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『ゴッドファーザー(上)(下)』(マリオ・プーヅォ著・一ノ瀬直二訳)を読んで…あらすじ・映画との比較・疑問  ー第2回ー

             原作『ゴッドファーザー』は、“新しい発見の宝庫”だった!

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 木曜の午前中、トムは彼の法律事務所に出掛けて行った。金曜日のバージル・ソッロッツォとの会談に供えて、必要な書類に目を通していた。火曜日夜遅くカリフォルニアから戻ったトム・ハーゲンは、ドンにウォルツとの交渉の結果を伝えたが、ドンは少しも驚いた様子は見せなかった。トムから詳しく話を聞くとドンは、「恥知らずめ」とつぶやき、「そいつは本当に金玉を持っているのかね?」と尋ねた。ドンの質問の本当の意味は、復讐に際し、主義にかけて名誉にかけて、自己の全てを失うことを恐れない男であるか? ということをトムは理解し、「ノー」と答えた。水曜日の午後にドンは電話でトムを自宅に呼び寄せ、指示を与えた。トムはドンの指示に賛嘆の念をいっぱいに示しながら、指示を実行に移すために、その日の残り時間を全て費やした。この時点でトムは、ドンがこの問題を解決し、ウォルツが木曜日の朝にも電話を寄こし、ジョニー・フォンティーンを新しい戦争映画に出演させると明言するだろうと確信していた。
(火曜日の夜、トムからウォルツの話を聞いたドンは、一晩考え、水曜日の午後、トムに指示を与えた。この指示のポイントは、ウォルツが、自己の全てを失うような復讐をされても屈しない男であるかどうか、ということであったと私は思う。トムはノーと答えた。トムがドンに指示され、水曜日の午後、残り時間をすべて使って準備した復讐は、ウォルツにとって自己の全てを失うのに匹敵するような中身であったはずだ。すなわち、それがあの名馬の生首だったのではないか。では、いったいどのようにして?)

 木曜日の昼頃、カリフォルニアから電話が入った。「このろくでなしめ!」ウォルツは金切り声を上げた。「おまえを百年間刑務所にぶち込んでやる。全財産はたいたっておまえをふんづかまえてやるぞ。それから、ジョニー・フォンティーンの金玉を引っこ抜いてやる、聞いてんのか、イタ公?」トムが「私はドイツ系アイルランド人なんです」と答えると、長い沈黙の後「カチッ」と電話が切れた。ウォルツは一言たりとも、ドン・コルレオーネを脅迫するようなことは口にしなかった。

 ジャック・ウォルツはいつも、寝る時は一人だった。この木曜日の朝、どういう訳か彼は早くに目が覚めた。明け方の光に、広々とした寝室が靄のかかった牧場のように霞んで見える。彼方のベッドの足元のところに見慣れた形のものが置いてあり、ウォルツはもっとはっきり見ようと肘をついて上体を起こした。馬の頭のような形をしている。ぼんやりした頭でそう考えながら、ウォルツは手を伸ばし、ナイトテーブルの上のランプのスウィッチをひねった。
 その物をはっきりと見定めたとたん、ウォルツの身体は変調をきたしてしまった。心臓の上を巨大なハンマーでぶん殴られたようで、鼓動が不規則になり、胸が悪くなった。そして次の瞬間、彼はぶ厚い絨毯のうえに胃袋の中身をぶちまけていた。 
 胴体から切断された、名馬カートゥムの黒い絹のような頭が、どろどろした血の海の中に突っ立っていた…。(ちなみに、あの「馬の生首」は本物が使われていた。劇中の馬を殺したわけではなく、馬肉で製造されるドッグフード製造工場から拝借したものである)

