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50年目の七夕4 ハワイ島での出会い マウナケア

■エピソード4 ハワイ島での出会い マウナケア

アイアンマンレース
 ここ1年間の練習内容からみて完璧だった。
アイアンマン・ハワイ世界戦の予選と言える琵琶湖のアイアンマンレース、
このレースにおいて、昨年のタイムと比較して当確の順位だった。
しかし予選落ちした。
「何故だ?」俺は怒っていた。同時に落胆もしていた。

 よく調べると日本人の推薦枠が昨年より厳しくなったようだ。ここ1年間、世界中でトライアスロンの選手が増えていた。その結果、競技レベルが格段と上がっていた。それは俺の想像を越えていた。

 エンデュランススポーツにおけるカンブリア爆発の様な時代だった。
その後、10月にアイアンマン・ハワイレースが行われた。しかし俺の興味は失せていた。

カンブリア爆発
 古生代カンブリア紀、およそ5億4200万年前から5億3000万年前の間に突如として今日見られる動物の「門(ボディプラン)」が出そろったとする現象名。

 これだと仕事を辞めないと練習量を確保出来ない。
それは無理な話だった。「来年に向けて頑張ろう!」
そんな気力が湧かなかった。

傷心
 30才独身、彼女なし、年末年始の予定なし、アイアンマンも予選落ち、仕事はやる気なし、俺は傷心した男だった。
「そうだハワイへ行こう」そうすれば少しは気が晴れるだろう。単純な俺はそう思った。

 笑顔でも目は常に笑ってない岡島課長に言う。
「岡島課長、年末、ハワイ島へ行って山登りをします」
「なに?登山だと会社へ届けが必要だぞ、危険行動だ」
「いや、バイクで登ります」
「バイクかぁ、そうか、でも事故には気をつけるように」
ここでのバイクとは自転車のロードレーサーのことだが、岡島課長はオートバイだと理解している。それでいい。問題無い。

 早速、会社を抜けて、近所の旅行代理店へ行く。
「今からハワイですか、かなり難しいですよ」担当したおばさんは言う。
「お願いします」

ハワイ島
 旅行代理店のおばさんは優秀だった。
12月28日お昼、俺はバイクと一緒にハワイ島(Big Island)のカイルア・コナの空港に到着した。

 昨年のアイアンマンレースのポスターが小さな空港の待合室に貼ってあった。
ここカイルア・コナはアイアンマンの聖地であった。本格的なトライアスロンが始まった場所だ。
出来れば10月のお祭りのような時期に来たかった。

カイルア・コナ
 東京で予約したカイルア・コナのホテルは、ハリウッド映画に出てくるようなホテルだった。椰子や南洋の植物が生い茂る2階建ての木造建築。
夕刻、2階のベランダで、赤い小鳥が鳴いている。知らない鳥だったが、これは南国の鳥だ。

 中庭では本物の松明が灯されている。そこにあるステージでは、ハワイアンダンサーが踊っている。宿泊客に日本人はいない。そこにハリソン・フォードがいてもおかしくない。
全く日本語の通じないホテルだった。

ヒロ
 翌朝、カイルア・コナからバイクでヒロへ向かう。ヒロはハワイ島の東に位置する街だ。
地図では1本道だった。途中広大なパーカー牧場を横切り200キロを走りきり、何とか日が暮れる前にヒロに到着した。

 ヒロは雨量の多い街で、1日1回は雨が降る。その代わり野性のランが自生する。花の香りがする町だった。

ヒロホテル
 「ヒロホテルか」
とりあえず目に付いたホテルへ入ってみた。
日系の婆さんがフロントにおり、日本語で話してくれた。
このホテルは戦前から日系人が経営しており、日本のフジホテルグループの系列だという。ヒロには日本からの移民が多いと聞いた。

 2階建ての木造建築だ。床も木だ。アリーアメリカンの雰囲気がする。ロビーにランの香りがする。俺は泊まることにした。
部屋は質素だった。古いラジオがあるだけでテレビがない。ラジオをつけるとオールディーズのラブソングが流れていた。

