見出し画像

55. ホイリゲで旬のシュパルゲルを愛でる

               写真:「賑わうホイリゲ」(撮影:筆者)


 オーストリアは人口わずか861万人の小国である。が、首都ウィーンは、その22%を占める187万の人口が集中する大都市です。にもかかわらず、市街地を少し外れると広大なブドウ畑か、緑あふれる落葉樹の森が広がっています。
 たとえば、ウィーン市街北端のグリンツィングの街区から、さらに北に向かう小道を2、3分も歩くと、広々としたブドウ畑が望めるのです。ここだけではありません。ウィーン市街の周囲は随所でブドウ畑に囲まれています。

 さらに都心を形成するリング通のシュバルツェンベルク広場のすぐそばにも「世界最小」を自称する極小のブドウ畑があります。面積は50坪、わずか75本のブドウの木が植わっています。
 その始まりは、19世紀末にトランシルバニア出身の宮殿管理人がブドウの木を植えたのが始まりなのだそうです。それを現在は17世紀末に設立されたマイアーアムプファールプラッツという老舗のワイナリーが管理しています。

 こうした歴史に彩られているからでしょう。この畑のブドウから造られるワインは「特産地証明」を受けて高く評価されるのです。そして10月中旬、ブドウの収穫時にはウィーン市長やシュテファン寺院の司教、ワイン協会総裁等が出席して収穫祭が催されます。
 といっても、造られるワインは50本前後に過ぎません。ただ、それらはオークションにかけられることで、毎年1万ユーロ近くを売り上げ、収益は社会福祉に充当されるといいます。

 さて、普通にウィーンで飲む白ワインは一般に価格が適切でじつにおいしいのです。原料はオーストリアの代表品種グリューナー・フェルトリーナーです。キレの良い辛口なのに果実の味わいと香りがしっかりしています。
 その新酒が毎年11月に売り出されます。それが「ホイリゲ」なのです。ただ今では意味が転じて、自家製「ホイリゲ」と料理を自宅の庭などで提供する居酒屋を「ホイリゲ」と呼ぶようになりました。で、多くが通年営業をしています。

 そんなホイリゲがウィーン都心の北西角、ショッテントールの電停から30分足らず、38番のトラムの終点の、童話の挿絵のようなグリンツィングの街に軒を並べています。新緑のころのそこでの楽しみは、茹でたばかりの旬の白アスパラガスの美味です。

 2011年の旬のころ、それを求めてホイリゲを訪れ、
 「アスパラガスが食べたい」
 と言ってみました。が、これが通じないのです。で、ヨメさんが機転を効かせて紙に絵を描くと、
 「なんだ、シュパルゲルか」
 と無事その美味に出会えたのでした。

 以来、市場やスーパーで見つけて、何度もシュパルゲルを楽しみました。が、6月末、ぱたりとそれは姿を消してしまいました。
 聞くと、この野菜は、濃厚な味を育てるために土の栄養分を強力に吸い上げるのだそうです。で、地味を維持するために収穫の期間が厳密に決められているのでした。

 そんなホイリゲで、ときに訪れる楽士のバイオリンなどの演奏を聴きながらのおしゃべりや会食は実に楽しいものです。週末など、都心に戻る路面電車では突如、快い酩酊で快活になった同乗の人々が肩を組んで大声で歌ったりするのでした。

この記事が参加している募集

この街がすき

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?