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実話怪談 #47 「シニマブイ:後編」

 巾着袋の中身は石だという。鉄のように重い石の正体が気になったものの、詳しく知っていけないし、見てもいけないそうだ。

 翌日から石嶺さんはSさんにもらった巾着袋を制服のポケットに忍ばせて通学した。どうにも頼りのない巾着袋だったが、それからまったく男児を見かけなくなった。一年生のあいだも二年生のあいだも男児の姿を見せず、ついには高校を卒業するまで一度も姿を見ることがなかった。
 Sさんのユタの能力は本物だったのだろう。巾着袋を頼りのないと思ってしまったことを申しわけなく思った。

 高校を卒業する頃に、友達を通してSさんから連絡があった。男児の正体は海で亡くなった子だろうという話だった。海の底に沈んでしまったときに、浮きあがりたくて上を見ていた。だから、石嶺さんの前に現れるときも上を向いているそうだ。
 上ばかりを見ているあいだに、魔に魅入られて怨霊となった。

 どうやらSさんは男児の正体を知るために、あれからいろいろしてくれていたらしい。本当に頼りになる人だと思った。

 高校卒業後の石嶺さんは大学に進学したが、大学生になってからも男児を一度も見かけなかった。巾着袋を肌身離さず持っていたおかげだ。
 そして、大学卒業後は沖縄を出て大阪の企業に就職した。社会人になってからも、Sさんにもらった巾着袋は、いつでもちゃんと持っていた。

    *

 それから五年が経って、石嶺さんは二十七歳になった。大阪の生活にももうすっかり馴染み、三年前から付き合っている彼女がいた。大阪にきてから知り合った子で、マンションで同棲中でもあった。彼女とは真剣につき合っており、そろそろ結婚を意識しはじめていた。

 ある日の午後だった。石嶺さんは社用車を運転して取引先に向かっていた。二時に打ち合わせをする約束があった。
 国道を走っていた石嶺さんは、ふと気がついた。スーツの内ポケットに入れたつもりの巾着袋がない。
 なくしてしまったのだろうか。石嶺さんはひどく焦ったが、冷静に考えてみると、おそらく事務所の自分のデスクの上だ。時間に追われて急いで出てきたために、そこに置きっぱなしにしてきたのだろう。 
 だが、確信はなかった。本当にデスクにあるか確認しないと落ち着かない。

 石嶺さんはスマホを取りだした。運転しながらの電話はするのはよくないとわかりながらも、同僚のスマホに電話をかけた。
 すぐに出た同僚に尋ねた。
「悪いんだけど、俺のデスクに見てほしいんだ。小さい巾着袋を置いてないかな?」
『巾着袋? 見てみるわ。ちょっと待てよ……』
 なにか物音が聞こえたあと、しばらくして同僚が言った。
『赤いやつだよな。あるぞ』
「そうか。あったらいいんだ。ありがとう」
 ほっとして電話を切った。
 会社に一旦戻れば打ち合わせに遅れてしまう。巾着袋がないのは少し不安だが、帰社するまでの二時間ほどだ。そのくらいなら身につけていなくても問題ないだろう。
 そう考えて車を走らせて石嶺さんは、それを目にして息を呑んだ。
 
 国道の脇の歩道に十歳ほどの男児がいる。どこか古臭い浴衣を着たその男児は、顔を真上に向けて突っ立っていた。学生のときに運動場に現れていたあの男児だった。

 石嶺さんは男児から目を離せなくなった。車はそのまま進んでいき、交差点に侵入してしまった。赤信号だと気づいたときにはもう遅く、激しい衝撃が石嶺さんの全身を襲った。
 石嶺さんは徐々に意識を失っていったが、最後に男児の姿を視界の端に見た気がした。これまで真上を向いていた男児が、石嶺さんをじっと見つめていた。

 次に目を覚ましたのは数時間後で、石嶺さんは病院のベッドの上にいた。
 事故を起こして意識不明の状態だったのである。

 男児に気を取られていた石嶺さんは、赤信号の交差点に侵入してしまい、他の車と側面衝突したのだった。幸い相手の運転手はかすり傷程度で済んだのだが、石嶺さんは後遺症の残る怪我を負った。
 運転席の真横に相手の車が衝突し、石嶺さんは右顔面を骨折した。骨折自体は順調に回復していったものの、右目の視力が著しく低下してしまった。右目だけだと周囲が明るいか暗いか、それがなんとなくわかる程度だった。物の形はまったくわからないという。

 その後、石嶺さんは仕事に復帰して、生活はそこそこもとに戻った。だが、結婚を考えていた彼女とは別れてしまった。視力低下した右目が不便でイライラすることが多くなり、その影響からか、彼女との関係がぎくしゃくするようになっていった。

 そんな不幸があってからの石嶺さんは、巾着袋を肌身離さず持っている。
 ユタであるSさんの言葉がときどき耳の奥によみがえるからだった。

 ――あんたはシニマブイに影響されやすいよ。連れていかれないように気をつけないとねえ。

 悪い死霊シニマブイのあの男児は、きっと今でも取り憑いている。巾着袋を肌身離さず持っていないと、今度は右目だけで済まないかもしれない。死霊シニマブイに連れていかれるかもしれない。
 石嶺さんは恐怖に駆られつつ、いつでも巾着袋を持ち歩いている。

     (了)


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