 近所の日本にある定食屋みたいなレストランで食事をする。マヒマヒのフライ定食を食べる。

 ホテルに戻るとラウンジの片隅にテレビがあった。宿泊客と思われるアロハと短パン姿、年配の白人2人が、アメフトを見ている。蘭の花の豪華な香りがラウンジ中に満ちていた。

 クリスマスの飾りが残るホテルの内装は、50年代のアメリカの世界である。机やソファー、カーテンまで、俺が小さい頃の記憶にあるアメリカンハウスだ。
 俺は部屋に戻り、本を読む気力も無く、ベッドに寝そべっていた。

星に名願いを
 まだ俺が小学性の頃だった。親父は在日米軍基地に勤めていた。
クリスマスイブには、調布にある関東村の敷地内のハウスでクリスマスパーティーがあった。親父はそのパーティに俺を連れて行ってくれた。

 訪問した士官クラスのハウスは、天井が高く、暖炉があった。薪が燃えていた。部屋は暖かい。クリスマスツリーは2m以上あり豪華だった。テレビで見るアメリカドラマのクリスマスパーティーそのものだった。

 テーブルにはターキーの丸焼きや名も知らない料理が並んでいた。お菓子も沢山あった。なんと贅沢な食卓なのだろう。
ハウスの主人はスタフォードさん、ドイツ系のアメリカ人だ。奥さんは日本人だ。それと娘がいた。俺と同い年だ。11才だった。

 彼女とは何度か会ったこともあり顔見知りだった。
名前はヨウコ、髪はダークブラウン。小さな顔に幾分そばかすがある。そして日本人らしい奥二重のアーモンドアイだった。

 アメリカのパーティにおいて、大人は大人同士、子供は子供同士で楽しむのが普通らしい。俺とヨウコは腹も一杯になり、飽きてきたので外に出た。
暖かい室内からでると火照った頬に冷たい外気が気持ちいい。

 庭先の水銀灯の下、明るく照らされた芝の上に並んで座った。俺は甲州街道沿いの水銀灯に照らされた白いフェンスを何となく見ていた。ヨウコが俺の肩を指先で突く。
「ねぇ、星を見に行かない」
「どこに」
「フットボール場よ」
「いいよ」俺は立ち上がった。

 フットボール場の階段状のベンチシートの一番上に二人で登った。振り返ると、クリスマスのデコレーションに飾られたハウスの棟が見えた。
前方の三鷹方向は鬱蒼とした武蔵野の森が広がっていた。その暗さゆえ、夜空の星は明るく輝いていた。

 冬の空の定番のオリオン座が見える。小熊座も。
「ねえ、私、大人になったら天文台の観測員になるの」
ヨウコが星を見ながら言った。

 「なんで?」
「星が好きだから、それと流れ星を多く見られるでしょう」
「それで?」
「それだけ沢山願いごとが出来る、でしょう?」
「おもしろいな」
「あ!見えた」

 西の空に本当に流れ星が見えた。
「イケも何か願って」
二人で星空を見上げ、願いごとをした。
クリスマスイブ、星が瞬く、女の子と一緒に流れ星に願いをかける。

 「何を願ったの?」俺はヨウコに聞いてみた。
「大人になったら、もう一度イケに会えるように、そう願ったの」
「なんで?」
「ごめんね、来年1月に日本を離れるの」
俺は驚いた。生まれて初めて切ない思いが胸の中に広がった。
その時、俺の頬に触れた唇の感触がもっと驚きだった。

ヒロホテル
 一人旅は自分との対話である。
忘れていたそんな思いが俺の脳裏を駆けめぐった。
ヨウコかぁ。懐かしい。

Mt.マウナケア
 朝6時に目がさめた。ホテルのテラスで無料のドーナツとコーヒーの朝食をとっていると、日焼けした髭面のオッサンが声をかけてきた。日本人だった。彼は俺のバイクを指して言う。
「こいつで何処へ行くの?」
「マウナケア」
「本当か、それは凄いなぁ、じゃあコーヒーを入れて待っているよ。じゃ、お先に、本当に待っているよ」
ちょっと何を言っているのか、わからなかった。

