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『ゴッドファーザー(上)(下)』(マリオ・プーヅォ著・一ノ瀬直二訳)を読んで…あらすじ・映画との比較・疑問  -第8回-

    小説『ゴッドファーザー』は、“新しい発見の宝庫”だった!

第6部(下)
〇23~24
〇シシリーに逃れたマイケルは、ドン・トッマジノの保護のもと、アポロニアと出会い、彼女に一目ぼれし結婚する。しかし、アポロニアの乗った車がファブリッツィオに爆破させられる。妻を失ったマイケルがニューヨークへもどるまで 。
    (P183 ~P239=Netflix:97~106,109~112,123~126分/177分)

〇シシリー島における、マフィアの歴史とは?
〇老婆が語る、ルカ・ブラージが仕出かした度肝を抜く話とは?

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 シシリーへ逃れてから5ヶ月ほど経つと、マイケル・コルレオーネはようやく、自分の父親の性格と彼が負わされている宿命とを理解するようになった。ドンがいつも言う、「人間はそれぞれ一つの運命を持っている」という言葉の意味も初めて理解できた。

ゴッドファーザー194シシリー風景


 マイケルは、かつてドンに非常な恩を受けた首領の領地へ運ばれていった。その領地の中に、ドンが昔アメリカに移住した時に名前を借りたコルレオーネという村があり、その村は世界で最高の殺人事件発生率を持つことを、後に知るのだった。
 首領はドン・トッマジノといい、マイケルはその首領のおじの家の客となった。ドン・トッマジノは古いタイプの首領で、麻薬や売春にはまったく関係していなかった。そのため、パレルモに台頭してきた新しいタイプの首領たちとは不仲であった。ドン・トッマジノは非常にかっぷくのいい男で、まわりの人々に畏敬の念をおこさせるほどの貫禄の持ち主だった。マイケルはドンのおじであるドクター・ターツァの地所の中にかくまわれることになった。
 マイケルは、ドクター・ターツァとドン・トッマジノの話を、物静かで優雅な庭園で聞くことがあった。ドクターの話は伝説的なものであり、ドンのそれは事実に根ざしたものだった。
 “マフィア”という言葉はそもそも、“隠れ家”を意味していたが、その後、何世紀にわたる歴史の推移のうちに、この地方の人民を弾圧する支配者に対抗せんがために生まれた秘密組織の名称となっていった。歴史的に見て、シシリーほど様々な弾圧を受けた土地は他に例を見ないと言ってもいい。土地を所有している貴族やカソリック教会の枢機卿たちは、羊飼いや農民たちの上に絶対的な権力を行使した。警察はそういった権力者の道具と成り下がり、彼らと同一視されていたため、シシリー人のあいだでは、警官と呼ばれることが最大の侮辱になるのだった。
 凶暴な絶対権力を前にして、苦しむ人々は自分の怒りや憎悪を決して表には出さないことを学ぶようになった。社会は敵であり、そのため彼らは、なんらかの救いを求める時は地下の反逆組織であるマフィアのもとへいくようになった。そして、沈黙の掟“オメルタ”を創り、その力を徐々に強固なものにしていった。今にして初めて、マイケル・コルレオーネは父が合法社会の一員となることを拒否し、何ゆえ泥棒や殺人者となる道を選んだかを理解した。

 マイケルには、物事をじっくり考える時間が有り余るほどあった。ある朝、マイケルはコルレオーネ村の向こうにある山まで出かけようと思い、ルパラを携えた二人の羊飼いのボディガードをともなってハイキングへと出発した。二人の羊飼いは、名前をカロとファブリッツィオといった。

