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「文章が読めないサルたち」という話

※補足ですが、文章を読めない(読まない)人を批判する記事を何度か書いていますが、そういう記事にスキを押したからといって、そのスキを押した人が文章が読めているとは判断していません。「文章を読めない(読まない)人間は頭が悪い」という記事を読まずに適当にスキを押して反応している頭の悪い人も過去に何人かいたので、そんな甘い判断はしていません。そもそも文章を読めない(読まない)人間は自分がその人間に該当するという自覚がないことも多いので、そういう意味でも、文章を読めない(読まない)人間は大馬鹿者なんですよね。まあ、そんな頭の悪い人間はこの補足も読んで(読めて)ないでしょうが。笑。

まえがき

最近、文章が読めない人が増えていますね。
特に、SNSは文章がちゃんと読める人と読めない人のコントラストがはっきりしているように思います。
なぜ、彼らは文章が読めないのでしょうか?
これは持論ではありますが、彼らは、映像や画像、短略化された文章を通してのコミュニケーションに慣れすぎていて、「(一般的な長さの)文章を読むのはめんどくさいから嫌だ」という風になっているからだと考えられます。
私はあえて、長い文章が読めない人たちをサルと呼んでいます。(理由は後述します。)
彼ら文章が読めないサルは、どのくらい存在し、何が問題になっているのでしょうか?
今回はいくつかの研究を踏まえながら、文章が読めないサルについて話したいと思います。

※「サル」について批判的な記事ですが、このサルの中に「ディスレクシア」は含めていません。サルはあくまで脳機能の発達に問題なく、識字教育を受けているはずなのに、文章が読めない(読み解けない)人のことを意味します。

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