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あらためて、パラレルキャリアの私論・理論

普段、私への問い合わせや質問が一番多いのは「どうやって、そんなにパラレルで活動してるの?」ということです。そこで、私が普段パラレルキャリアを実践する上で考えていること・やっていることや、講演等でお話ししていることについて、関連する理論で意味づけもしながらまとめてみました。
パラレルキャリアは、ここ数年で真新しいものではなくなりましたが、一方で実践者はまだ少数派です。5個以上の仕事をパラレルに実践する者として、またパラレルキャリア・越境学習を研究する者として、少しはお役に立てるかな?と思い、あらためて書いてみることにします。

まずはじめに、この記事で言いたいこと簡単にまとめます。

要点



あらためて、パラレルキャリアとは?

■パラレルキャリアへの注目の背景
近年、パラレルキャリアという働き方が注目されてきたのはなぜでしょうか?まずは、背景となる社会環境の変化を抑えておきたいと思います。
1つの変化は、人生100年時代と言われるように、寿命の伸びに伴って、職業人生も伸びていることです。人間の平均寿命が平均100歳まで伸びるとすると、老後の生活を考えれば80歳くらいまでは働く必要があります。
もう1つの変化は、VUCA※という言葉に代表されるような、社会やビジネス環境の不確実性・変動性が高まりです。企業の寿命は短命化し、個人のスキルの賞味期限も短くなっていきます。(※VUCA:Volatility変動性、Uncertainty不確実性、Complexity複雑性、Ambiguity曖昧性という4つのキーワードの頭文字を取った言葉)
この2つの変化をキャリアの視点で捉えると「働く期間が長くなる一方、仕事のライフサイクルは短くなっている」ということになります。そうすると従来のようなシングルキャリア(1つの仕事で定年まで勤めあげるキャリア)では対応できなくなり、複数の仕事を並行させ移り変わりながら働き続ける、つまりパラレルキャリアが必要になってきます。

背景

私がパラレルキャリアを始めたきっかけも、このような背景を知ったからです。2017年1月1日、当時流行り始めていた書籍「ライフシフト」のあらすじをネット記事で読んで、「これから社会が変わっても、自分は毎日ワクワク働き続けたい」と思い、パラレルキャリアを始めようと思い立ちました。思い立ったらすぐ行動したい私は、その4日後、仕事始めの1月5日に上司を説得して、その足で個人事業の開業届けを出しに行きました。ちなみに副業の事業内容は、開業届を出した後で考えました。


■パラレルキャリアとは?
このような社会背景により注目されてきたパラレルキャリアとは、一体何なんでしょうか?それを考えるために、まずはこちらのクイズを考えてみてください。

Q.本業をしながら並行して以下の活動をしたとします。①~⑥のどれがパラレルキャリアに当てはまるでしょう?
 ①フリーランスとして、ライターの仕事を請負う
 ②大学の友人達と起業の準備をする
 ③プロボノとして、NPOを無償で支援する
 ④休日に地域の子供たちの野球を指導する
 ⑤社会人大学院生として、研究をする
 ⑥社内の有志メンバーで、定期的に勉強会をする

どうでしょうか?当てはまるもの、微妙なもの、これは違うだろうというものがあったかもしれません。実はこれらは、全てパラレルキャリアに当てはまります。
パラレルキャリアとは「本業とそれ以外の社会活動を並行して行うこと」で、この定義におけるポイントは2つあります。1つは「お金を稼いでいるか否かではなく、その活動が社会との関わりを持っているか否か」であること。これはパラレルキャリアと副業との違いです。もう1つは「所属や肩書に関わらず、本人がその活動を”自分のキャリアの一部”と認識して取組んでいるか否か」です。講演でこの話をするとよく、パラレルキャリア=副業(稼がなきゃいけない、所属しなきゃいけない)と考えていた方々からは、「思ったより幅広いし、ハードルも低いですね」という反応をいただきます。

ちなみに私の場合、現在は下の表・グラフのような活動をパラレルキャリアとして実践しています。細かく言えばまだありますが、ややこしいので省きます。

ポートフォリオ


それぞれの仕事から得るものも違いますし、複数の仕事間でシナジーが起きているので(後述)、私はどれか1つに絞らず、パラレルでやり続けたいと考えています。このような私のパラレルキャリアの実践や経緯について、こちらの本で詳しく紹介していただきました。


■越境学習とは
また、パラレルキャリアと密接に関わる概念として「越境学習」という学習理論あります。越境学習とは「普段いる場(例えば職場)と、そうではない場(例えば複業の場など)との間を行ったり来たりする経験から学ぶこと」です。越境学習から学べることには主に、①知識に関する学び(越境した先の活動で得た知識・スキル・情報等)と、②自分自身に関する学び(越境した先での気づきをもとに内省し、自分自身への理解が深まること)があります。

越境学習

パラレルキャリアによる越境学習効果について、人材育成・キャリア開発業界を中心に注目が集まっています。越境学習については、こちらの書籍で詳しく解説されています。



パラレルキャリアの効果とは?

