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『ゴッドファーザー(上)(下)』(マリオ・プーヅォ著・一ノ瀬直二訳)を読んで…あらすじ・映画との比較・疑問  ー第3回ー

   小説『ゴッドファーザー』は、“新しい発見の宝庫”だった!

〇4~11
 ドン・コルレオーネがソッロッツォ一味に襲撃されたことを知り、マイケルが父親の家に到着した場面~~レストランで、マイケルがソッロッツォとマクルスキー警部を拳銃で殺害する場面(P166~P289=Netflix:90分/177分)

〇クレメンツァは、裏切者の部下、ポーリ―・ガット―をどのように始末したのか?
〇ルカブラージがソッロッツォに殺されるまでの経緯は?
〇ソッロッツォに対するコルレオーネ・ファミリーの対応と、マイケルの心の変化は?


                

 マイケルが父親の家に到着してみると、知らない男ばかりがひしめいていた。居間にはトムの妻のセレサとクレメンツァ、ポーリ―・ガット―がいた。クレメンツァが低い声で言った。「お袋さんはおやじさんと一緒に病院にいるよ。彼ももう心配することはないがね」、ポーリーに「フレッドは大丈夫かい?」とマイケルが尋ねると、「医者が注射を打ってね、彼は今眠っているよ」とクレメンツァが言った。マイケルがセレサとともに父親の事務所に入っていくと、ソニーとテッシオがメモ帳と鉛筆を持ち長椅子に座っていた。
「ぼくたちは病院に行かないのかい?」
 ソニーは首を振り、そっけなく言った。「事件の片がつくまで、俺はこの家を離れられないんだ」ソニーが電話に応対している間、マイケルは机のそばに行き、ソニーが書き込んでいた黄色いメモ帳を覗き込んだ。そこには、ソッロッツォ、フィリップ・タッタリア、ジョン・タッタリアの名前があった。ソニーはテッシオと、殺害する人間のリストを作成中だったのだ。
 ソニーはトムの妻セレサに言った。「誓ってもいい、トムは大丈夫だよ。居間で待っててくれれば、何かわかりしだいすぐに知らせるからね」彼はセレナの背後でドアを閉めた。マイケルは大きな革張りの肘掛椅子に腰を落ち着けた。ソニーは、おやじが烈火のごとく怒るから、マイクにもこの事件に関わらないように言ったが、いつまでもガキ扱いはよしてくれと、マイクはソニーに反論した。ソニーは言った。「口だけはずいぶんと達者になったもんだぜ。オーケー、お前はここにいて、電話の番をしてくれ」 再びソニーが言った。誰かがおやじを裏切ったのは間違いないこと、クレメンツァかポーリ―・ガットーか、自分にはもう分っているがどっちだと思うか、そうマイケルに訊いた。マイケルは慎重に事態の検討にかかったが、どちらも違うと思うとソニーに答えた。ソニーはにやりとしていった。「心配するなって、クレメンツァは白だよ。裏切ったのはポーリーだ」マイケルには、テッシオが安堵の息をついたのが分かった。

   テッシオを退出させ、ソニーはマイケルと二人で話をした。ソニーは、電話会社の仲間に、ポーリーとクレメンツァが受けたりかけたりした電話を全て調べさせたこと、ポーリ―が休んだ三日間とも、おやじのオフィスの向かい側の電話ボックスから、やつ宛に電話がかかってきていることをマイケルに伝えた。また、クレメンツァでなくてよかったとも付け加えた。さらに、ソニーは、トムの安否が心配だと話した。マイケルは虚を突かれた思いだった。「それはまたどうして?」ソニーは、トムを生かすも殺すもソッロッツォの気分次第だと伝えた。「なんだってソッロッツォは、兄さんと取り引き出来ると考えたんだい?」ソニーは顔を赤らめ、2・3ヵ月前にソッロッツォと会ったこと、おやじが申し出を蹴ったが、自分が口をすべらせて取り引きに応じてもいいような素振りをしてしまったこと、あれは失敗だったことをマイケルに話した。

