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『ゴッドファーザー(上)(下)』(マリオ・プーヅォ著・一ノ瀬直二訳)を読んで…あらすじ・映画との比較・疑問  -第6回-

   小説『ゴッドファーザー』は、“新しい発見の宝庫”だった!

第4部(下)
〇ケイ・アダムスがコルレオーネ家を訪れ、トムにマイケルの所在を聞くが、教えてもらえなかった。一方。カルロ・リッティとコニーは夫婦喧嘩が絶えず、ソニーを怒らせる。五大ファミリーとの戦闘状態が続く中、ドンの回復までの間指揮を執るソニーは、優れた戦術に対して戦略は乏しかった。そんな状況の中、隙を突かれたようにソニーは敵の術中にはまってしまう。

(P7~P89=Netflix:92-96,106-109,112-123分/177分 )

〇五大ファミリーは、ソニーの殺害計画をどのように準備していったのか?
〇カルロ・リッティは、ソニーの殺害に関係していたのか?


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 ニューハンプシャーの村では、少しでも変わった事はすべて、窓からのぞき見している主婦や、ドアの後ろでぶらぶらしている店主たちに気づかれてしまう。大学で教育を受けたとはいえ、根は田舎の町の娘であるケ・アダムスもまた、自分の寝室の窓から、ニューヨークのナンバープレートをつけた黒い車が家の前に止まるのをうかがっていた。
 二人の男が玄関のドアのベルを鳴らした。「私が出るわ」ケイが母に叫んだ。「私は、ニューヨーク市警察のジョン・フィリップス刑事です。こちらは、同僚のシリア二刑事。あなたがミス・ケイ・アダムスでしょうか?」ケイはうなずき、彼らを中に通した。その時、町の教会の牧師をしている彼女の父親が姿を見せた。「ケイ、なんだね?」ケイがニューヨークから来た刑事だと紹介し、知っている男の子のことで質問したい旨を話した。父親は書斎を勧めたが、フィリップス刑事がケイだけと話したい旨を伝えると、父親がケイしだいだと答え、ケイが「あたし、一人でお話しするわ」と言うと、父親は書斎を使って構わないこと、昼食をどうかということを二人の刑事に伝えた。刑事たちは首を振った。
 フィリップス刑事が口火を切った。「ここ3週間の間に、マイケル・コルレオーネに会うとか、彼から知らせを受けたとかしたことはありますか?」もう一人の刑事も質問を続けたが、ケイは答えた。「ありません」二人の刑事は、ケイが、二人の殺人容疑で探しているマイケルのことを隠したり、助けたりすれば非常に危険な事態に巻き込まれることを彼女に話した。「マイクは絶対にそんなことはしませんわ」彼女は笑い声をたてて言った。「彼は家族の仕事にはぜんぜん関心がなかったんですもの。マイクはギャングなんかじゃありません。それにあたし、一度だってマイクが嘘をついたのを知りませんもの」
 二人の刑事は、父親にケイが警察官殺しの犯人と目される不良とつき合っていることを伝え、捜査に協力してくれないと重大なことになることをケイに話してほしいと語った。アダムス氏は、丁重に、しかしきっぱりと言った。マイケルが現れたらすぐに報告すること、娘も同様にするだろうことを。そして、「昼食が冷めてしまいますので」と、礼儀正しく家の外へ送り出した。

