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実話怪談 #46 「シニマブイ:前編」

 三十代前半の男性、石嶺いしみねさんのだんである。

 現在の石嶺さんは大阪に移り住んでいるが、二十二歳までは沖縄県で暮らしていた。生まれも育ちも沖縄で、大阪には就職を機に出てきた。
 
 話のはじまりは小学五年生のときだたという。
 夏季はしつこいほど青空の日が続く沖縄も、秋から冬にかけては曇りや雨の日が多い。十一月の初旬のその日も、空はどんよりと曇っていたそうだ。

 小学校で体育の授業中だった石嶺さんは、運動場のすみっこに見知らぬ男児がいるのを認めた。どこか古臭い浴衣を着たその男児は、顔を真上に向けて突っ立っている。その姿勢だと顎の下と首しか見えず、顔立ちが判然としないものの、体躯からして年齢は十歳ほどに思えた。

 石嶺さんのまわりにいるクラスメイトたちは、男児をまったく気にしていないようすだった。先生も同様に男児を気に留めていない。
 どうやら男児は石嶺さんにしか見えていないモノらしく、生身の人間ではないのだろうとなんとなく理解した。つまり、霊的ななにかということになるのだが、石嶺さんは男児がまったく怖くなかった。なぜ、まったく恐怖を覚えなかったのかは、石嶺さん自身にもよくわからなかった。

 それから石嶺さんはその得体の知れない男児を、一ヶ月に一度ほどのペースで見るようになった。男児はいつも顔を真上に向けて立っているが、現れる場所は運動場の東側の隅っこだったり、西側の隅っこだったりした。
 石嶺さんが六年生になってからも、男児は一ヶ月に一度のペースで現れた。はたして石嶺さんは、小学校を卒業するまでその男児を見続けた。

 中学生になると男児をもう見かけなくなった。もちろん中学校にも運動場はあったが、ゴールデンウィークが終わっても、梅雨が明けて夏になっても、そこに男児は現れない。あれは小学校の運動場に棲まうものなのだろうと、石嶺さんはそのように考えていた
 ところが、夏休みが終わって数週間が経った頃に、男児が中学校の運動場にも現れたのである。隅っこに突っ立っており、やはり顔を真上に向けていた。
  
 以降は小学生のときと同じだった。男児は一ヶ月に一度のペースで運動場の隅っこに現れた。東側の隅っこだったり、西側の隅っこだったり、顔を真上に向けて立っている。

 そうして男児を見続けた石嶺さんは、中学校を卒業して高校生になった。
 すると、梅雨が明けてまもない頃に、またも男児が運動場に現れたのだ。顔を真上に向けて、隅っこに立っていたのである。

 石嶺さんはぞっとした。
 それまで男児は運動場に棲まうものだと、なんとなくそんなふうに考えていた。だが、そうではなかったのだと、ようやく気がついたのだった。男児は石嶺さん自身に憑いているものだ。小学五年生のときから今に至るまで、男児は石嶺さんに取り憑いていた。
 その執拗さは尋常なものとは思えなかった。
 はじめて男児に対して恐怖を覚えた。

 石嶺さんはその日のうちに地元の友達に相談した。友達の祖母がユタだと聞いていたからだ。
 ユタは沖縄の土着信仰から生じた人物で、平たく言えば強い霊力を有する女性だ。祈祷、除霊、口寄せなどを行い、霊的な問題の解決に尽力する。沖縄にはユタがあまた存在し、寺の僧侶よりも多いという。
 
 友達はこころよくユタの祖母を紹介してくれた。祖母の名前はSさんといった。友達は石嶺さんとSさんが会えるように段取りをつけてくれたさい、小学生のときから男児が見えているという話も伝えてくれていた。

 次の日曜日にSさんの家に向かった。家は人里離れた辺鄙な場所にあったが、友達が自転車で案内してくれたので、特に迷うことなく到着した。琉球古民家といった風情のある家で、堅牢そうな赤煉瓦の屋根にシーサーが座っていた。

 石嶺さんは少し緊張しつつ家にあがった。古びた琉球畳が敷かれた薄暗い部屋に通されると、背中を丸めたSさんがちんまりと座っていた。しわくちゃの顔でニコニコとしている。ユタの服装は巫女と似ているという印象があったが、Sさんは黄色のムームーらしきものを着ていた。

「石嶺、そこに座って。ばあちゃんの前に」
 友達にすすめられるまま、石嶺さんはSさんの前に座った。緊張しているせいか、自然と正座になった。
「ばあちゃん、こいつが石嶺。あとはよろしくな」
 友達はSさんにそう伝えると、石嶺さんに向き直った。
「隣の部屋にいるから、終わったら呼んで」
 それから部屋を出ていった。

 Sさんはニコニコしたまま石嶺さんをじっと見つめた。いや、石嶺さんの背後を見ているようだった。
 もしかして、運動場に現れるあの男児が、そこにいたりするのだろうか。石嶺さんにはまったく見えなかったが、男児がいると考えると、背中がぞわぞわとした。

 しばらく石嶺さんを黙って見つめていたSさんは、やがて石嶺さんの膝の前になにかを差しだした。見れば、朱色の小さな巾着袋だった。丸く膨らんだ形からして、ビー玉のようなものが入っていそうだ。
 石嶺さんは少々困惑しながら尋ねた。
「ええと……これは?」
「それがあんたを守ってくれるよ」
「もらっていいんですか?」
 Sさんはやはりニコニコしたまま頷いた。
 巾着袋を手にするとやけに重たかった。中身は判然としないが、ビー玉の重さではない。鉄球かなにかだろうか。
「あの、これを持っていれば、あの男の子はもう現れないんですか?」
「きっと現れなくなるねえ」
 
 本当だろうか。少しばかり頼りなく思ったが、今は信じるしかないので、頭をさげて礼を口にした。
「ありがとうございます。いつも持っておきます」
 それから顔をあげて、気になっていることを尋ねた。
「あの男の子はなんなんですか?」
「とても悪いシニマブイだね」
 シニマブイは死霊を意味する沖縄の言葉だ。悪いシニマブイは怨霊や悪霊といったものになる。
「あんたはシニマブイに影響されやすいよ。連れていかれないように気をつけないとねえ」
 そう言ったSさんは神妙な目をしていた。だが、すぐにしわくちゃの顔でニコニコと笑った。

     (後編に続く


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