ゴッドファーザー180シシリー羊飼い③

ゴッドファーザー170シシリー羊飼い②

ゴッドファーザー163シシリー羊飼い

 彼ら三人はほこりっぽい田舎道を歩いていった。マイケルは海岸沿いのマツァーラの村まで歩いていき、夕方、コルレオーネまでバスでもどってくる
予定にしていた。途中、彼らは昼食をとり、涼しいオレンジの木陰で寝転がっていた。野原には、婦人や娘たちが花摘みに来ていた。娘たちはみんなまだ10代であった。彼女らは追いかけっこを始め、追いかけられる役の娘はオレンジの木立めがけて走ってきた。
 男の見慣れないシャツの色が目に入ったのか、彼女は木立のすぐ近くではっとしたように立ち止まった。男たちは彼女の顔を子細に見て取ることが出来た。彼女の信じがたいほどの愛らしさに、ファブリッツィオが思わずつぶやいた。「ああ、神様、俺は死んじまいそうだ!」

ゴッドファーザー89アポロ二―

ゴッドファーザー172シシリーマイケル

 マイケルは、胸をどきどきさせながら、いつの間にかその場に立ち上がっていた。血が体内のすみずみまで駆けめぐり、手足の指先がぶるぶる震えるみたいだった。
 「稲光に打たれたってわけだ、うん?」マイケルの肩をたたきながら、ファブリッツィオが言った。「羊しかわからん連中がなに言ってやがる」とマイケルが毒づいた。しかし、彼の頭の中には、もはや消すことができないほどくっきりと娘の顔が焼きついており、もし彼女を所有することができなかったなら、彼は一生、その記憶に悩まされるにちがいないと思われた。
 ファブリッツィオが元気よく言った。「村へ行って、あの娘を探し出すんだ。案ずるより産むがやすしってこともある。稲光の治療法は一つしかない、そうだよな?カロ」相棒の羊飼いは、重々しくうなずいてみせた。マイケルは何も言わず、娘たちの姿が消えた近くの村へ通じる道を歩きだした二人の羊飼いの後を、おとなしくついていった。
 カフェの主人が注文を聞きにきた。ファブリッツィオが主人に言った。「あんただったら、このへんの娘はみんな知ってるよな。…ここにいる俺の友だちが稲光に打たれちまってね」カフェの主人はあらためてマイケルを見やった。マイケルは主人に言った。「あんた、髪の毛を高く結い上げた娘を知らないかね?肌が奇麗で、目が大きく、黒っぽい瞳をしている。この村にいるはずなんだが」カフェの主人はそっけなかった。「いいや、そんな娘はつゆ知りませんぜ」そう言うなり、彼はテラスからカフェの中に姿を消してしまった。

ゴッドファーザー㊴シシリー

ゴッドファーザー㊶シシリー2

 ファブリッツィオがカフェに入ってゆき、やがて戻ってくると、マイケルに言った。「俺の思ったとおり、あの娘はここのおやじの娘なんですよ。…そろそろ、コルレオーネに退散したほうがいいんじゃないですかね」
 マイケルは冷ややかにファブリッツィオをにらみつけた。「あの男をここに連れてきてくれ」戻ってきた主人に静かに言った。「娘さんのことで気分を悪くさせてしまったようで、その点はお詫びする。…」カフェの主人は肩をすくめてみせた。「あんた、何者だね、うちの娘をどうしようっていうんだい」
 マイケルは躊躇なく言った。「ぼくは、国の警察から追われてシシリーに身を隠しているアメリカ人だ。…あんたは警察に密告してひと儲けすることもできるが、そうなると娘さんは、夫を得るどころか父親さえも失うことになるだろうな。…ぼくはあんたの娘さんに会いたいんだ。…その上で、適当だと二人が思ったら、ぼくたちは結婚するつもりだ」カフェの主人は、しぶしぶ言った。「日曜の午後に来なさい」
 日曜日、マイケルは村へおもむいた。カフェの主人シニョール・ビテリは、ドン・トッマジノの友人として迎えることにしたと、マイケルに伝えた。振り向くと、家の奥に通じる弓形の戸口の所に彼女が立っていた。母親の横に座る前に、彼女はマイケルをちらっと見やり、小さく微笑してみせた。娘の名前はアポロニアといった。マイケルは金色の紙に包んだ贈り物を彼女に渡し、それを娘は膝の上に置いた。贈り物はネックレスとして用いられる重い金鎖だった。「ありがとう」マイケルが彼女の声を聞いたのは、それが初めてであった。
 次の日も、その次の日も、マイケルはカフェを訪れた。アポロニアは彼が贈った金鎖を首にかけ、並んで丘を登った。途中アポロニアは、つまずいた拍子に彼のほうに倒れかかったが、マイケルは素早く彼女を支えた。
 二週間、こういう状態が続き、アポロニアもしだいに打ち解けていった。マイケルの希望によって、万事は速やかに進行した。アポロニアは彼に魅了されただけでなく、彼が裕福だということも知らされており、やがて、婚礼の日取りは二週間先の日曜日と定められた。
 結婚式は、ドン・トッマジノがマイケルの父親役となり、ボディガードも出席した。新郎新婦は、石塀に囲まれたドクター・ターツァの家に住むことになった。最初の週は、車に乗ってピクニックや小旅行に出かけて行った。

