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芥川龍之介が、彼女の今後をどう考えていたのか気になる「秋」

今日は、ほんの感想、No.05 芥川龍之介作「秋」(大正9年(1920年)発表)です。

芥川龍之介の数々の短編小説には、六×四の枠に納められたチョコレートの、しかも三段重ねの箱詰め、というイメージがあります。今昔物語を踏まえた王朝ものに中国の説話によるもの、江戸時代や明治開化を舞台にしたものなど、彩り鮮やかな世界で意表を突かれる、そんなおもしろさが溢れています。

そんなチョコレートボックスの中に、飾りもない、ひときわ地味なチョコレートを見つけました。その一粒を口に含んだ印象は「?」。しばらくして、「好きかも・・・」と思えてきた。「秋」は、そのような作品でした。

あらすじ

女子大で才媛と謳われる信子は、作家志望の従兄との結婚を噂されていた。しかし、卒業後すぐに、別の男と結婚して大阪に移り、周囲を驚かした。
結婚した翌年の秋のある日、東京を訪れた信子は、従兄と結婚した妹照子の新居を訪ねる。その翌日、従兄の外出中に、あることがきっかけで姉妹は、諍いをする。

ここが気になった1 信子の変化

信子が妹の照子と最後に会ったのは、新婚の夫とともに、彼の赴任先である大阪へと出発した日でした。姉妹の再会は、およそ一年半ぶりとみられます。この間のこととして描かれた信子の心情や、それが向けられた事柄をたどると、信子の変化が見えてきます。

まず、新婚の夫とともに、彼の赴任先である大阪へと出発した日の信子は、次の状況にありました。
・作家志望の従兄との結婚を噂されていたが、別の男と結婚した。
・自分の結婚について、妹照子が「姉が身を引いた」と考えていることを知った。

また、姉妹の再会までの間のこととして描かれた信子の心情を、結婚前の信子の考えを比較すると、次のようになります。

・従兄は、結婚前の信子が、共に美術展や音楽会を訪れ、芸術を語り合った人物です。結婚後も信子は、「自分を理解してくれる人物」と考えているようです。しかし、雑誌に掲載された彼の小説を読んだとき、彼の魅力である冷笑や諧謔の中に「寂しそうな捨鉢な調子が潜んでいる」と感じます。
・妹照子は、結婚前の信子は、芸術を語り合う従兄と彼女には、及びようがない幼い人物と思っていました。しかし、再会した照子に、信子は、「従兄の妻としてその幸福を誇っている」「信子に対し嫉妬の目を向けた」と感じています。
・夫について、信子は、結婚当初から、他人と比較した「上品さ」や「清新さ」を愛そうと努めていました。そのため、「芸術への関心が薄い」夫に失望を募らせています。信子は、夫との生活に味気なさを感じながら、「夫の言葉に傷ついても、翌朝には自然と仲直りする」ということを繰り返しています。

「従兄に自分の理解者としての理想を見出した」が、「自分の判断で、別の男との結婚を選び」、「今は、失った機会に未練を残す」様子がみられ、独り相撲のように感じられます。しかし、前述の信子の変化を踏まえると、信子は、結婚という試行錯誤を通じて、より大きな変化を促されているようにも見えます。

ここが気になった2 信子のこれから

信子は、従兄と結婚した照子の新居を訪ね、一泊します。翌日、従兄の外出中に、姉妹は諍いをします。それは、新婚生活の幸福にある照子が「姉さんも幸せでしょう」とたずねた時、信子が肯定しなかったことから始まりました。嵐のような一時が過ぎた後、信子は、次のように考えます。

彼女の心は静かであった。が、その静かさを支配するものは、寂しい諦めに外ならなかった。照子の発作が終わった後、和解は新しい涙と共に、容易く二人を元の通り仲の好い姉妹に返していた。しかし事実は事実として、今でも信子の心を離れなかった。彼女は従兄の帰りも待たず、この俥上(しゃじょう)
に身を託した時、既に妹とは永久に他人になったような心もちが、意地悪く彼女の胸の中に氷を張らせていたのであった。

「妹とは永久に他人になったような心もち」になった信子です。しかし、そう考える彼女の内面は、「自分の思い描いたものとは違う」という経験を機に、変化を始めたように思われます。この変化が、いずれ、信子に、「理想とした世界の狭小さを認識させ、より豊かな生き方を求めさせるのではないか」。そう考えると、「信子のこれから」が、とても気になります。

芥川龍之介は、「信子のこれからを、どう考えていたのか」、そんな思いを馳せた作品です。
よろしかったら、「秋」、お楽しみください。

ほんの感想です。 No.05 芥川龍之介作「秋」 大正9年(1920年)発表

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