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【第5話】哀愁のシャンソンショー

出会い系アプリで知り合った同性の人と東京駅で会う約束をして、行ってみたかった浅草と東京スカイツリーを彼に案内してもらった。時間はもうすっかり夕方の5時をまわっている。

このあと、彼が毎月の楽しみにしているというライブを聴きに、とあるライブハウスへと向かう。

今日はその夜編。


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「ライブハウス」と聞くと、20代・30代の人ならおそらくバンドグループがライブするような会場を思い浮かべるのではないかと思う。

30代の僕も、最初はそう思っていた。だが彼が言う「ライブハウス」はそうではない。お酒を飲みながら音楽を楽しめる、こじんまりとしたライブバーのことだった。

しかも、ジャンルは”シャンソン”だと言うのだ。彼は(非常に)変わった趣味嗜好を持ったアラサーなのである。(彼も「よく言われる」と言っている)

”シャンソン”と聞いて、人は何を思い浮かべるだろう?僕は、ただただ眠たくなるような曲ばかりなんじゃないかとイメージしていた。「ゲイはシャンソン好きな人多いよ」と彼は言っていたが、今のところ興味を持ったことなど一度もないし、初めて聞いたわそんな話。


ライブに行くことになった経緯は、毎月二日間開かれるライブのうちの彼が行く予定をしてた一日(僕が東京から帰る日の夜)が某ウイルスの影響で中止となってしまったからだった。そのため彼に「明日のライブ行きたいんだけど、一緒に来てくれない?」とお願いされたのだ。

僕はというと、月に一度音楽スクールに通って歌を学んでいる。シャンソンに興味は持ったことがないけれど、ただどんなライブなのかは興味があった。知人がバーでライブをすると誘われたときには行っていたし、ガヤガヤしていない落ち着いた空間で演奏を聞くのは僕も大好きだ。だから「いいよ、一緒に行こう」と返事をすると、彼は「ほんと?」と少しうれしそうにしていた。

彼も数いる唄い手さんのなかでも「その人のライブは毎月行く」と言っているぐらいだから「よほど魅力的な人なんだろうな」と僕も楽しみにしていた。かれこれその唄い手さんとは10年以上もの付き合いなんだそう。


スカイツリーに行ってからしばらくカフェで休憩を挟んだものの、開演までまだ一時間半ほど持て余している。会場の最寄り駅を下りてしばらく歩いているとスタバ(STARBUCKS)を見つけたので、「ここで時間を潰そうか」ということになった。

「あ。」
「ん?」
「さっき通り過ぎた女の人、これから行くライブの唄い手さんだよ」

後ろ姿だけ見えたが、華やかで、綺羅びやかで、サングラスをかけてコツコツとヒールの音を鳴らしながら歩くその女性は、まるで女優さんのようだった。現に昔は某有名劇団に所属されていた方だと聞いている。彼は、彼女のことをよく知っている人だからこそ、「女優さんぶってるよ」と面白おかしく横で笑っていた。


彼はスタバには滅多にくることはないという。どんな飲み物があるのかもよく知らなかった。ひとりでカフェや食事処に入るのは恥ずかしくて絶対イヤだと言う。そういう人、いるよね。ちなみに僕はひとりでもカラオケにガンガン行けちゃう人間である。

とりあえず、間違いないであろうチョコチップフラペチーノを彼におすすめした。ちなみに僕はキャラメルフラペチーノを注文。

「ちょっと冷えてきたね」

このときは10月。日中は陽射しも強く暖かったけれど、夜になると少し肌寒くなった。そんななかで、お店のなかは満席で仕方なくテラス席でフラペチーノを飲みながら一時間潰したふたりであった。

「そろそろ行こっか」

開演の時間が近づくと、彼が向かう方へとただただついていった。


人通りが少ないところをしばらく歩くと、「ここだよ」と言ってちいさなビルのなかへ入った。「このなかにバーがあるのか…?」と思うほど、外から見ると一見ただの普通のビル。だが、ちいさなエレベーターにあがり左手に進むと、落ち着きのある空間のライブバーがそこにはあった。

中にはもうすでに何人もの人が席についていた。訪れる方はその日出演する唄い手の方の常連さんばかりのようで、彼もほとんどの人が顔見知りで一人ひとりに挨拶していた。


1ドリンク制で、彼にあわせてアルコールを注文することにした。アルコールを飲むことは一年に数回の僕は、久しぶりのお酒に少しテンションがあがった。けっしてお酒が嫌いというわけではなく、ただ誰かと食事に出掛けることがあっても車を運転することがほとんどなため飲めないことがほとんどなのだ。家でもひとりで飲むのは楽しくないから水かお茶ばかり。

着席をしてしばらくすると照明が暗くなり、ピアノとハープの生演奏が始まった。

ハープ…?!