 ハワイ島にあるマウナケアは標高4,205mの休火山である。富士山より高いのである。そして頂上まで舗装路がある。
俺は、この山をバイク(自転車)に乗って、最短時間で登頂するつもりだ。
これで予選落し落ち込んだ心をリセットするつもりだ。

フロントいた日系の婆さんが、声をかけてくれた。
「頑張って!」

極限
 森林限界を越えた。登り始めてから3時間経つ。汗は直ぐに蒸発してしまう。紫外線が強い。空気中の湿度と埃が少ないので空が高く、そのまま大気圏に繋がっている。青色が徐々に藍色になり、そこには星が輝いている。

 素晴らしい空とは裏腹に俺は急激に減りつつある酸素濃度に対応出来ずにいた。心拍数は限界である。それでも俺は登り続けた。
地面の方は草一本見えない。火星の様な世界が広がる。素晴らしいのは空だけだ。

 俺は頑張った。ようやく頂上が見えてきた。そこには丸い建造物が幾つか見える。まるで火星基地の様な建物だ。

 目の前に光りが溢れている。世界が白く輝くようになった。体が動かない。目が回ってきた。意識が遠のく、そして俺は気絶した。

目覚め
  気づくと、簡易ベッドの上で俺は寝ていた。
「おい、大丈夫か?」今朝会った髭のおっさんの顔がアップとなった。
「はい」恐らくハンガーノック、急激に血糖値が下がったのだろう。
何か糖分を補給しないといけない。

「何か甘いモノありますか?」
「チョコレートミルクはどうだ」
「それ、お願いします」
髭のおっさんが部屋の向こうに叫んだ。
「ヨウコ、チョコレートミルクだ。大盛りでな」
ヨウコか、うつろな意識の中で、その名前が繰り返された。

 ジーンズの上にワークシャツを着た若い女性が飲み物を持ち俺の前に現れた。俺のヘルメットを持っている。歳は同い年くらいに見える。もしかして、しかし髪は金髪だった。あのヨウコではない。でも美人だ。

 「どう、気分は?」
飲み物を差し出しながら彼女は尋ねてきた。
「それさえ飲めば、大丈夫です」
「そう、でもランチぐらいは食べてから帰ったほうがいいわよ」
俺はかなり空腹であった。
「有り難う、そうするよ」

  彼女は俺の返事が聞こえなかったように、ヘルメットを見つめている。
「ヘルメット、壊れているの?」俺は訊いた
彼女は俺の顔をマジマジ見つめた。そしてヘルメットのある点を指さし言う。
「これ、貴方の名前でしょう」ヘルメットには血液型、名前、住所、電話番号を書いたシールが貼ってあった。
「そうだけど?」
「私、子供の頃、日本にいたの」

  俺は気づいた。彼女の目はアーモンドアイだった。
「ヨウコって、君はあのヨウコ?」
彼女も戸惑ながら答えた。
「そうみたいね」
「でも、髪の毛が」
「染めているの」

  気づくと髭のおっさんが不思議そうに見ている。
「なんだ、君達は知り合いなのか?」
「そうみたいです」俺は答えた。
「ほーっ、だったら君も星をみるのかい?」髭のおっさんが言う。

 俺はこの建築物が何なのか知らなかった。
「ここは何処ですか?」
「天文台だよ」

 「マウナケア山頂は、地球上でもっとも理想的な天体の観測ポイントだ」
俺はあの事を思い出した。
「じゃあ、君は目的を果たしたわけだ」
彼女が笑った。きっと星への願いがかなったのだろう。

 チョコレートミルクで血糖値を上げた俺は思い切って言った。
「今夜一緒に食事しないか」
「いいわよ」
「ヒロホテルの隣のフジレストランで、7時に」
「OK」
「でも今まで何処にいたの」会話は続くが、まずは俺も星に感謝だ。

 俺の頭には「星願いを」エリック・クラプトンの歌が頭に流れていた。

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「良かったけど、もっと冒険を求めてみたい」
「どうぞ、任せたわ」

50年目の七夕  番外




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