「実際のところ、おやじがもし死んでたらどうした?」とマイケルが尋ねると、ソニーは単純明快に答えた。「ソッロッツォは生きちゃいないね。どれだけ金がかかってもかまわん。ニューヨークの五大ファミリーを相手にしたってかまわん。タッタリア・ファミリーもたたきのめしてやる。たとえ共倒れになろうととことんやっただろうな。」「おやじだったらそうはしないと思うがな」マイケルは静かに言った。ソニーは荒々しい身振りをして続けた。ファミリーの中には戦に慣れた連中がわんさといること、あとはルカと連絡がとれさえすればいいことを。「ルカってのは実際そんなにタフなのかい?」ソニーはうなずいてみせた。「彼は特別だよ。タッタリアの三人を彼にやらせるつもりなんだ。ソッロッツォは俺がやる」ソニーの話を聞き、マイケルは復讐のためのいざこざに巻き込まれないことを感謝したい思いだった。
 その時、トムの妻セレサの、甲高い悲鳴が聞こえてきた。照れくさそうな顔つきのトムが、居間に立っていたのだ。トムは彼女をそっとソファの上にかかえ下ろすと、マイケルに向かって言った。「会えてうれしいよ、マイク、本当によく来てくれた」それだけ言うと、彼は事務室の中に大股で入っていった。

                  

 ソニー、マイケル、トム、クレメンツァ、テッシオの全員が建物の端の事務室にそろったのは、明け方の4時近くだった。トムは、ソッロッツォが申し出た取り引きを伝えた。自分がコルレオーネ・ファミリーに説得して取り引きさせること、ソニーが本当はドンがいなくなったことを喜んでいるのではないかとソッロッツォに思いこませたことを。

 ソニーはわかっているというような身振りをしてみせた。「仕事にかかろう。計画を立てねばならん。俺とテッシオが作ったこのリストをちょっと見てくれ。テッシオ、クレメンツァにコピーをやってくれ」「計画を立てるなら、フレディもいたほうがいいのでは?」とマイケルが言ったが、ソニーは、フレッドがおやじが撃たれたことにひどいショックを受けていて、安静にしているように言われたことを伝えた。「フレディは省こう」とトムが言った。そして、ソッロッツォは本当に危険人物だから、ソニーは家にいた方がいいこと、殺すのはソッロッツォだけがいいことを伝えた。

 ソニーがクレメンツァに、ポーリーをまず殺るように言うと、クレメンツァが首をうなずかせた。トムが尋ねた。「ルカはどうしてる?ソッロッツォはルカは心配してないようだぜ。それで俺は心配なんだ。もしルカが俺たちを裏切ったら、本当に厄介なことになる。誰か彼と連絡をとったかい?」マイケルが電話したが、呼び出し音が聞こえるだけであった。ソニーが苛立ちげにトムに言った。「君はコンシリエーレだ、いったい俺たちは何をしたらいいのかね?」トムはウイスキーのボトルを取って言った。ドンが回復するまでソッロッツォと交渉を続けること、もしドンが死んだら取り引きをすることをソニーに伝えた。「そう言うのはたやすいだろうよ。やつらが殺ったのは君のおやじじゃないんだからな」ソニーは、顔面蒼白になりながら怒りをぶつけた。「個人的には、私はあのろくでなしどもを皆殺しにしてやりたいぐらいだ」とトムが言うと、ソニーは自分の発言に恥じ入り、トムに弁解した。

 しばらく考え込んでソニーは伝えた。交渉は続けていくこと、トムもマイケルも行動に注意すること、テッシオは部下を集めてソッロッツォを探らせること、クレメンツァは、ポーリ―の件が片付いたら身内をファミリーの敷地内に移して、テッシオの者たちと代わること、マイクは家で電話番をすることを。