 三日後、ケイ・アダムスはロングビーチにあるコルレオーネ家の散歩道の前でタクシーを降りた。トム・ハーゲンが出迎えたが、ソニーの姿は見えなかった。彼女は、居間でトムに率直に尋ねた。「マイクがどこにいるかご存じですの? どこで彼と連絡できるかご存じでしょうか?」トムは、よどみなく答えた。無事だということは分かっているが今どこにいるか分からないこと、自分があの警部を撃った犯人にされるのではないかと恐れたこと、身を隠す決心をしたこと、2・3ヵ月したら連絡するということを。「マイクがあなたに連絡してきたら、これを渡していただけませんか?」ケイが一通の手紙を出してそう言うと、トムは首を振った。「その手紙を受け取って、そしてあなたが法廷で、私が手紙を預かったと証言なさったら、私はマイクの居所を知っていたのだと誤解されるかも知れないんですよ」
 トムがケイを玄関まで送ってくると、外からマイケルの母親が入ってきた。「ごきげんいかがですか、ミセス・コルレオーネ?」「まあ、あなたマイキーのいい人ね」ミセス・コルレオーネは言った。それからキッチンへ案内した。パン、チーズ、サラミをテーブルに並べ、コーヒーを注ぐと、チーズののったパンをケイにさかんに勧めた。
 みんながコーヒーを飲み終えると、ミセス・コルレオーネはケイの片手を両の手に包み静かに言った。「マイキーはあなたに手紙を書きはしませんよ。2・3年隠れているでしょう。たぶん、もっとずっとね。あなた、家族のところに帰って、そして、素敵な若い人を見つけて結婚しなさい」ケイはハンドバッグから手紙を取り出した。「これを彼に渡していただけますか?」老婦人は手紙を受け取り、ケイの頬をそっと叩いた。「いいですとも、いいですとも」
 彼女はドアに案内し、素早くキスして言った。「マイキーのことは忘れなさい。あの子はもう、あなたにふさわしい人間じゃないんです。」

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 カルロ・リッツィは、世間に対し鬱々とした苛立ちを抱いていた。ドンが彼を正当に評価せず、ファミリー・ビジネスの要職につくことが出来ずにいた。カルロは、ソニーがファミリーのドンになることを願っていた。彼は妻のコニーの柔らかい、張りきった尻に触れ、卑しむように言った。「おまえは豚よりもたっぷりハムがあるんだな」彼女の傷ついた表情や涙を見るのが、彼を満足させるのだった。カルロは初めから自分の思い通りに振る舞ってきた。コニーは自分がもらった金のいっぱい詰まっている財布を渡すまいとしたが、彼は目のまわりにあざができるほど殴りつけ、その金を取り上げてしまった。1万5千ドル近くもの大金を、彼は競馬と商売女に注ぎ込んでしまったのである。
 コニーは、ロングビーチのドンに会いに行くため、めかしこんでいた。カルロは好奇心をそそられた。「ソニーの奴、まだ事件にかかりきりなのかい?」コニーは穏やかな視線を彼に向けた。「事件てなんのこと?」カルロはかっとなった。「薄汚いイタリア女め、俺にそんな口のきき方をするのはよすんだ。さもなきゃ、腹ん中からその赤ん坊を引きずり出してやるぜ」コニーは怯えた様子を見せた。彼は彼女の顔を張りとばし、さらに三度ぴんたをくらわせた。コニーの顔は赤いみみずばれが残り、上唇は裂けて血だらけになって腫れあがった。カルロは彼女に父親の見舞いに行ってもらいたかったが、「行きたくないのよ」と涙まじりで彼女が言った。コニーの左の頬は腫れあがり、切れた上唇は、鼻の下で白っぽくグロテスクにふくれていた。「オーケー」と彼は言った。彼は上機嫌だった。あのお嬢さん育ちの女をひっぱたくことで、冷遇されている彼の不満が、いくぶんか解消されていた。

