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プリンセス・クルセイド 第2部「ザ・ナイト・オブ・ヴァンパイア」 #2 【ヴァンパイアハンター】 6

「……来る!」

 チャーミング・フィールドでの闘いを見届けたアンバーは、水晶から目を離して聖剣を鞘走らせながら部屋の一角に向き直った。そこへ一瞬閃光が瞬き、ジェダイトとカーネリアが虚空から弾け出た。

「クソッタレが!」

 ジェダイトは床に回転着地すると、悪態を吐きながら聖剣を構えた。

「でえりゃあ!」

 その直後、およそプリンセスらしからぬ叫び声とともに、イキシアが風の魔術を発した。聖剣の切っ先から飛び出した突風が、流麗に三点着地を決めたカーネリアの前を横切り、ジェダイトへと襲いかかる。

「はあっ!」

 ジェダイトは油断なき剣さばきでこれをうち据え、イキシアを睨みつけた。

「忙しないねえ。こっちは闘いが終わったばかりだよ。労る気持ちってヤツがないのかい?」

「お黙りなさい!」

 軽口を叩くジェダイトに対し、イキシアがさらなる追撃の構えに入る。

「イキシア王女、お待ちを!」

 だがその瞬間、ジュリアンの声が部屋中に響いた。イキシアはすでに剣の刃に魔力を漲らせていたが、魔術の発動を寸前で踏み留まった。

「ジュリアン殿、一体何を!」

 振りかぶった剣はそのままに、イキシアが非難じみた疑問を投げかけた。

「お忘れですか。プリンセス・クルセイドの参加者は、敗退するまで身柄の安全を保障されるのです」

 それに答えながら、ジュリアンは静かにイキシアとジェダイトの間に割って入る。ジェダイトは僅かに怪訝な表情を見せたが、不意打ちに打って出ることはしなかった。ジュリアンはそんな彼女を一瞥してから、さらに話を続けた。

「こうして聖剣を持ち、カーネリア殿と闘った以上、ジェダイトは今やプリンセス・クルセイドの参加者です。掟に従い、無闇な危害を加えるわけには行きません」

「……ハッ、そうか。そういうことだったな」

 ジュリアンの淡々とした宣言を聞くと、ジェダイトは勝ち誇ったように笑い、イキシアを指差した。

「悪いな太陽のプリンセス。アタシと遊ぶのは次の機会にしてくれ」

「くっ……」

 イキシアは悔しげな声を漏らすと、体を震わせながら振りかぶっていた剣を鞘に収めた。その様子を満足気に眺めてから、ジェダイトは今度はアンバーの方に視線を移した。

「ほら、おチビちゃんも……そいつをさっさとしまいな」

「ジェダイト……」

 アンバーは剣を握りしめた手を震わせながら、唇を噛み締めた。掟で守られている以上、今ここで手を出すわけにはいかない。

「……そうだ。それでいい」

 ジェダイトはそんなアンバーの心情を見透かしたかのように呟くと、おもむろに剣の刃に魔力の光を灯した。

「じゃあ、そうだな。さようならって言うのもなんだし……またおあいしましょうってことで」

 一同を見渡して妖艶な笑みを見せてから、ジェダイトは聖剣から風の魔術を発生させて自ら突風を纏うと、その場から一瞬のうちに姿を消した。

「……なんなの、さっきから」

 その後に残された不気味な静寂の中、カーネリアがうんざりしたように呟いた。


――エピローグ――

「なぁなぁ、シトリン。お頭はいつ帰ってくるのかな?」

「黙れラリア! 一日中そればっかり聞いてきやがって!」

 その日、数限りなく繰り返された質問に耐えかね、シトリンは地下牢に響き渡る声で怒鳴り散らした。だが、同じ牢に入れられたラリアはまったく怯む様子を見せず、逆に首を傾げている。

「一時間おき? お前は私がお頭のことを聞く感覚を測ってたのかぁ? 意外とマメな奴なんだな」

「てめえ、ムカつくんだよ!」

 その他人事のような態度が、シトリンの怒りに油を注いだ。

「働いてる時に! 一時間の休憩時間の! 始めと終わりで聞いてきただろうが!」

 さらに一回り大きな声で喚き散らしながらも、湧き上がる感情を抑え切れず、シトリンは荒々しくラリアの両頬を掴んだ。

「時報かと思ったわ! それからもまあ、ことあるごとにだ!」

「……でも、それなら正確な時間が分かったのは休憩の時ぐらいだよなぁ? それに私、もう少したくさん聞いたと思うぞ?」

 ラリアはそれでも減らず口をやめなかった。その上、その言葉は的を射ていた。

「……ああ、そうだよ! 当て推量で適当なこと言ってるよ!」

 応えに窮したシトリンは、頬を掴む力をさらに強くした。

「大体が私とお前の情報量は同じだっての! てめいが知らないことを私が知るかよ!」

「うう……でもぉ……」

 やがてラリアの目が涙で潤んできた。それを見て、シトリンはさすがに冷静さを取り戻し、頬から乱暴に手を離した。

「くそ……いい大人が痛いぐらいで泣くんじゃねえよ」

「泣きもするだろうよぉ。ホントにシトリンはぼうりょくてきなんだからぁ……」

 ようやく解放された頬をさすりながらも、ラリアはまだ文句を言っていた。しかし、今度はシトリンも反応しない。怒りが収まったからではなく、単にこれ以上叫ぶのは喉にこたえるのだ。それを知ってか知らずか、ラリアはさらに話し続ける。

「でも……もしかしたらさ、お頭は逃げたのかもな」

「……何?」

 思いがけないラリアの言葉に、シトリンは眉根を寄せた。ラリアはなおも続ける。

「あのジュリアンとかいうヤツを出し抜いてさ、お頭は自由になったんだよ。で、準備ができたら私たちを助けに戻ってくる。アレクサンドラと一緒にさ!」

「……あの女の話はするな!」

 ジェダイトの腹心の名を聞いた途端、シトリンの怒りが再燃した。今度はラリアに手を出すことはしないが、声のボリュームはさらに大きくなった。

「あの女はお頭や私たちを見捨てたんだ! 前々からお高くとまって気に入らない奴だったが、ついにやりやがった! てめえだけ……てめえだけまんまと逃げ出したんだ!!」

「……じゃあシトリンは、お頭も私たちを見捨てたと思うのかぁ?」

「それは……」

 ラリアの問いに、シトリンは言葉を詰まらせた。ラリアの瞳には涙が溜まっていたが、それが理由ではない。自分の脳裏に反射的に生じてきた返答をそのまま口にするわけにはいかなかったからだ。彼女もまた、ラリアと同様にジェダイトを信じていたかったのだ。

第2部 #2 【ヴァンパイアハンター】 完

次回 第2部 #3 【目覚める脅威】

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