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【アドレスホッパー】僕の今までのキャリアとそのときの考えまとめた!【Vol.3 新卒時代編】

こんにちは、アドレスホッパーのこーすけです!この記事を書き始めている今は大阪の心斎橋に滞在しています。書き終わるときは和歌山かな。。。

今年の4月からアドレスホッパーになり、同時にnoteを書き始めたわけですが、最初のテーマは僕のキャリアについて書いています。今回は新卒の社会人時代〜現在までを書いていきます。

その前の大学生のときの僕を知りたい方は、こちらの記事を読んでみてください。

社会人編は、ざっくりこんな感じのキャリアです。今回は心の葛藤が大きかった新卒時代についてで1記事にしたいと思います。

・新卒の会社時代(約2年半・22歳〜24歳)
・副業時代(約1年間・24歳〜25歳)
・修行時代(約1年半・25歳〜26歳)
・フリーランス時代(26歳〜)

新卒の会社時代(約2年半・22歳〜24歳)

晴れて第一希望の会社に就職したのですが、見出しでわかるように2年半で退職をしている。段々と、自分のモチベーションが”会社で成果をあげること”から”自分のスキルと経験を積み上げること”に変わっていったからだ。

入社後はどんどん仕事を任せてもらえるようになり、新しいことへ挑戦する毎日だった。色んなタイプの人がいたが、先輩や上司の方々はほとんどの人が尊敬できて憧れだった。始めて直面することに心が折れそうになったり、仕事をしているうちに文句や愚痴を言うこともあった。それでも”会社内で成果を出す”というモチベーションは、入社から1年半はずっと強く思っていた。

僕の担当エリアは相場が高かったり、周りが僕の案件に注力してくれたこともあったが、実際に月の営業成績ではどんどん上位に上がっていったし、月報では常に上位に位置することができた。しかし、この頃から別の不満が大きくなっていく。

それは、実力主義の会社と思っていたにもかかわらず、営業成績に対するインセンティブは発生しないし、給料の昇給幅もあまり変わらない、更にはボーナスの額もほとんど変わらないのである。そして、営業成績が自分よりも下の同期や先輩達が、自分よりも早く昇進している状況である。

毎回、自分の近い人が昇進する社内連絡があると、同じ支店の上司やマネージャーと面談あったり飲みに行って色々と話した。「なんで自分じゃないんだ、なんであいつ(あの人)なんだ」と思っていても、表面上は社内事情などの理解があるふりをしていた。そこで本音を全て話してしまうと、頑張っている糸が切れてしまいそうだったし、なにより本音をすべて話す勇気がなかった。

何度もそんな状況になりながらも、自分でメンタルを立て直して会社の仕事は頑張っていた。しかし、会社の仕事を頑張り続けてどうなるのかを考えたときに、僕が想像している人生とちょっと違うと思い始めた。

会社の仕事を頑張って目標達成しても「よくやった」「ナイス」と言われるだけ。インセンティブもなく、昇給幅もボーナスも対して変わらない、昇進も色々な要素が絡んで、会社の都合でなんでこの人なんだ?と思うような人が昇進することも何度もあった。

それに加えて、そもそも、なんで週40時間働かないといけないんだろう。毎日残業していて1日10時間働いているなら、週4出勤でもいいじゃんか。そもそも1日8時間ってなんで決まっているの?なんで売上を2倍にしたのに給料が2倍にならないんだろう...。こんなことが溢れるように出てきて、段々と会社で頑張る意味がわからなくなってきた。

当時は僕の家族も、身の回りの友達も、リアルで知っている人のほぼ100%が会社員だったので、それが世の中の当たり前だと思って感情を抑えて仕事をしていた。ところが、たくさんの本を読んでいると、僕のように頑張っても給料があがらない訳がわかったり、世の中には会社員ではない選択肢もあるのだとわかってきた。いや、そういった選択肢は大学生の頃から知っていた。でも自分にはそんなものなれないと決めつけて半ば諦めていた。(起業して社長になるというものもなり方がわからなかった)

新卒の会社を退職する決心をした

入社3年目というのは、多くの社会人が今後のことについて悩んでくる時期なのだろう。実際に3年目となると、友達にも同期にもたくさん新卒の会社を辞めている人がいた。僕もこの会社はすごく好きだけど、自分の人生を考えたときに長くはいないだろうと思っていた。

でも、いざ新卒の会社を辞める決断をするのはとても怖かった。

怖かった理由を今、振り返ると、初めて普通のレールからはずれようとしていたからだと思う。小さい頃からサッカーをしていて、高校選びもサッカーを中心にちょうど良い学力の高校に入学して、専門学校に進学しようと親に話したら4年制の大学じゃないと絶対にダメだと言われ、言われた通りに4年生の大学に進学した。

そして大学生活も特に大きな行動はせず、就職先もチャレンジングな会社だったが比較的大きな企業で上場もしていた。いわゆる一般的なレールの上を走っていた人生だった。

正直に言うと、僕の退職理由はポジティブな面もあればネガティブな面もあった。

ポジティブな面は、
・将来起業をしたいからそのための勉強の時間を作りたい
・一回自由な時間を作って1人旅や留学をしたい

ネガティブな面は、
・毎月同じ方法で数字を追いかけること、業務内容に疲れた
・心の声がこのまま働き続けるのはNOだと言っている

お盆明けに上司に退職の以降を伝えると、かなり驚かれた。僕も驚いたがなんと昇進が決まっていたのだ。異動先は小さい支店だが支店長とのこと。

入社から3年以内に支店長になると目指し続けて、でも自分は昇進出来ず、色んな葛藤があって辞めると決めて上司に報告したのに、このタイミングで目指していたポジションになれる...。正直かなり揺れたが情に流されず、その後の人生を見据えて辞めるという決断を変えなかった。ここでの判断が本当に良かったと思っています。

新卒時代編まとめ

友達や親、世間一般的な声に流されず、自分の心の声を信じた結果、大きな一歩を踏み出すことが出来ました。このときに沢山悩んで色々な先輩方や友達、小学生時代のサッカーのコーチにまでキャリアについて相談に乗ってもらったり、その人の価値観を聞いたりしたことは本当にありがたい経験となりました。

もちろん、会社を辞めることに反対されたり、故意ではないかもしれないが不快に思う噂を流されたり、この人を信じなければよかったと思うこともありました。

なにかに挑戦することや、今の状況を変えることは、とても体力を使いますし、不安や悩むことで心労もたまります。でも、心の声に正直になることはとても大切だと思います。このことは僕の人生の中でとても大切にしていることの一つです。

新卒時代が終わり、一気に一般的なレールから外れることになりますが、当時怖かったものから逃げずに向き合って本当に良かったです。

ここから先は、毎年大きな変化を伴って生活が変化していきます。自分の心に素直になることで仕事や環境の変化スピートがとても早くなると感じています。

この記事が完成するまでに大阪→神戸→大阪→京都と移動をしてきました!京都の宿は銭湯を再利用した施設です!

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それじゃまた!

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