 結婚後初めてコニーがカルロに傷つけられた時、コニーは、両親がまったく冷静で同情を見せず、しかも奇妙なことに、彼女の話を面白がっているのを知ったのだった。ドンはコニーに、家に戻ってたたかれずにすむにはどうしたらいいか考えなければいかんと話した。ドンは、娘夫婦のことに口出ししないことに決め、彼女が離婚するかもしれないとほのめかした時に、初めてドンは彼女に腹を立てた。「彼はおまえの子どもの父親なんだぞ。もし父親がいなかったら、子どもはこの世でどうなるのだ?」そう彼はコニーに尋ねたのだった。いっさいを知って、カルロ・リッティは大胆になった。彼は絶対安全なのだ。
 しかし、殴打の一件を聞いた時、ソニー・コルレオーネはすさまじい激怒を示した。ドンの命令でやっと制止されたことを知っていたなら、カルロもそれほど自分の身が安全だとは思わなかっただろう。ソニーは、自分でも癇癪を抑える自信がなかったので、カルロを避けていた。
 いずれにしろ、この美しい日曜日の朝、カルロ・リッツィはまったく何の不安も感じることなく、96丁目をイーストサイドへと街を横切って車をとばしていた。ソニー・コルレオーネは、街でルーシー・マンチニと一夜を過ごしてきたところだった。4人の護衛を従えて、彼は常に用心深く行動していた。しかし、せっかく街に来たからには、妹のコニーを拾ってロングビーチまで乗せていってやろうとソニーは考えた。途中、彼はカルロの車がすれ違ったのに気づいた。
 ソニーは、先行車の二人の護衛が建物に入っていくのを待ち、駆け足で階段を登り、8階にあるコニーの部屋のドアをノックした。やがてドアの向こうから、「どなた?」という妹の怯えたような弱々しい声が聞こえた。いったい彼女に何があったのだろう? ドアが開き、コニーがすすり泣きながら彼の腕に飛び込んできた。その腫れあがった顔を見、彼は何が起こったのかを理解した。
 ソニーは、階段を駆け降りて妹の夫の後を追おうと、コニーから身を振りほどいた。身体の内に激しい怒りが燃え上がり、彼の顔を歪ませていた。コニーはその憤怒を見てとり、彼を行かせまいとすがりついた。「わたしが悪かったの」
 ソニーはじっと怒りをこらえていた。「今日はおやじに会いに行くんだろう?」コニーは頭を振った。「こんな有様をみんなに見られたくないわ。来週行くつもりよ」「オーケー」ソニーは言うと、キッチンの電話を取り上げ、ダイヤルを回した。「医者をここに呼んで、治療をしてもらうよ。今は大事な時なんだ。生まれるまであと何か月だい?」「2ヶ月よ、ソニー頼むから何もしないでね。お願いだから」

ゴッドファーザー150ソニーとコニー

 東112丁目、カルロ・リッツィの賭け業の本拠であるキャンデーストアの前には、二重駐車の長い車の列ができていた。カルロは店の奥の広い部屋に入っていった。彼はこの仕事についた最初の週に間違いをしでかし、唯一損をした店となってしまった。そのため、通常は5段階の絶縁体を設けるコルレオーネ・ファミリーのこの種の店だが、ドンの義理の息子の試験場としてトム・ハーゲンの直接監視下に置かれ、毎日報告が送られていた。
 1時半ごろになるとギャンブラーたちの姿もまばらになり、カルロとサリー・ラッグスは外に出て、新鮮な空気を吸っていた。コーチが出てきて、二人のそばに坐った。カルロが笑いながら言った。「俺は今日もまた女房を殴りつけてやったぜ。誰がボスなのか教えてやったのさ。女房の奴、俺にいちいち」指図できると思っていやがるんだ。それが俺には我慢ならねえんだ」
 路上でクリケットをやっていた子どもたちが、急に四方に散った。1台の車が鋭い音を立てながら角を曲がってやって来、キャンデーストアの前で急停車した。1人の男が運転席から飛び出してきた。ソニー・コルレオーネだった。
 恐ろしい憤怒の形相をしたソニーは、カルロの喉首をひっつかんで他の連中から引き離し、路上に引きずり出そうとしたが、カルロは腕を階段の手すりにからみつけてしがみつき、頭と顔を肩のくぼみに隠そうと縮こまってしまった。カルロのシャツは引きちぎられ、彼は拳で殴られた。彼は完全に無抵抗のまま、ソニーの激怒が鎮まるまで、頭と首に拳が降り注ぐにまかせていた。やっと、ソニーがカルロを見おろして言った。「この豚野郎、二度と妹を殴ってみろ、殺してやるぜ」ソニーの乗った車は騒音を立てて走り去った。

