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夏の末近い寂しい高原を、大好きな人たちとドライブした。

物語の一片 No.24 堀辰雄作「ルーベンスの偽画」昭和5年(1930年)

「夏の終わりの軽井沢へ、本で旅行はいかがですか」、に興味のある方へ、小説の一片を!

「ルーベンスの偽画」は、堀辰雄二十一歳の軽井沢での避暑の印象に基づき書かれた作品といわれています。最初に読んだときは、ストーリーらしいものが見いだせず、戸惑いました。

そこで、何かを探すつもりで、再読し、主人公の心をたどってみました。季節が変わっていく避暑地で、主人公が目にし、聞いたもの、それらから湧き上がる彼の感情が、私にも、伝わってくるのが感じられました。「彼がいる、夏の終わりの軽井沢に行ってみたい」、そんな気持ちに駆られました。

主人公の青年は、避暑地で女性たちを観察し、心惹かれた表情や仕草、声や、肌の様などを、彼が理想の女性像とする「ルーベンスの偽画」のイメージに加えていきます。

「ルーベンスの偽画」の原型は、現在、青年が恋しているとみられる女性です。その人とのやり取りで、彼女について、主人公は、こう感じました。

「お病気はもういいの?」
「ええ、すっかりいいんです」
 彼はそう答えながら彼女の顔をまぶしそうに見つめた。

 彼女の顔はクラシックの美しさを持っていた。その薔薇の皮膚はすこし重たそうであった。そうして笑う時はそこにただ笑いが漂うようであった。彼はいつもこっそりと彼女を「ルーベンスの偽画」と呼んでいた。

この作品には、主人公の青年の、軽井沢で見聞したことへの瑞々しい反応が、次のように描かれており、彼が幸福な時間を過ごしていたことが、感じられます。

・ひっそりとした本町通りで、郵便局の前にいた色とりどりな服装をした西洋婦人たちが、虹のように見えたこと。

・そして、彼女たちのそばを、小鳥のさえずっている樹の下を通るような感動をもって通り過ぎたこと。

・夏の末近い寂しい高原を、大好きな人たちとドライブしたこと。

・草の上に倒れていた二台の自転車が、そのハンドルとハンドルとを、腕と腕とのように絡み合わせていたこと。

・ホテルのテニス・コートから、シャンパンを抜くような、ラケットの愉快そうな音を耳にしたこと。


そして、青年は、理想の女性像「ルーベンスの偽画」を描きかけのまま、あと数日で軽井沢を離れることを淋しく感じるのです。

「夏の終わり」という言葉には、「現実に戻る時間だよ」と言われているような、切なさを感じてしまいます。あなたは、いかがですか?

お立ち寄り頂き、ありがとうございました。


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