ゴッドファーザー93生首④

 ウォルツが受けたショックは激甚なものだった。60万ドルもする動物を殺してしまうとは、いったいそいつはどんな人間なのだ? 残忍きわまりないうえに、一切の価値を無視し、しかも自分が掟であり神ですらあることをほのめかしている。それにこの命令を自己の権力と巧妙な計画において指示した男は、ウォルツの厩舎の警戒網を歯牙にもかけていない。カートゥムはきっと、多量の睡眠薬を盛られたのだろう。そしてその間に何者かが、巨大な三角形の頭を斧でもってゆっくりと切り落としたのだ。だが昨夜の夜警たちは、何一つ物音を耳にしなかったという。奴らは買収されたに違いなく、買収したのが誰なのか是が非でも聞き出さねばならない。
 しかし、ウォルツは決して馬鹿ではなかった。自分がこの世で行使している権力のほうが、ドン・コルレオーネのそれよりも巨大であると錯覚してしまったのである。彼の有りあまる富や、大統領・FBI長官との親交があるにも関わらず、ドン・コルレオーネは彼を殺すことが出来るのだ。なぜだ?ジョニー・フォンティーンに望みの役を与えないから? それは信じられないことであり、そんな真似をする権利は誰にもないはずだ。断固たたきつぶすべきで、絶対に許すことはできない。
 医者に鎮静剤を処方してもらったウォルツは、やがて冷静に考えを進めだした。ドン・コルレオーネは60万ドルもする世界的な名馬の惨殺を、さりげなく指示した。しかもこれがほんの小手調べなのだ。ウォルツは身震いし、これまでの人生に思いをはせた。一時の気まぐれでそのすべてを失うことができるだろうか。コルレオーネを刑務所に送ることはできても、競走馬を殺したからといって、どれほどの罪になるのだろう。自分がこんなにも軽々しく扱われたのが知れ渡ったら、カリフォルニアじゅうの笑い物になってしまうだろう。ウォルツは必要な指示を与え、召使にも医師にもいっさい胸に秘めていることを誓わせた。新聞には、競走馬カートゥムは英国から船で輸送中にかかった病気がもとで、死亡したと発表された。
 それから6時間後、ジョニー・フォンティーンのもとに撮影所の最高責任者から電話がかかり、来週の日曜日に仕事に出てくるように彼に伝えた。

 その日の夕刻、トムは翌日に控えたバージル・ソッロッツォとの重大な会見についての打ち合わせのため、ドンの家に赴いた。トムはドンとソニーの前で説明を始めた。「ソッロッツォの目的は、われわれの援助を受けることにあります」 ソッロッツォはトルコに拠点を持ち、そこで芥子の栽培をしてシシリーの加工工場でモルヒネとヘロインを製造していた。マフィアの援助を得てアメリカで麻薬の密売を企てていた。タッタリア・ファミリーはすでにソッロッツォに援助を約束しており、相応の割前を受け取るはずである。彼らは、ソッロッツォのことを“ターク(トルコ人の意)”と呼んでいた。ドンは、トムの話を聞き終えると、一服しながらソニーに尋ねた。「ソニー、おまえの考えは?」ソニーはぐいとスコッチを飲み干し、「あの白い粉は金のなる木とおんなじだが、危険も大きい。やるんだったら、資金と安全面にだけ手を貸して、実際面は向こうに任せるようにすべきでしょうね」ドンは、トムにも聞いた。「私の考えでは、提案を受け入れるべきです」トムは説明をはじめた。麻薬は他のビジネスとは比較にならないほどの潜在的財源を確保していること、いずれは麻薬が賭博や組合からの財源にとって代わるだろうことなどをドンに語った。ドンは非常に感銘を受けた様子だった。「それで、おやじさんの返事はどうなんです?」とソニーがドンに訊いた。ドンは細かい点を聞くまでは何とも言えないと答え、部屋を出て行った。
 バージル・ソッロッツォは中肉中背ながらしっかりとした身体つきで、濃い肌の色をしていた。三日月形の鼻に黒い冷ややかな瞳、そして相手を圧倒するような威厳を全身にみなぎらせている。トムは、ルカ・ブラージを除いてこれほど険悪な顔をした男を見たことがなかった。
 ソッロッツォは直ちに要件に入ってきた。ビジネスの内容は麻薬で、準備はすべてととのっていること、トルコの栽培者が一定量の出荷を約束したこと、利益は莫大で、少しの危険も存在しないことをドンに語った。「それではなぜ、私のところに?」 ドンが尋ねるとソッロッツォは、200万ドルの現金が必要なこと、部下が捕まった時、刑期を1・2年以下になるよう保証してほしいことを話した。「で、私のファミリーの取り分は?」「50%です。最初の年のあなたの取り分は、300万から400万になるでしょう。2年目からはそれ以上に…。」「それで、タッタリア・ファミリーの取り分は?」 ソッロッツォはかすかな動揺を見せた。ドンは、彼の話が終わると「なるほど、つまりわれわれは、資金と法律面を援助するだけで50%いただけるというわけですな。そして運営面には一切タッチする必要がないと?」
 ソッロッツォはうなずいた。「この件に対する返事は残念ながらノーです」と、ドンは静かに言い、その理由を語った。利益は莫大だがそれだけ危険を伴うこと、他のビジネスをダメにする可能性があること、多くの政治家の友人が麻薬は汚い商売だと思っていること、ファミリーを危険な目に遭わせるわけにはいかないことを。それでもソッロッツォは、ドンに食い下がった。