パラレルキャリアを実践することによる効果について、ここでは2つご紹介します。

■効果① キャリアを自律的に作り上げる姿勢
今、人材育成・キャリア開発分野では、キャリア自律という「自分のキャリア形成を組織任せにするのではなく、自分の意思で自ら作り上げていく姿勢」が重要だとされています。実は、パラレルキャリアや越境学習には、キャリア自律を高める効果が期待できます。なぜならば、パラレルキャリアは現在の仕事を続けながらも自分の意思で選んだ別の活動をすることができ、さらに越境学習の「知識に関する学び」で説明したように、越境した先での学びを本業の職場で活かせば、本業でも自分で主体的に変化を起こすことができるからです。

キャリア自律

さらに、越境学習の「自分自身に関する学び」も、キャリア自律に必要です。なぜならば、自分の意思でキャリアを作り上げるためには、自身のキャリアの価値基準(何を大切にするのか?)を知ることが必要だからです。

キャリア自律に関連するキャリア理論には以下のようなものがあります。
プランド・ハップンスタンス:偶然の出来事を柔軟に活かす
ジョブ・クラフティング:自分で自分の仕事を変えていく
プロディアン・キャリア:心理的成功のために変化・適応する
バウンダリーレス・キャリア:組織の境界なく行き来する
これらの理論や、越境学習の「自分自身に関する学び」の必要性については、こちらの記事で詳しく紹介しています。

私の場合もパラレルキャリアをするようになってから「自分のキャリアは自分で作る」という認識を強く持つようになり、会社で働くスタンスにも変化がありました。その変化をまとめたものが下の表です。

会社のスタンス

このようなスタンスの変化があった結果として、会社の中でも自分の仕事や働き方を主体的に作っていくようになりました。その具体例はこれらの記事にまとめています。

また私の実感として、キャリア自律の高まりと同時に、会社へのエンゲージメント(会社への愛着)も高まりました。よく「パラレルキャリアをすると、社員が辞めてしまうのでは?」という懸念を人事の方から聴きますが、実は逆で「パラレルキャリアをすると、改めて自社の良さにも気づき、自社への愛着が高まる」と私は考えます。実際に「副業している人の方が、していない人よりも仕事にやりがいを感じている」という調査結果も出ています。


■効果② イノベーションのための「知の探索」

1つ目の効果は個人にとってのメリットでしたが、2つ目の効果は個人だけでなく、組織にとってもメリットがあります。
企業がイノベーションを起こしていくためには、「知の探索(新たな知識の組み合わせを探すこと)」と「知の深化(既存の知識を深め、熟達していくこと)」の両方のバランスが必要です。しかし、企業ではどうしても「知の深化」に偏り、「知の探索」が不足するメカニズム(コンピテンシー・トラップ)が存在します。知の探索と深化、コンピテンシー・トラップについては、こちらの記事が分かりやすくまとまっています。

実はパラレルキャリア・越境学習は、不足しがちな「知の探索」を促進する効果も期待できます。なぜならば、越境学習の「知識に関する学び」によって越境した先での学びを本業の組織で活かすことができれば、組織はその社員を通じて、組織外の新しい知識を取り入れることができるからです。

知の探索

私自身も、活動している複数の仕事間で、知識,人脈,機会,実績等その組織にはない知を持ち込み合いながら、仕事間でシナジーを起こしています。例えば、会社で得た機会を個人事業で活かしたり、個人事業の実績を会社にフィードバックしたり、会社の人脈をNPOでいかしたり、NPOで得た機会を通じて研究したり、研究した知識をNPOにフィードバックしたり、大学院の人脈を会社に紹介したり、大学院で得た知識を個人事業で活かしたり、などなど。パラレルキャリアをテコにして、それぞれの仕事のパフォーマンスが上がる仕組みです。