ゴッドファーザー162シシリー結婚

ゴッドファーザー195シシリー結婚式

ゴッドファーザー㊻シシリー3

 しかし、その後、ドン・トッマジノはマイケルを呼び、結婚のために彼の存在と素性がシシリー一帯に知られてしまい、敵―彼らの長い腕がこの島の隠れ家まで伸びていた―を警戒せねばならなくなったことを説明した。
 

 ある晩、彼らが庭でくつろいでいると、この別荘で召使いとして働いている村の老婆がもぎたてのオリーブの皿を運んでき、マイケルに向かって言った。「みなさんが、あなたはニューヨークのドン・コルレオーネ、ゴッドファーザーの息子さんと言ってますけど、それは本当なんでしょうか?」マイケルはうなずいて老婆に尋ねた。「ぼくの父を知っているのかい?」彼女は名前をフィロメナといい、彼に微笑みかけた。「ゴッドファーザーは、以前に、私の命を救ってくださいました。それに、私の脳味噌もね」マイケルは微笑んでみせた。ほとんど恐る恐る、彼女は尋ねた。「あのルカ・ブラージが死んだというのも本当でしょうか?」フィロメナは十字を切って言った。「神様、お許しください、でも彼の魂が永久に地獄で火あぶりになりますように」
 マイケルはブラージに対する自分の古い好奇心を思い出し、同時に、トムやソニーが自分に教えてくれようとしなかった話を、この女は知っているのだという直感を抱いた。「父とルカ・ブラージのことを話してくれないか」マイケルはやさしく言った。彼女は、彼らに昔話をすることになった。
  
 30年前のある晩、ニューヨークシティの十番街で産婆をしていたフィロメナは、当時でさえ恐ろしい評判の立っていたルカ・ブラージの訪問を受けた。ルカは、彼女に一緒に来るように荒々しく命じ、一つかみのドル紙幣を彼女の手に押し込んだ。
 車で行き着いた家の2階のベッドの上には、アイルランド人らしい若く美しい娘が雌豚のようにふくれ上がった腹をして横たわっていた。フィロメナの処置で赤ん坊は生まれ、母親は深い眠りに陥った。ブラージが呼ばれた。
「あなたが父親でしたら、この子を受け取ってください。私の仕事は終わりました」「ああ、確かに俺が父親さ。だが、俺はこういった種族に生きていてほしくないんだ。そいつを地下室に持っていって、かまどに放り込んでくれ」一瞬フィロメナは、彼の言ったことを理解できなかった。そして、そっけなく言った。「あなたの子どもですよ、お好きなようになさい」「俺の言うとおりやるんだ、おまえを金持ちにしてやるぜ」彼女は恐怖で口もきけず、僅かに首を振っただけだった。「あなたがしなさい、父親なんだから、したいんならおやりなさい」ブラージは答えず、ナイフを抜き出して言った。「喉を切り裂いてもらいてえんだな」
 いつのまにか、彼女はルカと扉の開いたかまどの前に立っていた。再びナイフを取り出したルカの顔は、悪魔の像のようであった。ルカは彼女を開いたかまどの扉のほうへ押しやった。