ゴッドファーザー176ソニーとカルロ

ゴッドファーザー147ソニー④

 サリーラッグスは、3番街へと歩いていき、事件を報告するため、ロッコ・ランポーネに電話をかけていたのだった。ロッコはボスのクレメンツァに、クレメンツァはロングビーチのトム・ハーゲンに電話した。トムはしばらく黙っていたが、やがて言った。「ソニーが交通渋滞とか事故で動けなくなる場合に備えて、部下と車を出来るだけ早くロングビーチに向かう道路にやってくれ。ソニーは癇癪を起すと、自分が何をやってるんだかわからなくなるんだ。敵の連中も、彼が街にいたのを聞き知るだろうよ。どうなるかわかったもんじゃない」
 クレメンツァは疑わしげに言った。「こちらの手の者の配置が終わる頃には、ソニーはもうもどってきてるんじゃないかな。これはタッタリアの連中にもあてはまることだぜ」「わかってるよ、しかし何か突発事故が起こって、ソニーは足止めをくうかもしれないんだぜ。最善をつくしてくれよ、ピート」トムがじれったそうに言った。
 キャンデーストアに出入りしている常連の一人で、タッタリア・ファミリーの手先として雇われている下っ端の賭博師は、早速この情報をファミリーの連絡員のもとに流していた。
 ソニー・コルレオーネは無事ロングビーチに、散歩道に、父の家に帰りついており、これから父の激怒に向かい合おうとしているところだった。

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 コルレオーネ・ファミリーと、彼らに敵対して結集した五大ファミリー間の1947年の戦は、双方の陣営にとって高価につくものであることが明らかになった。ドン・コルレオーネの病室を守るために、トムは私立探偵社を雇った。もちろんそれ以上に多くのテッシオの部下が補充されていた。ソニーはそれでもなかなか満足せず、2月の中頃、ドンは救急車で散歩道の自宅に引き取られた。自宅には住み込みのケネディ医師が配置され、散歩道の防備も強化された。フレディ・コルレオーネは、カジノとホテルを組み合わせた企業に適当な場所を探すため、ラスベガスへ送らていた。ドンが帰宅した最初の晩、ソニー、トム、クレメンツァ、テッシオの4人が彼の部屋に集まった。
 ドン・コルレオーネは衰弱していて多くはしゃべれなかったが、話を聞き、拒否権を行使することはできた。フレディがカジノ派遣されたことには賛成するようにうなずき、ブルーノ・タッタリアがコルレオーネのガンマンに殺されたことを知ると、首を振り、ため息を漏らした。しかし、何にもまして彼を苦しめたのは、マイケルがソッロッツォとマクルスキー警部を殺害し、シシリーへ逃亡を余儀なくされたことであった。これを聞くと、ドンはみんなに出ていくように合図した。
 彼らは隅の部屋で会議を続けた。ソニーが言った。おやじが回復する前に仕事を再開したいこと、ハーレムのポリシー賭場を黒人たちから取り返すことを。トムが言った。「しかし、ハーレムにはタフな連中もかなりいるぜ」ソニーが、クレメンツァに任せればいいと言うと、「簡単なことだね」とクレメンツァがトムに言った。テッシオが重大な問題を持ち出してきた。「われわれが仕事を開始したら、五ファミリーも反撃をはじめるぜ。まずはハーレムの賭場やイーストサイドの賭け屋を狙うにちがいない。衣服センターにもちょっかいを出してくるだろう。となるとこの戦はえらく金がかかることになるな」「そんなことをされて俺たちが黙っていないことぐらい、奴らもわかっているはずだ」とソニーが反論したが、トムは言った。敵はここ2・3ヵ月の損失をわれわれのせいにしていること、奴らはわれわれを麻薬取引に引き入れたい腹だということ、戦闘で痛めつけ有無を言わせず麻薬に関する提案を呑み込ませようと考えていることを。ソニーは言った。「麻薬取引はだめだ。ドンがノーと言った以上、彼が考えを変えるまではあくまでもノーだ」
 事務的な調子でトムが言った。われわれの資金源は賭け屋とポリシーで、攻撃の対象になりやすいこと、タッタリアは売春とコールガールと埠頭の組合で、攻撃の仕方が分からず、資金源が目につかないこと、ドンが動けない今は、相手の政治力はわれわれと互角だということを。「とっくり考えてみるよ」ソニーが言った。「とにかく、交渉を進めながら仕事を再開することにしよう」
 五ファミリーの反撃は予想外の方向に向けられた。コルレオーネ・ファミリーのメンバーである、衣料組合の有力な職員が二人殺され、金融業者と賭け屋が埠頭から追い出された。さらに、ハーレム最大のポリシー賭博の胴元が惨殺された。ファミリー幹部に対し、マットレスに取りかかるようソニーの命令が下された。それから2・3ヵ月のうちに、別の事態が明らかになってきた。コルレオーネ・ファミリーが肥満症状を呈していることであった。その理由は、ドンの衰弱がひどく陣頭指揮がとれなくなり、政治力がほぼないに等しい状態だということと、平穏だったここ10年のあいだに、クレメンツァとテッシオの戦闘能力がはなはだしく落ちていたことであった。
 ソニーは、これらの弱点を認識していたが、ドンの回復まで守りの戦闘に専念するつもりだった。しかし、テロの激化にともない、ファミリーの立場は不安定になり、彼は逆襲に打って出る決心を固めた。しかもそれは敵の心臓部に対する直接攻撃でなければならなかった。そこでソニーは、五ファミリーの首領を狙う綿密な死刑執行計画を練ったが、1週間のうちに敵側の首領は忽然と地下に潜ってしまい、姿を見せなくなった。かくして、この戦いは、膠着状態に陥ったのである。