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 その晩、クレメンツァはよく眠れなかった。イタリアパンを大きく切った上に、ジェノバ・サラミの厚切れをのせて朝食を摂った。アニス酒を加えた熱いコーヒーを飲んだ。家をぶらぶら歩きまわりながら、今日の仕事のことについて思いをめぐらしていた。ポーリーは今日殺らなければならない。だが、経歴に非の打ちどころがないポーリ―が裏切り者になるなどと、誰が予想しえただろう?
 クレメンツァは、ファミリーの中から誰をガット―に代えて“カポレジーム(幹部)”にするか悩んでいた。三人の名前を思い浮かべたが、結局、ロッコ・ランボーネにすることに決めた。「俺の家に来てくれ、用があるんだ」クレメンツァは、ランボーネが電話の向こうから「オーケー」とだけ言ったことに気づいて満足した。いい奴だ。そして付け加えた。「急がなくてもいい、朝飯と昼飯を腹に入れて来てくれ。だが2時より遅くはならないようにな」
 クレメンツァは自分の計画をざっと復習してみた。ポーリーは鼠のような奴で、危険を嗅ぎつけられる恐れがある。それに、ドンがまだ生きているとあってはロバみたいにびくびくしていることだろう。彼はロッコが同行するうまい口実をつくり、三人が出かけるためのもっともらしい仕事を見つけることに思慮をめぐらし、危険が入り込む余地のない、確かな仕事を考えた。
処刑は公開でなければならない。死体は発見されなければならないのである。裏切ろうとしている者を恐れさせ、敵にコルレオーネ・ファミリーはけっして間抜けでも能無しでもないと警告するためにも、公開でなければならなかった。スパイのあっけない発覚でソッロッツォは用心することだろう。
 クレメンツァは殺し方の方法を色々と悩んだが、一つの解答が頭に浮かんだ。ファミリー間の緊張が高まってくると、対立者たちは秘密のアパートに本部を置き、“戦闘要員”は部屋中にばらまいたマットレスの上に寝ることになる。通常、秘密のアパートを借りてマットを敷きつめるために、信用ある幹部が派遣されることになる。あらゆる準備をするためにクレメンツァがガット―とランポーネを連れていくのは自然なことであった。
 ロッコ・ランポーネは早めに到着し、クレメンツァはするべき仕事と二人の役割を説明した。そして、書斎の金庫から拳銃を取り出し、ランポーネに渡した。クレメンツァの妻が書斎のドアをノックし、ポーリーが着いたことを知らせた。車道に停めてあるポーリーの隣の助手席に乗り込み、クレメンツァは、ひどく腹を立てているといった表情でぶつぶつと言っていた。ランポーネが後部席の真後ろに座るや、ガット―は言った。「ロッコ、もっと向こうに座ってくれよ、お前のようなでっかい奴だとバックミラーが見えなくなっちまうんだ」ランポーネはクレメンツァの背後に座るよう、席を移した。

ゴッドファーザー95クレメンツァとポーリ―


 クレメンツァとランポーネは、ガット―に感づかれないように完璧にその役割を演じ、仕事を済ますと無言のままロングビーチに向かった。市に続く一筋の道にさしかかった時、クレメンツァが突然言った。「ポーリ―止めてくれ、小便をしてくる」長らく彼と働いてきたガット―は、この太った幹部の膀胱の調子が悪いことをよく知っていた。彼は、ハイウェイから沼地に続く柔らかい土のほうへ車を乗り入れた。クレメンツァは実際に用をたして、車に入ろうとドアをあけると、ハイウェイの前後に素早く目を走らせながら「やれ」と言った。次の瞬間、車内に銃声がこだました。ポーリー・ガット―は前に飛び出したように見え、身体がハンドルにとびかかり、それから座席にどすんと落ちた。後部席からはい出ると、ランポーネは銃を沼に投げ込んだ。
 クレメンツァとランポーネは急いで、近くに停めておいた別の車に乗り込んだ。クレメンツァを家まで送り届けると、ランポーネはマンハッタンの我が家へと帰っていった。

ゴッドファーザー97ポーリ―殺害

         

