【第6話】初めてのお泊まり
初めて彼の家に泊まる。はるばる新幹線に乗って東京まで彼に会いに来たが、よくよく考えてみると、初めて会ったばかりのゲイの人の家に泊まるってどういうことなのか。
冷静に考えたら、急に怖くなった。
一緒にラーメンを食べに出掛けたあと、時計は22時半をまわっている。
今日は眠れるだろうか。夜はこれから。まだまだ長くなりそうな予感がする。
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彼が住んでいるのは、東京の、聞いたことがない場所だった。東京駅から電車で約30分といったところにある。
明かりがついているのはコンビニエンスストアぐらい。普段、水を飲んで過ごす僕だが、緊張とお酒の酔いもあって、何も買わずにそのまま彼が住むアパートへ向かった。
細い路地に入っても、一軒家やアパートが立ち並んでいる。あっちにもこっちにも道が続いていて、いったいどこを歩いているのかさっぱりわからなかった。
しばらく彼についていくと、「ここだよ」と彼が住むアパートに着いた。
エントランスが、オートロックになっている…!いや、今はほとんどどこでもあたり前なのかもしれない。だが、一人暮らしをしたこともなければ誰かの部屋に遊びに行ったことがない僕には新鮮だった。
なにが言いたいのかというと、彼はどこにでもあるようなキレイなデパートに住んでいるということ。
ついに、着いてしまった。
すると、以前彼が言っていたことを思い出した。
”部屋の前まで一緒に来てもらったことがあるけど、タイプじゃなかったから「やっぱり無理」って帰したこともあるよ”
彼は何十人もの人と出会い系で出会ってきている。だから僕も、もしかすると帰されるかもしれない、と不安に感じていた。
エレベーターをひとつ上がって突き当たり、彼が住む部屋に辿り着く。
鍵をあけて、ドアを開けると、彼が「どうぞ?」と部屋に向かって手を出してくれている。
「本当に、入っていいの?」
「うん、いいよ?」
僕は「お邪魔します」と言って、ドキドキしながら彼の部屋に入った。
部屋に入った途端、彼のニオイがした。もちろん、今日会ったばかりの彼のニオイは知らない。決していいニオイとは言えないし、嫌なニオイだったわけでもない。部屋のなかも決してキレイでもなく、男の人の一人暮らしって感じだった。
「普通、こういうとき(お客さんが来るとき)掃除しとかない??(笑)」
「人には向き不向きがあるの!!」
彼はいつも自分の都合が良いように言い訳をする。
そして、部屋に入るなり、彼はいきなりデニムを脱いで下着だけになった。
「・・・え!?」
「ん?なに?」
「普通脱ぐ!?」
「うん?いつもそうだし」
うん?そっか、そうだよね。自分の部屋だもんね。・・・って、納得したいところだけど、お客さんがいるときは、違うよね?
彼といると、僕が思う「普通」の概念がぶち壊れる。
出会い系アプリで知り合ってから今日まで、いつも受話器の向こうから聞こえる生活音だけで彼がどんな暮らしをイメージしていた。「そっかぁ、こんな感じの部屋に住んでいるのかぁ〜」と心のなかで思いながらポーカーフェイスで彼の部屋を見つめていた。すると、彼が口を開いた。
「どうしたの?」
「え?」
「いや、なんか浮かない顔してるなぁ、と思って」
「そんなことないよ?」
そんなこと、あった。だって、このあと彼とどう過ごせばいいのかぜんぜんわからなかったから。そう、僕の頭のなかで考えていたことは、こんなことだ。
・お風呂に入っているすきに、下着のニオイとか嗅がれるんだろうか・・・
・まさか「いっしょにお風呂入ろう」なんてことになったりしないよね・・・
・そんな、そんなことになったら心の準備がぁぁああ
「つかれたでしょ?シャワー浴びてきていいよ?」
「へ?」
拍子抜けだった。ひとりでものすごく勝手に妄想を繰り広げていた。自分が一番変態やないか・・・。
「タオルはそこの一番の下の引き出しのなかにあるから」
彼の言葉に甘えて、先にシャワーを借りた。
一人暮らしの浴室って、こんなに狭いんだなぁ〜。
実家暮らしの僕は、いかに快適な暮らしをしていたかがわかるぐらい、浴槽も小さかった。
「ありがとう」
シャワーを借りたあと、しばらくふたりで彼がいつも録画しているというアニメ番組をしばらく見ていた。
「じゃあ、ちゃちゃっとシャワー浴びてこようかな」と言って、その場で素っ裸になって彼はシャワー室へ向かった。
男の人って、僕も男だけど、男同士なら脱ぐことに躊躇いはないものだろうか。僕は、昔からよくツッコミを入れられることはあったけど、温泉の脱衣所でさえ脱ぐのに人目を気にしてしまう純情な乙女であることにはどうやらやっぱり間違いないみたいだ。
気付けば深夜2時をまわろうとしている。
「朝早かったから、もう眠いよ」
「うん、じゃあ寝ようか。ベッドで寝ていいよ?」
「え?」
「俺、今日は下で寝るし」
「いや、、それは悪いし・・・」
「じゃあ、下で寝る?」
「え?」
途中から彼が意地悪を言っているのかがわかった。でも思わず
「ベッド大きいんだから、、一緒に寝ればよくない?」
と言ってしまった。
彼のベッドは、セミダブルだ。誰かを泊めるとき用のために、一人暮らしをしているときがずっとベッドだけは大きいのを選んでいるという。これは、ゲイの人はみんな、そうなのだとか・・・?(しらんけど)
「いいよ、わかった」
彼はそう言って、ベッドで横になると、電気を消して部屋を真っ暗にした。
「おやすみ」
『おやすみ』
・・・。
スーッ、スーッ
早くない???
寝たフリかと思ったら、完全に落ちてた。のび太ばりに3秒で寝落ちする人、本当にいるんだと思った。
反対に僕はというと、全然眠れなかった。いつもの枕じゃなければ、隣には男がいる。まったく落ち着けなかった。
「せっかく東京まで来たのにな・・・」
なんだか思ってた夜と違って、先に寝られたらそれはそれで、ちょっぴり寂しかった。
彼のことは、好きだ。だけど、恋愛の意味の「好き」とはまだ違うような気がしている。
でも、気持ちがもどかしい。
あっちを向いて寝ている彼の背中に、思わず少しくっついた。すると、彼がこっちを向いて「どうしたの?眠れないの?」と聞いてくる。
「ううん、なんでもないよ」
「・・・手、握ってほしいの?」
そう察した彼は、僕の手を握った。
変な感じがした。
違和感でしかなかった。
僕たちは男同士だから。
まるで、パズルの型がハマらないみたいだ。きっと男女間ならピッタリハマるものがあるんだろうなと、うれしいような、複雑なような。彼の手のぬくもりを感じながらも、変な感じにゾクゾクッとした。
彼はそのままスースー音を立ててまた眠りにつく。僕もやっと眠りにつけそうかと思いきや、彼のいびきで何度か目が覚める始末。
そうしてカーテンの隙間から少しずつ光が溢れ、朝が訪れた。はたして僕は眠れたのか。寝たような気もする。けど、いびきでうるさくてまったく眠れなかった記憶しかない。断続的に、寝て、覚めてを繰り返したのだろう。
気がつけば、お互いに抱きしめあったまま、朝を迎えていた。
───次回、東京二日目。
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