靴男。 #04 最終話 【雲男。 外伝】
私の忠告を素直に聞いたのかは不明だが、トモミさんからお金をもらわなくなって金欠になったのか、その頃エイジは週に2日ほど夜に友達のバーの仕事を手伝うようになっていた。
その日の夜はバーの仕事がない日で、私はエイジと部屋にいた。
あの携帯事変以降、エイジは私に「やましい事ないから携帯見たかったらいつでも見ていい」と言い、その場を離れる時もわざとらしく私の横に置いていったりもした。
しかし、実はエイジはバンドの連絡や運営用で使うための携帯電話を別にもうひとつ持っている。さては、あの女達とのやりとりをそっちに移したな。「いつでも見ていい」というあの主携帯を囮に、サブ携帯の存在感を薄めるつもりではないか。と、私は思った。
そもそもサブ携帯が怪しいと思ったのは、エイジが主携帯ではなくてサブ携帯を常にズボンのポケットに入れるようになったからだ。というかこれを怪しまない人が逆にいるの?バカなの?バンドの連絡だって電話が頻繁に来るでもなく、大体メールでやりとりしてたわけだし。常に持ち歩く必要なくない?
エイジは相変わらず詰めが甘かった。
エイジの主携帯の方の電話が鳴る。
電話の相手はバーのスタッフで、人手が足りなくて短時間でもいいから手伝いにきて欲しいとの事だった。私は「困ってるんだから行ってあげなよ。待ってるから」と言い、エイジは素直に言う事を聞いてバーを手伝いに行った。
その間テレビを観て時間を潰していたのだが、私用で提出する書類を印刷しなければならない事を思い出し、エイジのPCを借りた。エイジにも事前に許可をとっていた。
私の某ヤ◯ーのアドレスに送られてきたメールに印刷する書類が添付されているので、◯フーを開く。
すると、エイジのアカウントでログインされたままの状態だった。
「あ、せっかくだし怪しいメールきてないかチェックしておくか」
と、軽い気持ちでエイジの受信メールを開いてざっと件名をチェック・・・すると、文字の羅列からエイジのサブ携帯と思われるアドレスからのメールが何件かあったのを見つけた。
なんだろうこれ。つい最近じゃん。てか自分から自分にメール送ることってある?しかも何件も連続で。
私は遠慮なくそのメールを開いた。
そこには写真が添付されており、その写真に写っているのは前に真っ黒なメールを送ってきた熱狂的なファン、リカだった。
覚えているだろうか。エイジは前回、こう言って弁解していたはずだ。
『いやいやいやいやいやまって違う違う、こいつしつこいねんて!俺も迷惑してんねんそいつ!きもいねんて!!でもファンやし足蹴にするわけいかんやろ?そしたら勝手にむこうが勘違いしてんねん!俺こいつと何もしてないよホンマに!』
・・・・・写真の中のリカは全裸だった。
どこかのホテルの部屋と思しきベッドの上で、全裸で仰向けに寝て恥ずかしそうな表情で恥部を隠している写真、それの股を開いて丸見えバージョン、胸のドアップ写真、女豹のポーズでこちらに尻を突き出している写真、他数点。
写っているのはリカだけだったが、自撮りできるような構図ではない。明らかにその場に一緒にいた誰かが撮っている。そう、おそらくエイジが撮ったものだろう。
リカの体の隠し切れないありとあらゆるものがそこには写っていた。私はその時、図らずも顔見知りの女性の尻の穴を拝む事になったのである。
その体はぽっちゃりとしていて、どうやらリカは着痩せするタイプのようだった。年齢の割に乳が垂れていて、乳輪が黒い。普段の彼女のイメージよりもだいぶだらしのない体型だった。それがまたリアルで鳥肌が立った。
やっぱりやってんじゃねえか。写真まで撮りやがって。しかもそれをわざわざ転送してPCにも保存しようとしやがって。まじ気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。さすがにもう無理。この男の彼女でいることがもう気持ち悪い。そもそもこんな女と浮気したいんだったら私と別れてくれよ。彼女いない方が自由に誰とでもいつでも相手できるよね。一丁前に束縛とかするんじゃねえよ気持ち悪い。
