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実話怪談 #42 「廃墟」

 二十代前半の男性、須藤すどうさんのだんである。

 須藤さんには同じ大学に通うIさん、Sさん、Yさんという友達がいた。ゴールデンウィークだと少々季節外れだが、その三人と肝試しに出かけることになった。
 
 Iさんが運転するワンボックスで目的の場所に着いたのは、深夜の一時を少し過ぎた頃だった。肝試しスポットとして有名なホテルの廃墟だ。十年ほど前に経営不審で廃業したホテルが、今でも取り壊されずに残っている。
 雑草があちこちに生えているものの、ホテルの隣には広い駐車場があった。先客らしき車が十数台停まっており、Iさんもそこに車を停めた。

「幽霊出るやろか」
 Iさんの話に助手席のSさんが応じた。
「出たらスマホで撮らんとな」
 そのあと、後部座席の須藤さんとYさんが続いた。
「出たら怖いわ。撮る余裕ないって」
「そもそも幽霊ってスマホで撮れるんか」

 そんな感じでみなでわいわいと言いながら、須藤さんたちは車の外に出た。夜中とあって周囲は真っ暗で、しんと静まり返っている。駐車場から見あげると、ホテルはどうやら三階建てらしい。想像していたよりも、こじんまりとしたホテルだった。

 さっそく須藤さんたち四人はホテルのほうに向かった。正面口と思われる場所には自動扉のものらしき枠だけが残っていた。その正面口をくぐってエントランスに入った須藤さんは、スマホを手にしてライト機能をオンにした。他の三人も同じようにスマホで足もとを照らしている。
 ゴミや枯葉や虫の死骸が散乱しているさまは、長年放置されてきた廃墟然とした光景だった。
 
 須藤さんは足を止めてエントランスを見まわした。
「結構、人がおるな」
 さすが有名な肝試しスポットだ。肝試しに季節外れのゴールデンウィークでも、先客の姿がちらほらと見て取れた。そういえば、駐車場にまま車が停まっていた。その車の数からすれば、ほかにもっと先客がいるに違いない。

 須藤さんが足を止めているあいだに、他の三人は少し先に進んでいた。
「おい、ちょっと待ってくれよ」
 須藤さんが小走りで追いつくと、三人はこんな話をしていた。
「中は割と広いねんな」
「ほんまや」
「めっちゃ奥まであるやん」

 確かに三人の言うとおりだった。外から見たさいの印象はこじんまりとしていたが、いざ中に入ってみると、真っ暗な廊下がずっと先まで伸びている。奥は闇に溶けて見えないほどだ。

 須藤さんは三人の会話に加わろうと口を開きかけた。しかし、誰かに見られているような気がして、会話に加わらないまま後ろを振り返った。すると、振り返った先には誰の姿もなく、さっき感じた視線も消えている。
 気のせいだろうと、深くは考えずに前に向き直った。

「とりあえず奥にいこうぜ」
 Iさんがそう言って歩きだし、みなで廊下を進んだ。廊下の両側に並んでいる客室は、どこもドアがまともについていなかった。完全に外れて床に倒れているか、半分外れて傾いているかだ。

 須藤さんたちは適当に客室に立ち入りながら進んでいった。そうやって一階を見まわったあと、ゴミが散乱している階段で二階にあがった。
 二階でも先客の姿をちらほら確認できた。
 廊下を進みつつYさんが呟いた。
「幽霊、えへんなあ……」
 その呟きにSさんが反応する。
「二階で出るかもしれへんで」
 だが、二階にいる先客たちは落ち着いた様子であり、悲鳴なんかもいっさい聞こえてこない。霊的なものに遭遇していないという証拠だ。もし遭遇していればもっと騒ぎになっている。
 
 なおも四人で廃墟内を徘徊しているときだった。須藤さんはまた誰かの視線を感じた。だが、周囲を見まわしてみても、やはり誰の姿も認められなかった。
「なあ、誰かに見られている気がすんねんけど」
 今度はみなにそう言ってみた。
「まじかよ、幽霊の視線ちゃうん」
 Yさんの言葉に、IさんとSさんが声を揃えた。
「怖えぇ」
 だが、実際には怖がっておらず、楽しんでいるらしかった。そもそも須藤さん自身が、視線は半ば気のせいだと思っていた。

 その後も、廃墟の中をいったりきたりして、肝試しを続けた。ちょくちょく先客とはすれ違ったが、不可解な現象にみまわれることはなく、どこかで騒ぎが起きているようすもなかった。
 そして、一時間近く経った頃、Sさんがこう言い出して肝試しは終了となった。
「幽霊、出えへんなあ。そろそろ帰るか」

 車のところに戻った須藤さんたちは、四人でジャンケンをした。負けたのはIさんだった。
「また俺かい」
 帰りの運転もIさんがすることになった。
 行きと同じように助手席にはSさんが、後部座席には須藤さんとYさんが座った。

 車が動きだしてすぐだった。Sさんが残念そうに呟いた。
「幽霊ってなかなか出んもんやな……」
 それにYさんが応じた。
「そりゃそうや。ぽんぽん出たら怖ないしな。なかなか出んから怖いねん」 
 須藤さんは「確かに」と同意してから、こう続けた。
「にしても、みんな肝試し好きやねんな。ゴールデンウィークって肝試しには季節外れやろ。それやのに、ちょいちょい人おったよな」

 すると、Yさんが怪訝な顔をした。
「人? なんのことや?」
「いや、だから、肝試ししてる人やんか。どれくらいやったっけ。二十人くらいはすれ違ったんちゃうか」
 Yさんはさらに怪訝な顔をした。
「なにを言うてんねん。俺らしかおらんかったやろ」
「いや、お前こそなに言うてんねん。結構おったやんか」
 しかし、IさんもSさんも、Yさんと同じだった。ホテルの廃墟には誰もいなかったと口にした。肝試しをしていたのは須藤さんたちだけだった。
 また、須藤さんはホテルの駐車場に数十台の車が停まっているのを見たが、三人はそれすらも見ていないという。須藤さんたちが乗ってきた車だけが駐車場に停まっていた。

 三人は口裏を合わせてからかっている。須藤さんはそう勘繰ったが、どうやら三人は本心を言っているらしかった。本当に廃墟で誰も見かけてないし、駐車場の車も見ていないのだ。

 さらに不可解だったのは廃墟の高さだ。須藤さんはホテルの廃墟を外から見たとき三階建てだと認識した。だが、みなは二階建てだったと言う。そんなことないと否定しようとしたとき、須藤さんはふと気がついたのだった。三階にあがったという記憶が曖昧だ。
 廃墟の二階をみまわった覚えは確かにある。だが、三階にあがったかどうかが判然としない。あがったようなあがってないような、なぜかはっきりと思いだせなかった。

 その日以降、須藤さんは誰かに誘われても、肝試しにはいかないようにしている。

     (了)


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