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彼女の夢、それはあいつを一人前の男にすること!

再読の部屋 No. 3 織田作之助作「夫婦善哉」 昭和15年(1940年)発表

「蝶子」という名前には、優雅な揚羽蝶ではなく、小さな体で元気に羽を動かす紋白蝶のイメージがあります。私にそのイメージを与えてくれたのは、織田作之助作「夫婦善哉」「蝶子」です。

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妻子持ちとなっても放蕩が治らない維康(これやす)柳吉は、化粧品問屋を営む父親から勘当され、芸者蝶子と駆け落ちします。東京の得意先から勝手に売掛金を回収し、その金で、熱海で豪遊していたところ、関東大震災が発生。二人は、命からがら大阪へ戻り、蝶子の実家へ転がり込みます。

業界のルールを破った蝶子は、売れっ子芸者だった頃のように稼ぐことはできません。代わりに、フリーのヤトナ芸者として、安い座敷の数をバリバリこなして、柳吉を養います。

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占い師によれば、蝶子と柳吉は、最悪の組み合わせなのだそうです。確かに、先の駆け落ち以後、約十年の間に、二人は、次のサイクルを九回も繰り返していました。

・蝶子が稼ぎ、金を蓄えて、資本を作る。
・柳吉が商売を始める。
・柳吉が仕事に飽きる、あるいは精神的に落ち込む。
・柳吉が蝶子に無断で金を引き出し、大酒を飲んで散財をする。
・商売が行き詰まり、閉める。

終いには、両親も、周囲の近しい人々も、蝶子に、「柳吉とは別れろ」と助言します。しかし、蝶子は耳を貸しません。実は、物語の終盤、蝶子は、ガス自殺の未遂を起こしてしまいます。ここまでくると、悲惨な物語となるはずですが、「夫婦善哉」は、前向きさを失いません。

そう感じたのは、この作品が、蝶子が夢を叶える物語のように思えてきたからだと思います。

蝶子の夢」とは、芸者と一緒になった息子柳吉を嘲笑したその父に、彼を一人前の男と認めさせることです。その夢の実現には、柳吉のやる気が不可欠に思えますが、それがない。その点で、蝶子がどれほど頑張っても、叶う夢ではないと思われます。蝶子の周囲の人々にも、理解されない夢のような気がします。

それでも、蝶子は、その夢を叶えるために行動している。そのやり方は、間違っているかもしれない。けれども、蝶子は、その道を進んでみたいと思っている。だからこそ、何度失敗を見ても、再起する気力が湧いてきたのではないでしょうか。「夢に向かう」「好きな道に進む」ということは、そういうことなのだろう、と思えてきました。

蝶子が柳吉にこだわる理由は、理解できないけれど、夢を叶えるために奮闘する蝶子は、応援したくなります。

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