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彼女には悪いけれど、この結末しかなかった。

夏目漱石作「虞美人草」には二つの魅力があります。一つは、それ自体の、読み物としてのおもしろさ。もう一つは、夏目漱石の作品中において、「虞美人草」以降の作品につながる、小説の“種”を読むことでできることです。そんな「虞美人草」のおもしろさを、ご紹介します。

「虞美人草」への道

「虞美人草」は、以前から興味を持ちながら、なかなか読む勇気が出なかった作品です。文庫本付属の作品紹介に書かれた、主人公甲野藤尾の「傲慢美女ぶり」と、彼女をめぐる騒動の終わり方に惹かれていました。しかし、文庫本にして500頁近いボリュームは、常に私を怯ませたのです。

ようやく「虞美人草」を読むことができたのは、「三四郎」と「こころ」を読んだおかげです。この二作品には、「新しい女性への怖れや嫌悪」「『意志では制御できない恋』への憧れ」が感じられます。夏目漱石の女性観や恋愛観に対する興味がそそられ、「虞美人草」を読みたいと思うようになりました。

こう読みました

500頁は、長いです。それでも読了できたのは、登場人物それぞれの性格付けが明確で、そのキャラクターと物語上の役割が容易に結びついたため、と考えています。登場人物は少なくない。しかも、彼らの背景の記載があいまいで、名前と性格を繋ぐことに何度か頁を往復しました。

しかし、それぞれの役割がわかると、とたんに面白くなります。登場人物の性格に、単純化と誇張が感じられ、読む上での助けとなっている気がしました。舞台劇のようです。そのため、「現代小説であれば、もう少しシリアスに悲しむよね・・・」という終盤が、大団円になっていることも納得してしまいます。

以下は、登場人物の一言紹介です。
甲野藤尾  美貌と才気を備えた二十四歳。愛において男を弄ぶが、逆はないとする「愛の女王」。

甲野欣也  藤尾の母違いの兄。外交官の父が亡くなり相続者となった、哲学する人。二十七歳 

藤尾の母  藤尾の実母で欣也の継母。作者がマクベスに登場する老婆と比べ、「謎の女」と記す女性。

宗近 一  甲野家の父方の遠縁の息子。欣也の友人で外交官試験の一浪中の二十八歳。
宗近 糸  一の妹

小野清三  藤尾の家庭教師。大学卒業時に恩賜の銀時計を賜った秀才。詩才はあるが資産はない二十七歳。

井上小夜子 小野の恩人の娘。五年前に、父親が小野と彼女の結婚を口約束した。

「虞美人草」のおもしろさ

1 愛の女王の物語
漱石は、藤尾について、シェークスピアの「クレオパトラとアントニー」を朗読させ、また家庭教師の「小野さん」に対して的確な意見を述べさせるなど、才気あふれる女性として描いています。そしてその美貌は、豪華絢爛、という感じで描写されています。例えば、ある日の藤尾は、次のように描かれています。

紅を弥生に包む昼酣(たけなわ)なるに、春を抽(ぬき)んずる紫の濃き一点を、天地の眠れるなかに鮮やかに滴らしたるが如き女である。夢の世を夢よりも艶かに眺めしむる黒髪を、乱るるなと畳める鬢の上には、玉虫貝を冴々と菫に刻んで、細き金脚にはっしと打ち込んでいる。静かなる昼の、遠き世に心を奪い去らんとするを、黒き眸(ひとみ)のさと動けば、見る人は、あなや、と我に帰る。
(まだまだ、藤尾の描写は続きます・・・・)

藤尾は、「瞳を動かしただけで相対した男性を虜にする」と描かれている女性です。そして「愛において男を弄ぶが、男に弄ばれることはない、『愛の女王』だ」とも書かれています。この「愛の女王」ぶりは、生身の二十四歳にしては、少女のような幼い印象を受けます。

こうした藤尾の性格付けにより、「虞美人草」は、少し現実離れした物語になっている気がします。その物語とは、「愛の女王」として強い力を持つ藤尾が、傲慢にその力を発揮して「善き人々」を苦しめる、というものです。現実離れしているため、「藤尾が報いを受ける」ということを安易に期待してしまいます。

2 小説の“種”を宿す作品
明治時代の作品のおもしろさの一つとして、「自我」や「男女同権」など新しい考え方と時代の対立を読む、という点があると思います。

例えば、「小野さん」にみられる葛藤は、義理に対し、名誉欲や金銭欲、あるいは好きだと思う人を選ぶためのものです。現代人には共感しやすいけれども、当時の人々には、身を削るような苦しさがあったと推察します。

また、甲野家の相続人でありながら、その立場を厭う「甲野さん」」も、見過ごせません。彼が逃れようとしているもの、あるいは手にしようとしているものを、当時の世間はどう見ていたのか。

「小野さん」「甲野さん」に代表される葛藤や悩みは、夏目漱石のその後の作品で、さらに掘り下げられるようです。そういった、途上を楽しむことも「虞美人草」の魅力の一つと思われます。

よろしかったら、「虞美人草」、お楽しみください。

ほんの感想です。No.01夏目漱石作「虞美人草」明治四十年(1907年)発表

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