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 ドン・コルレオーネが狙撃される前の晩、ルカ・ブラージは敵に会見する準備をしていた。ルカは数か月前から、ソッロッツォの配下の者たちと接触していた。彼はしばしばブルーノ・タッタリアのナイトクラブに立ち寄っては、コルレオーネ・ファミリーの中で自分がどれほど冷遇をされ、自分の価値が認められていないかをこぼす役割を演じた。何事も起こらないまま2ヶ月待った末、ルカはドンに、ソッロッツォは明らかに自分の敗北を認めていると報告した。ドンは、なおも探りを入れること、無理をしてはいけないことをルカに告げた。
 ドン・コルレオーネが撃たれる前の晩、ナイトクラブに立ち寄った。席に着くと同時に、ブルーノ・タッタリアが彼のテーブルにやってきて腰を下ろした。「あんたと話をしたいという友だちがいるんだがね」「つれてこいよ、あんたの友だちなら、誰とだって会うぜ」「いや。彼は内密に会いたがっているんだよ」ルカが尋ねた。「誰だい、そいつは?」「俺の友だちということにしておいてもらおうか、奴はあんたに何か仕事の口を世話したいらしいんだ。今夜遅くにでも会ってもらえないかな?」「いいとも、何時に、どこにしよう?」「このクラブは朝の4時に閉まるんだ。給仕たちが掃除しているあいだに、ここで会うってのはどうだろう?」「わかったよ、いいとも。4時に戻ってくる」ルカは自分のアパートに戻り、防弾チョッキを身に付け、時間になると再びクラブのほうへ歩いて行った。クラブに入るとブルーノ・タッタリアだけが迎えに待っていた。
 ルカはカウンターに座り、ブルーノ・タッタリアはカウンターの向こうにまわった。だがその時、彼は、店の奥の暗がりからソッロッツォが姿を現わしたのに気が付いた。ソッロッツォは彼の手を握り、カウンターの横に座った。「私が誰だか知ってるかね?」ルカはうなずき、不気味な笑みを見せた。「私が君に何を頼もうとしているか知っているかね?」ルカが首を振ると、「たいした儲け口があるんだよ、何百万も手に入るような仕事だ。むろん麻薬のことを言っているのだよ」「なぜ俺に話すんだね?」「ドンには話したが、彼は断ってきた。身を張って売買の邪魔を追っ払ってくれる強い男が入用なんだ」ルカは肩をすくめてみせた。「そう、条件さえ充分ならな」
 ソッロッツォはじっと彼を見つめ、「私の提案を二、三日考えてみてくれ。それからまた話し合おう」そう言って彼は手を差し出したが、ルカは気づかないふりをして、せわしげにライターを出し、タバコを吹かしていた。カウンターの向こうからブルーノ・タッタリアがライターを出し、ルカのタバコに近づけた。そして次に、彼は妙なことをやってのけた。ライターをカウンターに落とすと、ルカの手をひっつかみ、それをきつく握りしめたのだ。
 ルカはただちに反撃し、バーの腰掛からすべりおりるや、身体をよじって逃れようとした。だが、ソッロッツォがもう一方の手首をつかんでいた。背後の暗がりから男が現れ、彼の首に細い絹紐を巻き付けた。紐がきつく締まり、ルカの息を詰まらせた。顔は紫色に変わり、腕の力がしだいに抜けていく。その手を、タッタリアとソッロッツォは軽く握り、ルカの後ろの男が首に巻いた紐をきつく引き絞っているあいだ、そこに立っていた。突然、床が濡れてぬるぬるになった。体内の排せつ物が流れ出ているのだった。ルカの目はひどくびっくりしたように顔から出ており、そしてこの驚愕の色だけが、彼に残っている唯一の人間らしさだった。ルカはすでに息絶えていた。「死体は隠しとけ」ソッロッツォが言った。

ゴッドファーザー119ルカ


  
                  

 ドン・コルレオーネが狙撃された日は、ファミリーの人々にとって実に多忙な一日となった。マイケルは電話番を、トムはソッロッツォとの会見の実現に向け、クレメンツァはポーリーの件で忙殺されていたし、テッシオはルカ・ブラージの行方を捜すように指示されていた。ドンの狙撃の前の晩以降、ルカの足跡はぷっつりと途切れていて不吉な徴候だった。しかし、ソニーには、ブラージが裏切ったとか不意打ちを喰ったとはどうしても思えなかった。母親とコニーは、ドンを見舞えるようファミリーの知人の家に寝泊まりしていた。フレディはまだ、両親の家の自室で安静状態にあった。その日の午後遅く、ハリウッドのジョニー・フォンティーンから電話があったが、ソニーが、もう少し回復してから会いに来るよう伝えた。ケイからマイケルにも電話が入った。今夜食事を一緒に摂って、その後、マイケル一人で病院に行くことにした。
 クレメンツァはやっと一日の仕事から戻り、彼らはみな事務室に集まった。ソニーが彼にぶっきらぼうに訊いた。「奴の始末は?」クレメンツァはうなずいて言った。「もう奴には会いたくたって会えないね」マイケルは、ポーリーがクレメンツァに殺されたのだということを理解した。ソニーがトムに尋ねた。「ソッロッツォのほうは、うまくいきそうかね」トムは頭を振り、彼が交渉に乗り気じゃないこと、ひどく用心深くなっていること、交渉に応じなければならないことは分かっていることを伝えた。ソニーがトムに尋ねた。「ドンの容態に変化はないだろうな?」トムは首をうなずかせた。そして、ソッロッツォがニューヨークのファミリーたちから援護部隊を集めようとしているのではないかということ、大規模な戦いは避けるために、仕事の割前をやるつもりではないかということ、麻薬の仕事を他のファミリーはひどく欲しがっているということを話した。