と、思っていた頃、タイミングがいいのか悪いのか、エイジからメールがきた。
『ごめん、ちょっと遅くなるかも。待っててくれる?』
私はエイジに会いたくなくて『やっぱ帰るわ』とだけ返信した。すかさずビビリのエイジから電話がかかってくる。
「もしもし?なんで帰んねん。なんかあった?待っててよ」
「いや、ちょっともう無理だわ。とりあえず今日は帰る」
「ちょ、待って!なに?無理ってなに?なんのこと??待って待って!じゃ今からすぐ帰るから!それまで待ってて!」
「いいよ無理に帰ってこなくて。会いたくないし。てか仕事あるんでしょ?」
「いやいやいやいや帰るから!今帰るからもうちょっと待ってて!!頼むって!待っててな!!」
と言って電話が切れた。
ひとまず書類印刷のミッションを終わらせ、エイジの部屋から私物を全て回収してもうここに来ない前提で帰ろうとしたのだが、エイジは本当にすぐ帰ってきた。何て言って仕事を切り上げてきたのか気になるところではあるが、帰りたかった私はイライラしていた。
「ごめん、なに?なにがあったん?」
「あー。もういいや。言うけどあのさ、今日プリンター借りてたじゃん」
「うん」
「で、自分のヤ◯ーメールに書類添付してたから印刷しようと思ってメール開いたのね」
「え!?・・・・・うん」
私の表情からも状況を察したようで、エイジの目は泳いでいだ。泳ぎすぎてもうドーバー海峡を単独で往復しそうな勢いだ。
「そしたら君のメールに既にログインされてて、中身見ちゃったんだよね」
「・・・・・」
「何かもうわかってるよね?」
「・・・へっ!?いや・・・ぜんっぜんわかれへん。なに?」
「なにって、リカさんの全裸写真でしょ。はい、出ましたー。もうびっくりだよね」
「えっ、えっ、何それ!俺そんなん知らんよ?あいつまた勝手に送ってきたんちゃう?」
「いやいや、これさ、君のサブアドレスでしょ?そうよね?自分の携帯からわざわざこの写真をPCメアドに送信してるよね?しかもきっちり開封してるよね?」
「まって何?開封・・・いや、間違って開封したかもしれんやん。アドレスはそうだけど、これあいつが勝手に送ってきたやつを俺の携帯から勝手に転送したと思う!」
言ってることがめちゃくちゃだ。
「は?なんでわざわざそんなことすんの?そもそもキモいとか言ってた相手に勝手に携帯触らせるようなことすんの?てかさ、そんな事できるってことはまだ2人で会ってるってことよね?この写真、君が撮ったやつでしょ?」
「・・・いや、だから・・・ちゃうねんて・・・こいつ頭おかしいねん」
「なにが違うの?」
「いや・・・・・・ごめん!勝手に送られてきたのを・・・転送したのは謝るから!それだけやって!ごめんて!」
「やっぱ転送してんじゃん。なんで?なんで転送したの?」
「なんでかはわからんな・・・」
「あ?なんでわかんないの?やばい女にこんな写真送りつけられたら普通気持ち悪くて消さない?キモいけど一応女だし全裸写真は保存しておきたかったの?それともこれで脅すとか?どっちにしてもやばくない?」
「いや、ごめんホンマにそこはわからん。たぶん反射的に送ってもうたんかな・・・」
「反射的に送るとかそれ大丈夫?さすがに無理があるわ・・・もうさ、下手に誤魔化さなくていいからまじで。そうやってその場しのぎの嘘つくのも腹立つ。てかさ、もう別れよう?」
いいぞ。自然な流れで別れを告げられた気がする。
「ちょっと待ってよ!なんで!?間違えて転送しただけやろ!?」
「いやいやいや、これ何件あると思ってんの?普通こんなに連続で間違えて送る?」
「知らんわ!俺覚えてないもん!酔っ払って送ったかもしれんやん!!」
「・・・・・もういいわ。さっきから言ってることめちゃくちゃなの気づいてない時点で終わってる。ごめんけどもう無理だわ」
「嫌や!頼むって、俺の方がお前おらんと無理やって・・・なあ頼むって・・・」
あ、泣いた。
でも無理なもんは無理だ。仕方がない。
