用する際の同意が曖昧で不確かなものになるという危険性も伴う。この2つを分断しているものは、終末期患者およびHCPの終末期医療に関する価値観の違いであると考えられる。すなわち、肯定派は終末期医療の重点を延命という点に置いているのに対して、反対は延命以外の選択肢、例えば緩和的ケアや患者のQuality of Lifeに重きを置いている。つまり、この論点を考えるにあたり必要となってくるのは、患者にとって最善の終末期医療とは何かという問題である。今後の課題として、RTT法やEAの正当性を論じるためには、終末期医療の問題が本質的な問題として関わってくることが、患者の自律尊重の論点から理解できる。よって、この研究を進めていくにあたり、終末期患者と関係する、HCPや患者の家族、そして規範を形成する社会を視野に入れて、終末期患者にとって最善の医療とは何かについて考察していくことが不可欠である。

参考文献
・Carrieri, Daniele; Peccatori, A. Fedro; and Boniolo, Giovanni, 2018: “The ethical plausibility of the ‘Right To Try’ laws.”, Critical Reviews in Oncology/Hematology, vol 122, pp. 64-71.
・Hay, Michael; Thomas, W. David; Craighead, L. John; and Rosenthal, Jesse, 2014: “Clinical development success rates for investigational drugs.”, Nature Biotechnology, vol 32, pp. 40-51.
・Holbein, E. M. Blair; Berglund, P. Jelena; Weatherwax, Kevin; and Gerber, E. David, 2015: “Access to Investigational Drugs: FDA Expanded Access Programs or“Right-to-Try” Legislation?. ”, Clinical and Translational Science, vol 8 issue 5, pp. 526-532.
・Kase, M.Natalie, 2017: “Do Right to Try Laws Undermine the FDA'S Authority? An Examination of the Consequences of Unlimited Access to Unapproved Drugs.”, Journal of Legal Medicine, vol 36 issue 3-4, pp. 420-441.
・Qiu, Linda. “Trump Oversells New 'Right to Try' Law.” 30 May 2018, The New York Times, www.nytimes.com/2018/05/30/us/politics/fact-check-trump-right-to-try-law-.html. Accessed 4 Apr. 2018.
・Working Group on Compassionate Use and Pre-Approval Access, 2018, Department of Population Health, The New York University School of Medicine, med.nyu.edu/pophealth/divisions/medical-ethics/compassionate-use. Accessed 4 Jul. 2018.

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