「奴らが何を望もうと俺の知ったことか。この戦に奴らが手を出すこたあないんだ」トムは少し腹立たし気に、ソニーに言った。「よせよソニー、おやじさんはそうは思っていない…。」ソニーの眼差しはまだ荒々しかったが、納得してテッシオに言った。「ルカに関する情報は?」テッシオは首を振った。トムが静かに言った。「ソッロッツォはルカのことを気にかけていなかった。それで私は変だと思ったんだ。あれだけ抜け目のない奴が、ルカのような男のことを心配しないなずはない。恐らく、奴は何らかの方法でルカをけしたんだろうな」クレメンツァがゆっくりと言った。「ルカは誰よりもおやじさんを尊敬していた。ルカは絶対に裏切ったりしない。たぶん、二、三日どこかへ出かけているだけだろう」テッシオが肩をすくめて言った。「ソッロッツォがルカに不意打ちを掛けたんだと思う。最悪の事態を覚悟しているべきだな」マイケルが遠慮がちに口を切った。「ぼくは奴がひそかに切り札を用意しているんじゃないかと思う。それが分かれば主導権はこっちでにぎれるんだが…。」
 ソニーはテッシオに向かって、ドンの入院している病院の守りについて尋ねたが、テッシオは万全であると答えた。マイケルが、今晩病院に行っておやじを見舞うことを、ソニーに話した。しかし、ケイと会うことは、ソニーには言わなかった。 
 キッチンで大きなざわめきがした。クレメンツァが何事かと出ていき、戻ってきた時、その手にはルカの防弾チョッキがかかえられてていた。チョッキには大きな死んだ魚がくるんであった。マイケルが面喰って尋ねた。「この魚いったいどういう意味だい?」トムが答えた。「つまり、ルカは海の底で眠っているということさ。シシリーに伝わる古いあいさつだよ」

ゴッドファーザー104ルカの死

 

                

 その晩、マイケルは街に出かけた。マイケルは、自分のファミリーについてケイに正直に話せないことに良心の呵責を感じ、気分は重かった。ソッロッツォについては、大胆で、利口で、並外れた気力を持った男で、どんな手口でくるか予想がつかないと考え始めていた。
 ホテルに着くと、ケイと二人で夕食をとった。その後、二人はベッドで服も脱がずに愛し合った。そのまま二人は少しうとうとしていたが、マイケルが急に身体を起こし、腕時計を覗き込んだ。「しまった。もう十時近いよ。病院に行かなくちゃ」ドアを出ていくマイケルにケイが言った。「今度はいつ会えて?」マイケルは彼女にキスをして言った。「ぼくは君を巻き込みたくない。クリスマスの休暇が終わったら、大学に戻るよ。今度はハノーバーで会おう、オーケー?」「オーケー」彼女は言った。
  
 フレンチ・ホスピテルの前でタクシーを降りたマイケルは、通りにまったく人影がないのを見てびっくりした。マイケルは緊張し、神経は油断なく研ぎ澄まされていた。彼はまっすぐ4階にある父親の部屋に向かった。いったい刑事やテッシオ、クレメンツァの部下たちはどこに?開いたままになっているドアの中にマイケルは入った。父の顔は全くの無表情で、不規則な呼吸に伴い、胸が浅く上下していた。ベッドの横の掛け具から垂れている管が、彼の鼻に続いていた。若い看護婦が応対していたが、マイケルは息子だと伝え、しばらく父親の傍に居たいと言った。そして、ロングビーチの自宅に電話した。

「ソニー、ぼくは今病院にいる。遅く病院に着いたんだ。ところがソニー、ここには誰もいないんだよ。おやじは全くの無防備だったんだぜ」長い沈黙があり、ソニーの声が伝わってきた。「それは、ソッロッツォの仕事だな?」「ぼくもそうは考えたよ。でも奴はいったいどうやって警官にみんなを立ち退かせたんだ?ひょっとしたら、ソッロッツォの野郎、ニューヨーク警察まで抱き込んでしまったんじゃないのかい?」ソニーはマイケルをなだめながら、15分以内に人を行かせることを告げた。マイケルは、今度の事件が起こってから初めて、自分の内に激しい怒りが、父親の敵に対する冷たい憎しみが湧き上がってくるのを感じていた。彼はソニーの指示を無視しようと決心していた。

ゴッドファーザー59病院のマイケル

 そして、看護婦に事情を説明し、ベッドを他の部屋に移したいと話した。「廊下の隅に」看護婦が答え、短時間のうちにベッドの移動を行った。ベッドから父のしわがれた声が聞こえた。「マイケル、どうしたのだね?」マイケルは、誰かが殺したがっているから、絶対に音を立てないように父親に伝えた。ドンは、昨日自分の身に起こったことをまだ完全には自覚しておらず、ひどい苦痛の中にあったが、末の息子に温かく微笑みかけた。