活動間のシナジー

このように、異なる組織間で知識や情報、人脈などをつないでイノベーションを誘発させる人材には、経営学の分野では様々な呼ばれ方があり、多方面で研究が進んでいます。
ミツバチ:異なる組織の間を飛び回りながら知識やアイデアを運び、イノベーションを誘発する役割
ゲートキーパー:組織外の知識・情報を組織内に浸透させる役割
ナレッジブローカー:あるコミュニティの実践を、他のコミュニティに伝播させる役割
ストラクチュアルホール:つながっていない人のネットワークをつないで情報を橋渡しする役割
バウンダリースパナー:異なる組織間の境界に穴をあけ、交流や協働を生み出す役割



パラレルキャリアはどうやるのか?

パラレルキャリアとその効果について抑えた上で、パラレルキャリアを始め、成果を出し、続けていく方法について書こうと思います。


■小さな一歩を踏み出す
私は、仕事旅行という、多様な職業体験からキャリアの自分軸を見出すサービスで、パラレルキャリアをデザインするワークショップを提供しています。

ワークショップでは以下の流れで進めますが、中でも特に③が重要です。
①過去の経験を棚卸して、自身のキャリアの価値基準に気づく
②価値基準を踏まえて、パラレルキャリアの活動を幅広く検討し、具体化する
③始めることを邪魔する”自身の考え”を自覚して、今からできる一歩を踏み出す

パラレルキャリアを始めたくても「まだ経験や知識が少ないから」「お金や時間が足りないから」「成功するか確信が持てないから」など、第一歩を邪魔する自分自身の考えが、どうしても付きまといます。まずはそういった自分の考えと向き合った上で、今使えるリソース(知識,経験,お金,時間,人脈)だけで踏み出せる一歩から始めていきます。いろいろな理由で「今はまだできない」と考えていても、実は今あるリソースだけでできることはたくさんあります。その例を下に列挙していますが、例えば過去のワークショップ参加者の中には「学習塾をやりたいけど、今はお客さんがいないので、まずは自分の家族に教えることから始めます」という方もいました。とても良い初めの一歩だと思います。

初めの一歩

とりあえず、でもいいので一歩踏み出してみると、踏み出す前には見えなかった景色が見えてきます。様々な可能性は後から広がっていくので、まずはとりあえず一歩踏み出すことがオススメです。


■複数の仕事間でシナジーを起こす
先述の通り、パラレルキャリアは複数の仕事間でシナジーを起こすことで、それぞれの仕事のパフォーマンスを上げることができます。特に私は、本業以外の活動を、本業に還元することが大事だと考えます。なぜならば、パラレルキャリアを継続するためには本業の職場の理解が必要な場合が多いからです。
シナジーを起こすことは、越境学習の分野では「知識の仲介」と言われています。知識の仲介とは、異なるコミュニティでの実践知を別のコミュニティに伝播し浸透させること。簡単に言えば、本業以外で学んだことを本業の仕事で活かすこと(その逆も然り)です。しかし知識の仲介には、それを阻む2つの壁があります。

1つ目の壁は、職場外で学んだことを職場に持ち込もうとした時に、職場メンバーから反発を受けることです(これを迫害と言います)。なぜ反発を受けるのかというと、職場には、すでに共有された考え方や価値観があり、それとは異なる考え方や価値観を簡単には受け入れてくれないからです。

2つ目の壁は、越境で得た学びとモチベーションが、職場に戻り日々の業務に埋もれていくうちに、薄れていってしまうことです(これを風化と言います)。いわゆる忘却曲線(時間とともに学びが忘れ去られること)を下っていく、というわけです。

壁

私は、これら2つの壁を打破して、知識の仲介を促進する方法について大学院で研究しました。その方法とは①越境した経験を内省する ②コミュニティ間の違いを整理する ③違いを踏まえて、学びの実践を具体化する という手順を踏んで、学びを活かすことです。この方法については、こちらの記事で詳しく紹介しています。