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 アメリゴ・ボナッセラは、マルベリー・ストリートの自分の葬儀店からほんの2・3ブロックの所に住んでおり、夕食にはいつも自宅にもどってきていた。夕食を妻と二人で摂り、仮眠をとった後着替えて、ふたたび仕事に戻ることにしていた。彼はコーヒーを飲みながら、ボストンに居る娘のことを考えていた。
 居間にある彼専用の電話がなった時、ボナッセラはちょうどコーヒーを飲み終えたところだった。「もしもし?」「こちらはトム・ハーゲン」と電話の向こうの声は言った。「ドン・コルレオーネの指示で電話しているんだが」自らドンに恩義を負った時からすでに1年以上経っていた。今ボナッセラは、災難に直面した人間のような不快さを感じていた。「ああ、わかった。聞いてるよ」ボナッセラは、いつもとは違うトムの声の冷たさに不安を覚えた。「あんたはドンに恩義があるな」トムが言った。「彼はあんたが恩返ししてくれるものと信じている。その機会を得たならば喜ぶだろうとね」

 1時間のうちに、ドンはあんたの葬儀店に助力を求めに行く。あんたはそこにいて、彼を出迎えてくれ。従業員はそれまでにすべて家に帰すように」「もちろん、彼が望むことなら私はなんでもするよ。じきに、店に行くよ」ボナッセラは言った。「今晩、ドン自身が私の店に見えるというのかね?」「そうだ」トムが言った。
 ボナッセラは葬儀店に戻ると事務室に行き、キャメルに火をつけた。そして、ドン・コルレオーネを待っていた。そして、自分はただ沈着に言われたことをやればいいのだ、と思い始めていた。大型救急車からは、担架を担いだ二人の男を従え、クレメンツァが姿を現わした。担架の上には灰色の毛布にくるまれて、端から黄色い裸足の足をのぞかせた死体が乗せられていた。その時、庭の暗闇から、もう一人の男が明るい事務室へと入ってきた。ドン・コルレオーネであった。病後のせいか、ドンはいくぶん痩せて、動作は奇妙にこわばっていた。

彼はボナッセラに言った。「さあ、君、わしの頼みを聞いてくれる用意はできているかね?」ボナッセラはうなずいた。ドンの後をついて作業室に入ると、ボナッセラは囁くように言った。「私にどうしろとおっしゃるんです?」「君に持てる力を最大限に発揮してもらいたいのだよ。君がわしを愛してくれているようにね。これの母親に、こんな姿を見せたくはないのだ」と彼は言い、テーブルの所まで行くと、灰色の毛布を引きおろした。死体処理テーブルの上には、弾丸につぶされたソニー・コルレオーネの顔があった。血でいっぱいの左眼は水晶体が、粉々であった。鼻柱と左の頬はぐしゃぐしゃに打ち砕かれたいた。ドンが言った。「見るがいい、奴らが殺した息子のこのさまを」