ピアノはもちろん見たことあるが、ハープの演奏を生で聴くのは初めてだった。しかも、グロッケン(鉄琴)とウインドチャイムを一人で使い分けて演奏していた…。

空間に響く音色がキレイで、僕のなかで静かに時が止まった。


しばらくイントロが続くと、ステージ裏から唄い手の方が登場する。少しまえに後ろ姿を見た女性だ。マイクを手に取り、堂々とした佇まいで、しばらく目を閉じていた。そして、一曲目のイントロが始まり、マイクをスッと口元へと持ってくる。

伸びやかで、心地の良い高音が響く、キレイな歌声だった。誰かと視線を合わせることなく、遠くを見つめながら歌う眼差しが麗しくて、切なげで。目の前にあるお酒のことなど忘れて聞き入っていた。

フランス語の曲を日本語訳にしたものや、「みんなのうた」で歌われている曲、昔の歌謡曲など耳に残る楽曲をいくつも歌ってくれた。バラード曲は聴くことも歌うことも好きだから、シャンソンを聞いたことがない僕でも楽しむことができた。ちょいちょいウトウトしたけど。

隣に座っている彼に視線を向けると、彼も一切グラスに手をつけることなく彼女が歌う姿を見つめていた。その横顔は、いつも冗談ばかり言って笑っている彼とはまた違って、どこか寂しそうな表情をしていたように見えた。

僕は彼女の歌を聞いているあいだ、これまでの人生が頭のなかで駆け巡っていたような気がする。楽しかったこともつらかったことも、もう戻れない過去を懐かしく思うような、そんな切ない気持ち。涙腺が緩みそうで、でも心のなかはずっと泣いていた。彼も彼女の歌を聞きながら、いつも何かを思い巡らせているのかもしれない。


ライブが終わると、唄い手の方がひとりひとりに挨拶をして回っていた。そして僕にも「今日はありがとうございます」と言ってニコッとした。

僕は人見知りだから、会釈くらいしかできなかった。すると彼が「今日は三重から来たんですよ」と僕のことを紹介してくれた。

「そうなの?ふたりでどこか行ってきたの?」

浅草とスカイツリーに行った話を少ししたあと、「またよかったら聴きにきてね」と微笑んで彼女はほかのテーブルへと挨拶へ行った。歌に圧倒されたのか、なんだか終始緊張してしまった。

エレベーターでも彼女は見送ってくれて、「ありがとうございました」と言うとドアが閉まる。

「じゃあ、ご飯でも食べてから帰ろうか?」
「うん」

久しぶりのお酒に酔ったのか、朝が早かったのとで眠気で視界がぼんやりとしていた。彼の服の裾に捕まりながらもなんとか歩いて駅のホームに辿り着く。

電車のなかではずっとライブの余韻に浸っていたし、彼とはライブの話をずっとしていた。今日はどんなタイトルの曲を歌われていたのかとか、良かった曲の話とか。彼は今日イチ楽しそうにひとりで延々と喋っていたような気がする。


彼がいつも降りるという駅に到着すると、しばらく歩きながらなにが食べたいか話していた。

「近くにラーメン屋があるけど、そこ行ってみる?」

夜10時過ぎ。カウンターが一列あるだけの小さなラーメン店にはテレビの音が流れているだけで誰もいなかった。

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「美味しいね」なんて話をして、ただただラーメンをすすった。彼は相変わらず食べる勢いが早い。

これから彼の家へと向かう。一体どうなることやら。あまり深く考えずにここまで来たけれど、今になって緊張が走る。


一日がもう終わろうとしている。だが、これからまだまだ夜は長くなりそうだ。




つづくよ!


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