ゴッドファーザー85ドン


  
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 病院は入り口が一つだけのこじんまりとしたものだった。病院に入って来ようと思う者は、誰でもこの入り口を通ってこなければならない。マイケルは4階を駆け下りて、病院の外の歩道に立ち、タバコに火をつけた。9番街のほうから、小わきに包みをかかえた一人の若者が急ぎ足で歩いてきた。明かりの下に入っきたその顔には見覚えがあった。若者はマイケルの前で立ち止まり、話しかけながら手を差し出した。「ドン・マイケル、ぼくを覚えてますか?」 
 パン屋ナゾリーネの義理の息子、エンツォだった。「お父さんにご機嫌をうかがいに来たんですが、こんなに遅くても病院に入れてもらえますか?」マイケルは頭を振った。「それがだめなんだ、でもとにかくありがとう」その時、一台の車が騒音と共に近づいてきた。「急いでここを離れるんだ、面倒が起こるかも知れない」若者はイタリア語で囁いた。「手助けに残ります。ゴッドファーザーにはそれだけお世話になっているんです」マイケルは心を打たれ、そして考えた。 ― 病院の前に二人の男がいれば、ソッロッツォの部下は驚いて引き下がるかも知れない ― マイケルはエンツォにタバコを渡し、火をつけてやった。タバコを吸い終えた頃、長く低い車体の黒い車が9番街から30丁目に曲がり、歩道すれすれに二人のほうへゆっくりとやってきて止まりそうになったが、それから速度を増し、二人の前を通り過ぎた。マイケルはエンツォにタバコをもう一本渡すと、彼の手が震えているのに気がついた。

ゴッドファーザー㉞パン屋


 十分ほどすると、突然、警察のサイレンが夜のしじまを破った。パトカーとポリスカーが病院の前に止まった。ソニーが手を打ってくれたに違いない。
 帽子に金筋の入った大柄な警部が、容赦のない調子で言った。「いったいおまえは何者だ」私服の刑事の一人が口をはさんだ。「こいつはマイケル・コルレオーネだ。ドンの息子ですよ」 マイケルは穏やかに言った。「ぼくの父を護衛しているはずの刑事はどうしたんだい?誰の命令で彼らは持ち場をはなれたんだ?」「やかましい、貴様のような与太者がこの俺に仕事の指図をしようってのか?俺だよ、俺が命令したんだ…さあ、出ていけ。この道路から消え失せろ、くずめが…」マイケルはなおも彼をじっと見つめていた。そして、すさまじい勢いで思いを巡らしていた。…これはすべて、ソッロッツォの仕業か、…そう考えると何から何までしっくりいく。「ぼくは、あんたが父の部屋のまわりに護衛をつけるまでは、この病院を離れないよ」 警部は横に立っている刑事に言った。「フィル、この若造をぶちこんどけ」マイケルは意図的な悪意をこめて言った。「おやじを罠にはめて、タークからいくらせしめようというんだね、警部」「奴を押さえてろ」マイケルは、両脇を押さえつけられ、大きな拳で頬骨あたりを痛打された。口の中は血と、自分の歯だと気づいた小さな固い骨のようなものでいっぱいになっている。私服の刑事が言った。「どうしたんです、警部、本当に奴に怪我させてしまいましたぜ」
 赤い霞を透かして、マイケルはさらに何台もの車が歩道の脇に止まり、男たちが出て来るのを見て取った。クレメンツァの弁護士が、話しかけていた。マイケルを逮捕したら、明日判事に理由を述べなくてはならないこと、マイケルは告訴するつもりがあるのかということを。マイケルは言った。「滑ったんだ、滑って転んだんだよ」彼は、身の内に染みわたる憎悪の波立ちを、今はかくしておきたかった。
 病院に運ばれ、翌朝目を覚ましたマイケルは、顎が針金でつなぎ合わされ、左側の歯が4本なくなっているのを知った。ベッドの傍らにはトムが座っていた。トムは、ロングビーチに帰ってほしいとソニーが言っていることを伝えた。そして、帰りの車の中、トムが言った。刑事の中には、ソニーの息のかかったフィリップスという男がいること、その男の話では、警部のマクルスキーは信用できないところがあるが、ソッロッツォが大金を掴ませたのだろうということ、マクルスキーはドンを罠にはめるように金を受け取り、もう一度同じことをやりかねない、とうことであった。「ぼくが怪我したことは新聞に出たのかい?」「いや」と、トムは言った。そして、その件は内密にしたこと、そのほうが得策だということを伝えた。「結構だ」マイケルは言った。さらに、パン屋のエンツォはいい奴だ、とトムに伝えた。ソニーが病院の事件の後、強硬になっていて、ブルーノ・タッタリアを殺したこと、ソッロッツォが話し合いたいと連絡してきたこと、おやじさんが狙撃される前の晩にルカが殺されたことを、トムはマイケルに話した。マイケルは言った。「油断すれば誰だってやられるさ」
 
