臨採日記【名簿に録さるるみのうへ】

葉月四日、
現行の教員に欠員のこれあり、
急ぎ奉れと下命あり。

甚だ傍若無人たる物の言ひさまに、
「天子招くも行かず」とぞ、
李白を引用するなる。

而れども、翁は酒を飲むこと一滴だにせず。

虫の居所の定まらざるとき
また、さらでも、
言の葉の軽々しう侍るかたの
責任所在なきご都合のうそぶきなど
取るに足らざるものなり。

さても、故事のありなむ四字熟語の愉悦たり。

朝三暮四など、去るの心をこそ。
蟷螂窺蝉の、没頭したるによりてこそ。

喩ふれば、
猿には猿の、蝉には蝉の、
蟷螂には蟷螂の、人間には人間の、
それぞれ、常の識たるもののありぬれば
己と汝と、また別れたる常識やある。

翁、ここに
「われ、労力を貸すこと可能なり」とす。
思ひ込みにて
「なれ、仕事を探すものなりや」みなさるるに、
虫酸をば垂らし、苦虫を噛む心地なり。

常識、かくありなむと決めつくるものにあらず。
他の者と接するに、己が識のみを定めてはべるは
さこそ常識のなけれ。

これ、
教育にありて諸生に接するにも値すべし
また、
古典にあたりて古の人の思ひに接するにもかくや。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?