ゴッドファーザー151ソニー➄

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 ソニー・コルレオーネをもってして、彼自身の死によって終わった血なまぐさい消耗戦の方向へと駆り立てたのは、戦闘の膠着状態あるいは、彼の暗い凶暴な性格が暴走した結果であった。ソニーは埠頭のチンピラどもを大量に殺害したが、これは戦いの成り行きに何らの影響も与えない、無意味なものであった。彼は優秀な戦術家であったが、本当に必要とされる、ドンのような戦略的才能は持ち合わせていなかった。戦闘はゲリラ戦の様相を呈し、両陣営に莫大な資金と人命を費やしていた。カルロ・リッツィの賭場も閉鎖となった。彼は、酒に浸り、コニーをつらい目に遭わせていた。あの事件の後、カルロはひどくソニーを恐れていた。
 トム・ハーゲンはソニーの戦術に賛成しかねたが、ドンへの抗議は控える決心をしていた。戦いが進むにつれて、五ファミリーの反撃は弱まり、ついにはまったく息をひそめてしまった。トムは危惧の念をいだいたが、ソニーは得意満面だった。
 ドンは快方に向かっており、まもなく再び指揮をとれるはずだった。しかしながら、敵も計画を練りつつあった。完敗を避ける唯一の道は、ソニー・コルレオーネを殺すことだという結論に達していた。 
 ある晩、コニー・コルレオーネは見知らぬ若い女性から電話を受けた。その女は、カルロは家にいるのかと尋ねた。「あなた、どなた?」とコニーはただした。相手の女は、くっくっと笑い声を上げて言った。「カルロのお友だちよ。彼に今夜は会えないって伝えたかっただけ。街の外で急な用事ができちゃったのよ」「あばずれ!」コニーは言った。「不潔なあばずれ女!」もう一度電話に向かって金切り声で叫んだ。電話の向こうでカチッと切れる音がした。カルロが夜遅く帰宅するやいなや、コニーは甲高い声で悪態をつき始めた。「あなたのガールフレンドが電話してきて、今夜はだめですってさ。このろくでなし!私の電話番号をなんだって淫売に教えたりするのよ、殺してやるわ、ろくでなし!」コニーは夫めがけてとびかかり、蹴ったり引っかいたりした。

ゴッドファーザー148カルロ

 カルロは無理に笑顔を見せて言った。「何か食べる物を作ってくれちゃどうなんだい?」これが、コニーを軟化させた。彼女は腕のいい料理人だった。その間、カルロは競馬情報を読もうとベッドに寝そべりウィスキーをちびりちびり飲んでいた。「お食事できたわよ」コニーが寝室に入ってきて言った。「まだ腹がへってないんだ」「食事ができたのよ」彼女は強情に言い張った。「捨てちまいな」カルロが言った。彼女にはまったく注意を払っていなかった。
 コニーはキッチンにもどり、料理を盛った皿を流しに叩きつけた。ガチャンという音に、寝室からカルロが出てきた。「この不潔なイタ公め!すぐ片付けろ、さもなきゃこっぴどく痛めつけてやるぜ」「やってみなさいよ!」コニーは言い返した。カルロは寝室から二つ折りにしたベルトを持ってきた。そしてコニーの張り出したお尻に叩きつけた。コニーは引き出しの中の長いパン切ナイフを探り当て、身構えた。「コルレオーネ一族は女までが人殺しか」カルロは笑いながら言うと、ベルトを放り出し、彼女につかみかかった。ナイフを取り上げ、彼女の顔を殴りはじめた。髪の毛をつかんであおむかせると、痛みと屈辱から彼女が泣きだすまで、顔を平手で殴りつけた。それから不意に彼女をベッドから放り出し、ウィスキーをボトルからぐいと呷った。
 カルロは部屋から出ていきウィスキーの新しいボトルをあけた。ソファに大の字になり、じきに彼は酔いつぶれて眠り込んだ。コニーはドンの家に電話した。母親が出たが、コニーの声が小声だったので話がほとんど聞き取れなく、トムと共にいるソニーを呼んだ。「やあ、コニー」コニーにとっては、夫も兄も同じように恐ろしかった。「ソニー、車をよこして、それから話すわ。なんでもないのよ、ソニー。兄さんは来ないで。トムをよこして、おねがいよ、ソニー。なんでもないんだから。わたし、家に帰りたいだけなの」
 ソニー・コルレオーネの粗暴な性質が、体内の奥深くにある神秘の泉から、その鎌首をもたげたことは疑いを入れなかった。だが妹に返事する彼の声は、低く抑えられていた。「そこで待っているんだ。ただ待っていればいいんだよ」
 ソニーは、自分自身の怒りの激しさにしばし茫然と立ち尽くしていたが、やがて言った。「あのくそ野郎、あのくそ野郎め」そして、彼は家から飛び出していった。トムは、二人の護衛役にソニーの後を追うよう命じた。
 五ファミリーは反撃を中止し、戦闘らしい戦闘がまったく行われていない現在、ソニーは敵の存在をぜんぜん意識していなかった。彼は、護衛の男たちにコニーを家まで送らせ、それから義弟との決着をつけることにした。カルロをどうするかはまだわからない。
 ジョーンズビーチ・コーズウェイはがらがらで、パークウェイに行きあたるまでフルスピードで車を飛ばすことができた。照明の悪い土手道には、他に1台の車も見当たらなかった。ずっと前方に、白い円錐形をした有人の料金所が見えた。が、明かりのついているのは一つだけで、他のブースは閉ざされていた。彼の車はすでに、照明のついたアーケードの中に入っていたが、意外なことに、ブースの中には車が1台止まっていた。ソニーは警笛を鳴らし、前の車は、順番を譲るようにゆっくりとブースを通り抜けた。