 ソニーが事態の判断と展望を見誤る重大な過誤を犯したのは、まさにこの時だった。「タッタリア・ファミリーはわれわれから手数料をとらずに投資金の返済を保証すると言うんですね」
 トムは青くなった。ドンの顔は石のように堅くなり、厳しい目つきでトムをにらみつけている。ソッロッツォはドンの要塞に亀裂を発見した。
「若い連中は欲が深くて困りますな。しかも近頃では、礼儀をわきまえず、目上の者に反抗し、いらぬ口出しばかりをする。私もごらんのように、自分の甘さがたたって息子をだめにしてしまったようです。ところで、セニョール・ソッロッツォ、私の返事がノーであることに変わりはありません。あなたのビジネスの成功をお祈りします。あなたのご期待にそうことができず、申し訳ありませんでした」

ゴッドファーザー76ソロッツォ⑦

ゴッドファーザー78ソロッツオ⑧

ゴッドファーザー51ソロッツォ④

 ソッロッツォを送り部屋に戻ったトムに、ドンが言った。「あの男、君はどう思うかね?」「彼はシシリー人ですよ」トムはそっけなく答えた。ドンはうなずきながらソニーに向かって、自分の考えをファミリー以外の人間に知らせないこと、若い娘との遊びが過ぎて脳みそが柔になってしまったのだろうことを皮肉と叱責交じりに伝え、直ぐ部屋を出ていくように言った。
 ドンは肘掛椅子に深々と腰を下ろし、トムを見上げて言った。「ルカ・ブラージを呼びにやってくれ」

 それから三か月後、トムはニューヨークに来ているマイクからの電話の後、オフィスから出て街を歩き始めた。すると、誰かが前に立ちはだかった。驚いたことに、それはソッロッツォだった。彼はトムの腕を押さえ、「驚くことはないさ、ちょっと話がしたいだけなんだ」トムが腕を振りほどいたが背後から二人の男が近づき、ソッロッツォがゆっくり話を始めた。「車に乗ってもらおうか、殺るつもりだったらとっくの昔にあんたは死んでるさ、信用してもらいたいね」トムは自ら車に乗り込んだ。

 マイケルは、ケイとともにクリスマスの近づいたニューヨークで食事をしたり映画を見たりして過ごしていた。

ゴッドファーザー75ケイとの買い物

ホテルのロビーまで戻ると、マイケルはケイに新聞を頼んだ。マイクが、手にした新聞に穴のあくほど見下ろしていたケイに近づくと「ああ、マイク」とあふれる涙で彼女は言った。マイケルはケイの手から新聞をひったくった。最初に彼の目に映ったものは、頭を血だまりに突っ込み、路上に横たわっている父親の写真だった。道路の縁に座り込み、子どもみたいに泣き叫んでいる男はフレディに違いなかった。冷え切った怒りを胸に、マイケルはケイを抱えながら部屋に戻ると、新聞をひろげた。新聞にはこう書いてあった。
<ヴィトー・コルレオーネ狙撃される-これによりギャング団の首領と目される彼は危篤状態となり、当局の厳重な警戒の下に手術が行われた。今後のギャング団内部の血なまぐさい抗争が懸念される>

 マイケルはケイに向かって言った。「親父はまだ死んじゃいない…。」そしてソニーに電話をした。「おやじはどうしてる? 傷は深いのかい?」「ああ、かなりな、5発も喰らったんだ。しかし親父はタフだからね。医者の話じゃ危険はないそうだ。ところで、おい、今どこにいるんだい?」「ニューヨークさ、ぼくが来るってことトムから聞かなかったかい?」ソニーは声をひそめた。「奴らトムをさらっていきやがったんだ。奥さんはまだ何も知っちゃいない、ポリのほうも同様だ。すぐにここへ来てくれ、ただし、必要なこと以外はしゃべるな。オーケー?」「オーケー」マイクが言った。「誰がやったのか見当はついているのかい?」「もちろんさ」ソニーが言った。「ルカ・ブラージが動き出したら、死体がごろごろってことになるだろうぜ。こっちにはまだ兵隊が全員無傷で残っているんんだ」「1時間後にそっちに行くよ」マイクが言った。ルカ・ブラージはどこにいるのだろう?

 その日の午後5時15分前頃、オリーブ・オイル会社の仕事を終え、ドンは家に帰るための車をポーリ―に出すよう、フレッドに言ったが、彼は風邪で休んでおり、フレッドが運転することになった。戸外にはもう、早い冬の夕暮れが訪れていた。建物から出てきた父親に気づくと、フレディは運転席に乗り込んだ。ドンも歩道側から車に乗ろうとしたが、通りの角近くにある露店の売店に寄り、果物を買った。待ち受けている車の方に向き直った時、通りの角から二人の男が姿を現わした。その瞬間、ドン・コルレオーネは今何が起ころうとしているかを感じ取っていた。彼は袋を放り出すや、素早く車めがけて走り出し、「フレドー、フレドー」と叫び声を上げた。二人のガンマンは、一発目をドンの背中に命中させたが、まだ倒れないドンに対し、次の二発を腰に当てた。