 マイケルとトムはクレメンツァの後をついて、ロングビーチの家の中に入っていった。ソニーはニヤリとして二人を迎えた。そして、交渉人から連絡があり、タークがすぐにでも会見したがっていること、結構だと返事をしたこと、取り引きの条件の聞き役に、マイクを寄こすように望んでいること、マイクの安全は保証すること、奴の部下がマイクを拾い、会見の場所へ連れていくこと、マイクはソッロッツォの話を聞いた後、放されるだろうということを、二人に話した。トムが慎重に話した。「われわれはまず、相手の言い分を聞くべきだな」

 ソニーは大きく首を横に振った。「いやいや、今度はだめだ」「もう話し合いは結構、議論も、ソッロッツォの策略ももうご免だ…」ソニーの頭の中は、ソッロッツォを殺ることでいっぱいになっていた。トムは、警察にいる手先から聞いた話だと、マクルスキーはソッロッツォのボディガードになることを承知したということ、マイケルと会うときはマクルスキーが横に座っているだろうということなどをソニーに話した。

 マイケルが初めて口を開き、トムに尋ねた。「おやじは、病院からこの散歩道まで移せるのかい?」トムは首を振った。「それじゃあ、すぐにソッロッツォを始末しなきゃならないな。待ってはいられないよ。奴は危険すぎるんだ。奴は必ず別の手段でやってくるにちがいない…。われわれはすぐにでもソッロッツォを殺らなきゃならないんだ」ソニーが感慨深げに言った。「そのとおりだな」「マクルスキーのことはどうなんだ?」トムが静かに言った。
 マイケルはゆっくりと言った。ソッロッツォとマクルスキーの二人を殺るべきだということ、マクルスキーは悪徳警官という印象を植え付けるため、充分な証拠を添えて息のかかった新聞記者たちに渡すこと。ソニーが笑いを浮かべて言った。「続けろよ、マイク、もっと聞かせてくれ」マイケルが続けた。会見を二日後と決めて、その間にどこで会見が開かれるか探り出すこと、マイケルにとって危険の恐れのない、夕食時のレストランとかバーがいいと伝えること、所持品を検査されるだろうから、空手で行き、会見のあいだに自分に武器を渡せる方法を考えてほしいこと。そうすれば二人を自分が殺ることを。

 ソニーが笑いながら言った。「おまえが二人を殺るって?どっかの間抜けなお巡りにひっぱたかれたというだけで、おまえはこんなことやる気なのかい?」マイケルが立ち上がって言った。「笑うのはよしたほうがいいぜ」マイケルの急激な態度の変化に、クレメンツァとテッシオの顔から笑いが消えた。その身体は殺気を放ち、ドン・コルレオーネその人の化身であった。ソニーは笑いを止めて言った。「やっぱりおまえはファミリーの人間だ。お前が俺の右腕になってくれるのを待っていたぜ」マイケルは、二人を殺れるのは自分だけしかいないことをソニーに伝えた。ソニーはマイケルに歩みより、抱きしめた。ソニーはクレメンツァに、特殊テープを巻いた安全な拳銃をマイケルに用意すること、マイケルに、自分たちが旅券と国籍証明書を手に入れ、追及が下火になるまで長い休暇に送り出すことを伝えた。トムがみんなに酒を注いで言った。「さてと、目下のところは、次に何をすべきかわかっているわけだ」