 ソニーは1ドル紙幣を係員に渡し、つり銭を待った。係員はつり銭でもたもたしており、あまつさえ床に落っことしてしまった。金を拾おうと係員はブースの中にかがみこみ、全身が見えなくなった。
 その時ソニーは、前の車が先に進まず数フィート前方に止まり、彼の行く手を遮っていることに気づいた。暗いブースの中にもう一人の男の姿をとらえたが、その時には前方の車から二人の男が降りてこちらに歩きかけていた。一瞬のうちにソニーはもはや逃れる道のないことを悟った。
 それでも、生への欲求のためかソニーは大きな身体をビュイックのドアにぶつけ、ドアのロックがはじけ飛んだ。暗いブースの中にいた男が銃を発射し、弾は巨体を車の外に投げ出したソニーの頭と首をとらえた。

ゴッドファーザー124ソニー殺害

ゴッドファーザー143ソニー②

ゴッドファーザー167ソニー襲撃③

ゴッドファーザー114ソニー殺害

 前方の二人の男も拳銃を構え、アスファルトの上に大の字になったソニーの身体に、それぞれ弾丸を浴びせた。それから、ソニーの顔をめちゃくちゃに蹴りつけた。
 4人の男―本物の殺し屋3名と料金所の偽の係員は、すぐさま車にとび乗り走り去った。それから2・3分後にソニーの死体を発見した護衛の男たちの一人がトムに電話を入れた。「ソニーが殺られました。場所はジョーンズビーチの料金所です」トムは冷静な声で「わかった」と言った。「クレメンツァの家へ行って、彼にすぐにここに来るよう伝えてくれ」(ソニーが料金所で敵の襲撃を受けた場面は、映画でも恐怖を覚える程の凄い迫力を感じた。原作では夜の時間帯なのに対し、映画ではこの銃撃シーンは昼間であった)
 トムは、ママ・コルレオーネが軽食を準備しているキッチンで電話を受けたが、彼は沈着を保っており、老婦人は事態の急変に何も気づいていないみたいだった。トムは母親には知らせない方がいいと判断した。
 部屋に入るとトムのソニーに対する彼自身の悲しみも味わっていたが、決して母親には、息子の死を告げられなかった。ほんの2・3ヵ月のうちに彼女は息子を全部失ってしまったのだ。―フレディはネバダへ、マイケルはシシリーに、そして今ソニーが死んだ。トムは自分を取り戻し、コニーに電話した。「コニー、トムだよ。ご主人を起こしてくれないか、彼にちょっと話があるんだ」5分ほどして、カルロが寝ぼけた声で電話口に出た。トムは鋭い声で言った。「いいか、カルロ。さりげなく受け答えをするんだ」そして続けた。二人に散歩道の建物の一つに住んでもらうこと、ドンが、カルロにチャンスを与えると決めたこと、ファミリーの者がじきにそちらに行くことを。トムは一気に言ってのけた。「ソニーが今晩殺された。何も言うな。君が眠っているあいだにコニーが彼に電話し、彼はそっちへ行く途中だった。だが、このことはコニーに知ってもらいたくない。たとえ彼女がかんぐるにしても、絶対に彼女に知ってほしくないんだ…。さあ、コニーをみてやってくれ」
 トムは次にテッシオに電話をかけ、すぐにロングビーチの散歩道に来るよう伝えた。これから、彼の最も恐れている瞬間がやってくるのだった。トムは、自分の中から一切の虚構を取り去っていた。この悲惨な敗北をかろうじて救うことができるのは、偉大なドン、彼自身だけなのだ。ドンが、この事態をどう処理するか、トムには手に取るように理解できた。自分は事件を報告し、状況を改善するための自分なりの判断を伝え、そしてしかる後は、沈黙を守らねばならない。
