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虹が生まれる瞬間

虹を見た経験はあっても、その生まれる瞬間を見たことのある人はあまりいないのではないだろうか。

雨がやんで、空の向こうの下の方からにょきにょきと少しずつ伸びていく虹をベランダから見た。

本当に私は人と関わることに向いていない。もちろん結婚にも育児にも向いていない。だから二度もシングルマザーをやっている。

仕事帰りに人身事故で電車が止まり、保育園の迎えに間に合わない。園児は何百人もいるのにうちの子ひとりだけ。「不可抗力ですから仕方ないですよ」と先生が遅くまで待っていてくれた。

みんな代わりの家族に頼んだり、うまく動いて、時間までに帰ったんだ。私だけ手立てがなく、走ることしかできなかった。

職場で散らかった休憩室の食べカスを片付け、大便小便の落とし物を拭き、分別していないために回収されなかった生ごみは、その猛烈な腐敗臭に何度もえづきながら袋にまとめる。

夏場のマンション掃除は辛い。Tシャツは汗で絞れるほど。肌も真っ黒に焼けた。ハエを追い払い、うじ虫を払い落とし、ゴミ庫を磨き上げた。

このままお迎えにはいけないので、着替えてシャワーを浴びたのに時々フッと臭いがして、どこに付いているのかわからず気が狂いそうになる。

もう慣れた。誰にも助けてもらえないことに。

助けてもらいたければお金が必要。当然である。助けてもらいたければ時間が必要。仕事を休んで行政にすがりつきに行くのも本末転倒、至難の業だ。

助けてもらいたければ愛されることが必要。家族を愛し、自分を犠牲にして支え、要求には笑顔で応え、愛され続ける居場所を確立しなければならない。

そして、そんな打算は微塵も考えてなどいませんよという顔をして、穏やかにご機嫌で生きていなければ叶わない。という仕組みがようやくわかった。

でも私は生きることを諦めたくない。例え少数派で生きづらくとも、働きにくくとも、最近多いあの人身事故のように電車に飛び込まない。

交通費がないんだと冗談混じりに話していたら、折りたたんだ千円札を握らせてくれた同僚。

猛暑日に汗だくで掃除していたら「よかったらこれ」とペットボトルのレモネードをくれた住人のお姉さん。

「不可抗力ですから」と延長代も取らずに待っていてくれた先生。

どんなに人嫌いな私でも、心に赤ちゃん虹がにょきっと生まれる瞬間は、悔しいけれど「人のやさしさ」なのだ。

道路にホースで水を撒くとキラキラ映る虹に励まされて、今日も掃除へ向かう。

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