「ウルフウォーカー」の物語が映し出す現代社会の構図と解決策

広島大学総合科学部の、桑島秀樹先生の英語の授業で取り上げられた「ウルフウォーカー」。監督のトム・ムーア―、ロス・ステューアート両監督曰くここ近年の現代社会の内包する問題を抱えている。先生のこの講義に刺激を受けて、中世のアイルランドを題材にしたこのアニメ映画を改めて視聴することにした。

※執筆・掲載にあたり、事前に先生に許可をいただきました。映画のネタバレが含まれていますが、記事閲覧前後の映画の視聴を推奨します。
〇目次
・映画の基本情報
・記事で監督の言っていたところと作品で対応した部分
・登場人物の特徴
・中世を舞台に現代社会の問題を具現している

〇映画の基本情報


「ウルフウォーカー」は、「ソング・オブ・ザ・シー 海のうた」等を手掛けたカートゥーン・サルーン社アニメーション部門により、先述したトム・ムーア―、ロス・ステューアート両監督が中心となって作られ、2020年に公開となった(1)。日本においては、映画は一部の劇場の他(1)、Apple TV +で会員登録(2021年5月31日時点では7日間の無料トライルが出来て、それを過ぎると660円/月のサービス料金が発生する)すると原語版及び日本語吹き替え版など複数言語で視聴できる(2)。上映時間は1時間42分(2)。


〇記事で監督の言っていたところと作品で対応した部分

この映画は、イギリス帝国がアイルランドを支配し現地の狼を絶滅に追いやった中世の史実に基づきつつ、ブラジル等で今も進行している開発のための熱帯雨林の破壊や先住民の表象的な服従や迫害、強力な権力者が恐怖や分断を用いて専制的な支配を行う国家が増えた現代の問題を多く取り入れた(3)、と監督は言う。作中では、登場人物であり支配者の護国卿のもと市民が団結して、『狼やウルフウォーカー』という”よく知られていない先住民”を支配、或いは絶滅による排除して、『森林を切り倒して農業地にする』という”もとある自然を破壊して開発をする”という描写が良く見られた。特に先述した環境破壊や先住民の問題と対応している。先住民の問題は、今まさに中国のウイグルやブラジルで起きているし、環境破壊の問題はブラジルや東南アジアでも起きている。また、市民の分断や抱く恐怖を利用して支配する強力な権力者として、オリバー・クロムウェルをモチーフにした「護国卿」という人物はまさにトランプや習近平などの現代の支配者の統治の仕方と似ている。
こうした状況は、日本も無縁ではないように感じられる。東南アジアの中では日本などに輸出するエビなどの水産物のために環境破壊が行われている地域もある。また、国内に目を通せば、先住民の問題は、社会的に考えが普及せず抑圧されてきた性的マイノリティへの差別を法で禁止するどころか、生産性がない等と発言し効果的な対策を取らない政治家達の統治と通ずる部分がある。また、市民が未知のものに恐怖し、あまりよく知らないまま団結してそれを排除しようとするのは、このコロナ禍での特定の対象―飲食店や医療従事者やコロナに感染した人など―への誹謗中傷や営業妨害とも通じるところがあると感じる。


〇登場人物の特徴

この映画では、登場人物の設定も、現代社会に生きる象徴とも呼応してはっきり現れていて魅力的だった。


主人公のロビンと、その父親のビルは現代を生きる娘と父親、価値観が異なる世代の人間として現れていた。中世から少しは和らいだかもしれないが、世界では未だにジェンダーの固定が根強く、この作品でも、「外に行って狩りをするのは男の仕事、家ないし修道院に籠って炊事をするのは女の仕事」という固定概念の執着が度々描かれていた。最も近年の研究で、こうしたジェンダー固定は、産業化など社会の構造変化によって生じたものであることが明らかになっている(4)。