ゴッドファーザー67ドン襲撃2

とどめを刺そうと近づいた時、フレッドが姿を現わした。ガンマンたちはさらに二発撃ちこんだ。一発は腕に、もう一発は右足の脹脛に命中した。致命的な傷は負わなかったが、激しい出血のためにドンは意識を失った。二人の暗殺者は素早く姿を消し、血を流し横たわる父親のそばにフレッドひとりが取り残された。

ゴッドファーザー87ドン襲撃③

 父親が狙撃されてから30分の間に、ソニーは続けざまに5回の電話連絡を受けた。ファミリーから金を受け取っている刑事、ファミリーの許可を得てドンのオフィスのある地区で店開きをしている賭け屋、≪デイリー・ニューズ≫の記者、その間に、ソニーはトムの自宅に電話をしたがまだ帰っていなかった。4回目はソッロッツォからだった。「トム・ハーゲンはこっちで押さえている。3時間ぐらいしたら彼を離す。彼の話を聞くまでは何もするんじゃないぜ」、5度目の電話はクレメンツァからだった。ソニーは、ポーリ―・ガット―を連れて親父の家に行くよう伝えた。ソニーは、父親の家に向かい、母親に父が怪我をしたことを伝えた。母親はやがてイタリア語で尋ねた。「誰かに撃たれたんだね?」ソニーはうなずき、キッチンを出て二階の寝室に行く母親を見守った。
 ソニーが専用電話で最初に電話をかけたのは、ルカ・ブラージだった。だが、返事はなかった。次にブルックリンにいる幹部のテッシオに電話し、事件のあらましを伝え、ドンの護衛を50名ロングビーチに送ってもらうことになった。ソニーは再び、ルカ・ブラージの家に電話を入れたが、やはり返事はなかった。いったい、ルカ・ブラージはどこにいるのだろう?

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 トムを乗せた車は20分程で止まり、彼らはとあるアパートの地下室に下りて行った。ソッロッツォはテーブル越しにトムの正面に座り、口を開いた。
「何もあんたを痛めつけようってわけじゃないんだ。あんたが腕っぷしを売り物にしてるんじゃないってことは先刻承知だ。ただ、コルレオーネの連中とこの私の手助けをしてもらいたいだけなのさ。あんたのボスは死んだよ。オフィス前の路上で殺ったんだ。その知らせを受けると同時に、私はあんたをつかまえにいった。俺とソニーの仲をうまく取り持ってくれるのはあんたしかいないからね」トムの目からは涙があふれ、黙って話を聞いていたが、ドンを思う悲しみの深さに自分ながら驚いていた。ソッロッツォが続けて言った。「ソニーは私の話に乗り気だった。ちがうかね?それに、そうするのが賢明ってものなんだ。私は新しい取引を用意している。ソニーがそれを引き受けるよう、あんたに彼を説得してもらいたいんだ」トムが言った。「そいつは無理というものさ。ソニーは何がなんでもあんたをつけ狙うだろうからね」

ゴッドファーザー82トム③

ゴッドファーザー84ソロッツオ⑨

 ソッロッツォがもどかしげに言った。「われわれの戦争はニューヨークのファミリーたちを傷つけ、ビジネスに被害を与えることになるんだ。ソニーがこちらの取り引きを受け入れてくれたら、他のファミリーも目をつぶっていてくれると思うんだがね」
トムはウィスキーを注いでもらって言った。「やってみるよ。しかし、ソニーはコチコチの石頭でね。それにこちらには、ソニーにも手に負えないルカがいる。ルカだけは気を付けた方がいい。たとえ私があんたの提案を受け入れるとしても、ルカを説得することは無理だろうね」

ゴッドファーザー80トム②

 ソッロッツォが静かに言った。「ルカはこちらで引き受けるよ。だからあんたはソニーと二人の弟を引き受けてもらいたい。それから彼らにこうも話してくれ。フレッドが今日死なずに済んだのは、ドン以外の人間を撃ってはならないと私が命令したからだってな…。」
 トムはその時、はっと思い至った。ソッロッツォはあんなにも平然としているが、ルカ・ブラージの身に何か起こったのではあるまいか? ルカはすでに取り引きをしてしまったのだろうか?彼は、ドンがソッロッツォの提案を拒否した晩に、ルカが事務室に呼ばれ、ドンと内密の協議をしたのを思い出した。しかし、今はコルレオーネの要塞まで無事に帰り着かねばならない。トムは「全力をつくしてみるよ。」とソッロッツォに向かって言った。その時、ソッロッツォに電話が入った。ドンがまだ生きていることを、ソッロッツォとともにトムも知ることとなった。

                (続く…次回は8/17<月>に投稿します)





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