学びの活かし方


■全体を統合して時間のトレードオフをなくす
パラレルキャリアを始めたい人の多くが不安に思うのは「どうやって時間を捻出するのか?」ということです。
まず前提として抑えたいことが2つあります。一つは、パラレルキャリアを始めても、本業程の時間を使う仕事が、いきなり増えることは滅多にありません。平日の朝や夜、または休日の時間で十分収まるでしょう。
もう一つは、パラレルキャリアの活動が知識労働ならば、必ずしも成果は投入した時間に比例しないということです。肉体労働は、使う時間の分だけ成果も増えます。一方で知識労働は、必ずしも使う時間の分だけ良い知識を生み出せわけではありません。さらに情報は複製可能なので、モノと違って再生産にも時間はかかりません。
この2点から私が言いたいことは「パラレルキャリアは時間がたくさんないとできない」という考えは、思い込みの部分もあるということです。

その上で、「パラレルキャリアは時間の制約は全く受けない」とは言いません。例えば打合せなど人と会うことは、どうしても時間を使います。
限られた時間を最大限有効活用するために、私は「この時間を、AとBの活動どちらに使うか?」と考えるのではなく「この時間を、どうすればAにもBにも同時に役立てられるか?」と考えます。時間のトレードオフを外そうとしているとも言えます。例えば「本業をしている時間が、実は本業以外の活動にもつながる」「本業以外をしている時間が、実は本業の活動にもつながる」という状態です。
その手段もやはり、先述の「複数の仕事間でシナジーを起こすこと」になりますが、さらに言えば、シナジーを起こしやすいように「全体の活動を統合する」ことが有効です。私の場合、会社、NPO、個人事業、大学、地域などそれぞれ異なる場で活動しています。しかし実は、私の認識の中では下の図の通り、どの活動も目的と手段が共通しており、全体が統合されています。こうすることで「Aをしている時間も、Bと同じ目的に向かっている」「Bをしている時間も、Aに活かせるスキルや経験を積んでいる」という状態になり、何に時間を使っていても、全体として前に進んでいくことができます。

全体を統合



パラレルキャリア実践者の自己像とは?

最後に、パラレルキャリアについて今私が研究者として関心のあるトピックについて書きます。それは「多くの活動をパラレルに実践する人は、自分のことを何者と定義しているのか?」ということです。

先述の「複数の仕事全体を統合する」という話で触れた図の状態になると、複数の仕事を別々にしているのではなく、複数の仕事を統合した全体が自分の仕事である、という認識に変わってきます。もはや、本業・本業以外という区別もなく、全てが本業で、その場の状況に合わせた名刺を使っているだけ、という感覚です。他人から見れば「何をやっているのか、よく分からない人」と映るかもしれません。

私の周りを見渡すと「何をやっているか分からない人」がけっこういることに気づきます。私が今関心あるのは「彼らは自分で自分のことを、何者だと思っているのか?」つまり「どんなアイデンティティを持っているのか?」ということです。例えば自己紹介のとき、通常なら「〇〇(所属組織)の磯村です」と名乗るかもしれませんが、彼らには多くの〇〇があり、もはや個々の〇〇だけでは、その人自身を十分表現しきれません。では彼らは、自己紹介でどう名乗るのでしょうか?

この問いに対して、私は現段階で2つの仮説を持っています。1つは「個別の活動を統合する、一つの高次元の自己像を持つのではないか?」という仮説です。これは先述の「全体の統合」で見てきたような、複数の活動に共通する目的やスキルに、自分の軸足を置いている状態です。例えば私なら「毎日みんながワクワク働ける社会を作る(共通の目的)、ファシリテーター兼研究者(共通のスキル)の磯村です。」と名乗るイメージです。これを仮に「統合的自己仮説」と呼ぶことにしましょう。

もう1つは「状況に応じて、自分を表す軸足となる自己像が切り替わるのではないか?」という仮説です。この状態は多元的自己とも呼ばれています。多元的自己とは心理学の概念で、一人の人間の中に複数の異なる自己像が併存している状態です(多重人格とは異なります)。例えば私なら、状況に応じて「〇〇(会社名)の磯村です」「□□(NPO名)の磯村です」「××(大学名)の磯村です」と名乗り分けるイメージです。これを「多元的自己仮説」と呼ぶことにしましょう。

自己像

どちらの仮説でもあり得る、または両方が並存しているかもしれません。おそらくいずれの場合も、その自己像にたどり着く過程では、自分の中に矛盾や葛藤があり、「私って結局何者?」と自問しながら、自己像が変容していくのではと推測します。


これは今後の研究課題にしたいと思うので、「私の場合は、こうだったよ」という体験談をお持ちの方がいれば、ご意見お待ちしております!!

嬉しくて鼻血出ます \(^,,^)/