作中では、「狩人として父親を手伝いたい」、またそこかメ―ヴらとの交流で変化した、「ウルフウォーカーであるメーヴと母親を助けたい」というロビンの考えは、父親のビルを含め、しばしばジェンダー概念から拒否される。最もビルの場合は、社会とは外れた考えを持っているがゆえに娘が社会から攻撃されるのを恐れて、父親として子供を守りたいがために、ジェンダーを押し付けているが、このような父親の娘へジェンダーを押し付ける行為は、東京大学の上野千鶴子教授の言う、「冷却効果」―本人の考えに関係なく、こうあるべきだと何らかの形で示し続け、男女はこうあるべきだ、という考えを刷り込ませる効果―にあたる。ノーベル平和賞を受賞したマララの父親の、「羽を折らないように育てる」―本人のやる気や意欲ありのままを受け入れ、それを支える育て方―とは真逆の考えだ。知らず知らずのうちに子供に押し付けていないか、考えさせられる部分だと思う。こうした部分は中盤の、事情を知ってしまったうえ人間としての立場のロビンとただ母親を助けたいメーヴとの葛藤やすれ違いでも、ビルとの関係では「娘」の立場だったがメーヴとの関係で一時的に「父」の立場になるロビンの姿が描かれている。


登場人物間での「狼やウルフウォーカー」への理解も大きく異なっている。主人公のように未知の存在だった彼らと交流したことでそれを迫害する考えに異を唱え、闘ってゆく若者、未知のものへの理解が無く、それへの恐怖から迫害を支持する多くの市民、そうした大人たちを見て育ち影響されていく町の子供達、護国卿のような、”Tame the wild.”のセリフ通り、市民の恐怖を煽り、メーヴの母親を生け捕りにして、それを従わせる姿を市民に見せつけて市民を支配し、森林の開発や国家の支配をもくろむ権力者、という立場で描かれているが、これは、昨今の先住民問題や移民・人種問題、先述した性的少数派や男性至上主義の問題等の根源にも共通する事が多いように思われる。その問題の答えとして、映画では、「対等な”人対人”としての立場として共生する事を望み、自然を排除して支配しようとする社会と闘っていく」ロビンの姿を描くことで、「自分とは異なる価値観の持つ相手と関わってそれを知って、分断ではなく融和を促す側に回る事、そしてそれを貫き通すことの大切さ」が示しだされているように思えた。


〇中世を舞台に現代社会の問題を具現している

最後はメーヴの母が生き返り、ロビンとビルはメ―ヴ達と暮らすことを決めて新天地を探しに森を出ていくが、全部の人類が共生する訳では無く、現実社会で多様性に重きが置かれるようになってきたが未だ多くの面において道半ばで出来ていない部分を暗示しているように思えた。しかし、社会問題の根源や解決策は十分に示している。子供向けの作品としてみるのではなく、一人一人が、自分の問題として捉えて制作者からのメッセージを見てもらいたい。オンラインでの配信もされていてアクセシビリティも大きく、コロナ禍で一層解決に先の見えない社会問題を変えるための倫理基盤になると考える。


〇閲覧資料


・“ウルフウォーカー”. Apple TV+ [リリース 2020年]. https://tv.apple.com/jp/movie/%E3%82%A6%E3%83%AB%E3%83%95%E3%82%A6%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%82%AB%E3%83%BC/umc.cmc.amuoq00hqelfi98j0gvg641x [閲覧2021-05-31].

 
〇参考文献


(1) 映画『ウルフウォーカー』オフィスサイト. https://child-film.com/wolfwalkers/ [閲覧2021-06-02].
(2) “ウルフウォーカー”. Apple TV+ [リリース 2020年]. https://tv.apple.com/jp/movie/%E3%82%A6%E3%83%AB%E3%83%95%E3%82%A6%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%82%AB%E3%83%BC/umc.cmc.amuoq00hqelfi98j0gvg641x [閲覧2021-05-31].
(3) Brian Welk. THE WRAP. “‘Wolfwalkers’ Directors Say Medieval Irish Folklore Highlights Same Fear and Division Prevalent Today”. [更新2020-08-01]. https://www.thewrap.com/wolfwalkers-directors-say-medieval-irish-folklore-highlights-same-fear-and-division-prevalent-today-video/ [参照2021-06-02].
(4) 綾部恒夫・桑山敬巳 編, 宇田川妙子 著, やわらかアカデミズム・<わかる>シリーズ よくわかる文化人類学[第2版]. 株式会社ミネルヴァ書房. 2010, p78-87.

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