 ここでフィロメナはふいと黙り込み、マイケルを見つめた。マイケルは、やさしく尋ねた。「君はそうしたんだね?」彼女はうなずいた。
 十字を切り祈りの文句をつぶやくと、やっと話を続けた。彼女は札束を与えられ、車で送り返されたこと、2日後にルカがあのアイルランド娘を殺害し逮捕されたこと、肝をつぶした彼女がゴッドファーザーに罪を打ち明けたこと、ドンは、自分がすべてうまくやるから黙っているように彼女に命じたことを。
 ドン・コルレオーネが問題を処理する前に、ルカ・ブラージは独房で自殺を図った。回復した頃にはドンは万事に手配をすませ、ルカは釈放された。しかし、彼女の心は休まらず、善良な夫とともにイタリアにもどってきた。
 彼女が話を終え立ち去った後、マイケルはドン・トッマジノに尋ねた。「彼女の話は本当かい?」首領はうなずいた。

  翌朝、急使からのドン・トッマジノへの緊急の伝言があり、彼はマイケルをそばへ呼んだ。ソニーが殺害されたという、悲しい知らせであった。


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  マイケルの寝室には、早朝のレモン色をしたシシリーの陽光があふれていた。アポロニアとの寝覚めの愛の行為を終えた時、マイケルは彼女の美しさと情熱に驚かずにはいられなかった。

ゴッドファーザー161アポロニア


 ドン・トッマジノは、シシリーの南海岸にある別の町へマイケルを移すよう手配していた。ドンは、マイケルの安全を危惧していた。「私自身にも、パレルモの腕白小僧どもとのいざこざが起きているんだよ。…奴らは物事を倫理的に考えようとせず、井戸の水を全部欲しがるのだからね」
 朝の太陽は今ではあまりに強すぎた。マイケルはファブリッツィオに合図し、声をかけた。「車を出してくれ。5分以内に発つぞ。カロはどこだい?」「奴はキッチンでコーヒーを飲んでいます」ファブリッツィオが言った。「奥さんも一緒に来るんですか?」「いや、彼女はまず家族のところへ行く。だから、二・三日遅れてくることになるだろうよ」マイケルは、石造りの小屋に急ぎ足で入っていくファブリッツィオをじっと見つめていた。
 マイケルはカロに言った。「ファブリッツィオと一緒に、車の中で待っていてくれ」車は、柱廊玄関の正面に停めてあった。アポロニアが運転席に座っており、ハンドルにかかったその手は、まるで子どもがおもちゃをいじっているみたいだ。…マイケルは、ファブリッツィオが何か用事ありげに別荘の門を抜け出ていくのを見て、いぶかしく思った。いったい何をしてやがるんだ?
 車の中からアポロニアが手を振っていた。車を寄せるからそのままそこにいろと合図しているのだった。ファブリッツィオの姿がまだどこにもない。その瞬間、はっきりと何がどうしたということもなく、あらゆることが一瞬に頭にひらめき、マイケルはアポロニアに向かって叫んだ。「よせ!やめるんだ!」だが、アポロニアはイグニッションのスウィッチを回しており、彼の叫び声はすさまじい炸裂音の中にかき消されていた。

ゴッドファーザー145シシリー

ゴッドファーザー115シシリー爆破

 気がついてみると、部屋の中はまっ暗になっており、話し声は聞こえるが、それはとても低く、言葉というよりむしろ断続的な音のようだった。ドクター・ターツァがベッドにかがみこんでいた。「心配ないよ」彼はそう言った。
 ドン・トッマジノが「ファブリッツィオが車をガレージからだしたのかね?」と言った。マイケルが微笑すると、ファブリッツィオが姿を消したこと、マイケルが一週間近く意識不明だったこと、もうじきアメリカに帰れること、ここでおとなしくしていればいいことを、ドンは彼に伝えた。 
 今、マイケルは全てを思い出していた。妻が死んだこと、カロが死んだこと。マイケルはドン・トッマジノに言った。「あんたのところの羊飼いたちに言ってくれ、ぼくの前にファブリッツィオを連れてきた者は、シシリー一の牧場を持つようになるだろうって」
 三ヵ月後、マイケルは飛行機でニューヨークへ運ばれていった。

                (続く…次回は9/21<月>投稿予定)

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