 幹部たちが到着した。トムはまず彼らに事件のあらましを伝えて、それから、ドン・コルレオーネを起こすことにした。気力が失せて、酒をグラスに注ぐこともできず、彼はしばらくそこに立ちつくしていた。背後で、この部屋のドアがそっと閉まるのが聞こえた。振り返ったトムの前には、きちんと衣服をととのえたドン・コルレオーネが立っていた。彼の顔は、元どおりの気力と力をたたえて、厳めしく据えられていた。彼はトムに言った。「アニス酒をほんの少々注いでくれたまえ」トムはアルコールを少量注いだ。「家内は寝つく前に泣いておった。わしの部屋の窓からは、幹部が家にやってくるのが見えた。それに今は真夜中だ。おまえのドンに話してくれるべきだと思うがな」「私はママには何も言いませんでした。上へ行ってあなたを起こし、自分でお知らせするつもりだったんです。すぐにも、あなたを起こしにいくつもりでした」「だがおまえはまず酒が必要だったんだな」「ええ」トムは言った。「酒を飲んでしまったのだから、今では私に話せるわけだ」「奴らは土手道でソニーを狙撃しました。死にました、彼は」ドンはまばたきし、ほんの一瞬、彼の意志が崩れ、その顔には体力の衰えがあらわになった。それから、彼は立ち直った。「何が起こったのか、すっかり話してくれ」そう彼は言ったが、直ぐに片手を軽く上げてそれを制した。「クレメンツァとテッシオが来るまで待とう」

ゴッドファーザー153ドンの悲痛


 二人の幹部が、護衛にともなわれて入ってきた。トムがアニス酒を注いだ。ドンが質問した。「わしの息子が死んだというのは確かなのかね?」クレメンツァが答えた。「気の毒だが。護衛たちが言うには、あの傷では万に一つの望みもないということだ」ドンは、この決定的な宣告を受け入れた。誰も、この事件に関与してはならないこと、復讐行為を犯してはならないこと、命令なしに息子の殺害を調べ出そうとしてはならないこと、これ以上五ファミリーに対する戦闘行為はないということ、息子の葬式がすむまで、ファミリーは一切の業務活動を停止し、業務に関するあらゆる保護を中止すること、もう一度話し合いをすることを告げた。そして、クレメンツァ、テッシオに役割を指示し、トムには、アメリゴ・ボナッセラに電話して、自分が助力を必要としていることを伝えるように言った。三人の男たちはうなずいた。
 「トム、よくやってくれたな。夜が明けたら、コニーには母のそばにいてもらいたいのだ。彼女とあれの夫が散歩道に住めるよう手配してくれ。サンドラには、家内からこの不幸な出来事を伝えてもらおう。」クレメンツァとテッシオはもう一度ドンを抱きしめた。ドンは、トムを見つめ、頬に手を触れ、素早く彼を抱擁して言った。「おまえはよい息子だ。お前がわしを慰めてくれるのだよ」トムが葬儀屋のボナッセラに電話を入れたのは、それからであった。(続く…次回は9/7<月>投稿予定)



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