「申し訳ないけど泣いても無理。そんなに泣くならそもそもこんな事しなければいいだけじゃない?てか前に私がメール見た時も嘘ついてたってことだもんね。他にいろいろ小細工してたっぽいけど、言い合いになるのも面倒だから言わなかった。でもそれももうどうでもいいわ」
「ちがうんやって・・・グズッ・・・おまえしかおらんねん・・・おまえいないと俺・・・」
「だーかーらー!私しかいないっていうのがまず嘘でしょ。リカさんいるじゃん。喜んであんなことしてくれる良い女じゃん。別に私いらなくない?私は無理。あんな写真撮られるとか無理。ぜっっったい無理」
「いやだからあいつの事は好きでもなんでもないねん!俺も迷惑してんねん!!!」
エイジはほぼ泣き叫んでいた。それでも私の心は1ミクロンも動かない。ただただ静かに引いていくだけだった。まずおまえのそのうるさい声で近所の人が迷惑してる事を認識してほしい。
「はいはい、迷惑してるのに全裸写真は大事にとっておくのね。もういいって、別に私ごときに頑張らなくても。いいじゃん、私じゃなくても」
「おまえがいいの!俺ずっと言ってきたやろ!?・・・・・なあこんな事でホンマに別れるの?信じてくれないの?もうダメなの?」
言い逃れできないと判断したのか、同情作戦に切り替えたらしい。上目遣いで捨てられた子犬を演出してきた。
「うん、もうダメです。別れてくださいお願いします」
「・・・・・・・・なんでやねん・・・グズッ」
エイジは頭を抱えてグズグズ泣いた。もう別れるしかない事を嘆いているのか、渾身の子犬の演出がだだ滑りだったのを嘆いているのか・・・俺かわいそうアピールがひどい。そういうのいいからはやく帰りたい。
しばらく泣いて冷静になったのか、顔をあげたエイジがこう言った。
「わかった・・・でも、別れても俺は好きやからな。ずっと好きやからな!」
なんだそれ。最後まで気持ち悪い。
私は荷物を持ってエイジの家を出た。
その際に玄関に置いてあった先の尖った靴を見て、「これでもうこの靴を見なくてよくなる」とホッとした。
「最後に家まで送らせて」と言われたが、車の中でまたグチグチ言われて面倒くさそうだし、この大泣きした精神状態のまま運転するとか恐怖でしかないので丁重にお断りした。
家に着いた私はすぐにベッドに大の字で寝転がり、これでやっと自由になれると深いため息を吐いた。もういつでも好きな時に飲みに行ける。誰とでも好きな時に会える。ひとりの時間も誰にも邪魔されない。興味のないライブにも行かなくていい。嫌いな靴を履いた男の隣にいなくてもいい。
安堵ついでに友達に「例の彼氏と別れた。明日ヒマなら祝ってくれません?」と早速連絡した。
その後、エイジに「音楽の事は別で相談させて」と言われ連絡だけはたまにとっていた。
ただ、毎回何かにつけて会おうとしてきたり、私の近況をしつこく聞かれたり、「ああいう男は絶対ダメだ、こういう男と付き合うんだったら俺は安心だ」的な、まずお前が言うなと思える発言がウザかったのでやはり徐々にフェードアウトしていった。お前は私の父親かなにかなの?それかシスコン的な?もう私と関係ないんですけどまじでやめてほしい気持ち悪い。
それでもたまにメールで「元気?」と、”お前のこと気になるアピール”をしてきたが、私が結婚すると伝えたらそれ以降連絡は来なくなった。
この男が私の事を本当に好きだったのかはわからない。
でも、それすらどうでもいいと思えたのは後にも先にも彼だけである。
まあしかし、他の女から貢いでもらったお金でその間は私もなかなかの贅沢をさせてもらったので良しとするか。
その靴の表面はピカピカに磨かれて光沢があり、高級そうに見えた。
しかし、いざ履いてみると爪先が窮屈で足が痛くなる。そんな靴は長く履いていられない。我慢して履き続けようものなら足の形が変わってしまう。
ならば私はそんな靴はいらない。捨てるか、その靴を我慢してでも履きたい人にあげるか。
まあ、そもそもそんな靴を買わなければ良いのだけれど。
・・・あ、誤解のないように。これはあくまで靴の話。
完
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