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 マーク・マクルスキー警部は子どもの頃から、同じ警官であった父親を見て育ち、裏の工作、いわゆる「袖の下」の旨味を知り尽くしていた。父親と違うのは、自分の息子を“だし”に使うことはしなかったことである。彼はすぐれた警官であり、巡回を決してさぼろうとせず、物乞いをしようと巡回区域に入り込んだ浮浪者や酔っ払いも情け容赦なく追っ払い、それに懲りた彼らは二度とこの区域に足を踏み入れようとしなかった。マクルスキーはきれいな賄賂しか受け取らない立派な警官であり、彼の昇進は着実なものであった。彼は、たとえ相手が何をたくらんでいるのか知っていても、知らないふりをすることをたてまえにしていた。ソッロッツォが、ドン・コルレオーネがいる病院から護衛をはずすことを頼んできた時にも、1万ドルでだまって引き受けた。
 マクルスキーは、内勤の巡査に行き先を告げ、用事があればそこに連絡するように言った。彼は用心する必要があるなどとは思いもしなかった。

 マイケルが国を離れるのに備えて、偽の旅券や海員証、シシリーの港に向かうイタリアの貨物船内での彼の仕事など、すべての準備を整えるのはトム・ハーゲンの仕事であった。同じ日、使者が飛行機でシシリーに派遣された。ソニーは、ソッロッツォとの会見を終えたマイケルを拾う車の運転手を、テッシオに指示した。

 マイケルはクレメンツァとともに、拳銃の操作の練習をしていた。クレメンツァは彼に指示を与え続けた。「使い終わったら、銃はすぐに捨てろよ。手を脇におろしさえすれば、銃は滑り落ちる。誰も気が付きやしないだろう。みんな、あんたがまだ武器を持っていると思だろうさ。みんなはあんたの顔をじっと見ている。急いでその場を出るんだ、だが走っちゃいかん、…みんなはあんたの姿に震え上がっている。だから誰も邪魔しやしないだろう。外に出ればすぐに、テッシオの車があんたを待っている…」

ゴッドファーザー91マイケルとクレメンツァ

 マイケルが訊いた。「ソッロッツォがぼくをどこへ連れていくのか、ソニーはもう探り出したのかな?」クレメンツァは肩をすくめて言った。「まだだ」 そして、ソッロッツォがひどく用心深くなっていること、マイケルは絶対安全だということ、この後、タッタリア・ファミリーとコルレオーネ・ファミリーが全面戦争になるだろうということ、十年に一度くらいはこういう戦争が必ず起こること、相手の出鼻をたたいておく必要があることをマイケルに話した。

ゴッドファーザー63マイケルとクレメンツァ

 二人は車に乗りドンの家に戻った。父親の事務室にいるソニーが言った。「いいか、必ずソッロッツォを先に殺れ。マクルスキーはもっとのろまだし間抜けだ。奴を殺る時間はたっぷりあるだろう。拳銃をすぐに捨てるようにって、クレメンツァから聞いたかい?」「百万遍もね」マイケルが言った。
 電話が鳴った。ソニーが受け、彼はメモを書き留め、それから、「オーケー、そこに行かせるよ」と言うと、電話を戻した。
 ソニーが笑いながら言った。ソッロッツォが取り決めをしてきたこと、彼とマクルスキー警部が今夜8時に、ブロードウェイのジャック・デンプシーの前でマイケルを拾うこと、別の場所で話に取り掛かること、マイケルとソッロッツォは警部が分からないようにイタリア語で話すことを。

 ソニーは革張りの肘掛椅子にどっと腰をおろして続けた。会見場所をどうやって探すか、奴らがマイケルを拾おうとする時に狙うか。トムが言った。「その車にソッロッツォが乗っていなかったら?」そして、トムが指をぱちんと鳴らした。「あの刑事だ、あのフィリップスだよ」ソニーは電話を取り、ダイヤルを回した。「向こうから電話してくれるそうだ」

 それから30分程して電話が鳴った。フィリップスからだった。ソニーは何事かメモを取り、電話を置いた。「マクルスキーは、今夜8時から10時」まで、ブロンクスの<ルナ・アズレ>にいる。誰かそこを知ってるかい?」テッシオが自信ありげに言った。「私が知ってるよ。申し分のない所だ」彼は机にかがみこみ、タバコの吸い殻を使って見取り図を作った。「これが入り口だ…クレメンツァ、大至急、誰かをそこにやって銃を隠させるんだ。あそこの便所は古い型で、貯水槽と壁の間に隙間がある。その隙間に銃を貼りつけさせてくれ…レストランに入ったら、席を立つまで少し待つんだ。いや、席を立つ許可を得た方がいいだろう…だが、出てきたら一刻もむだにするなよ。また腰をおろしたりしないで、そのままぶっ放すんだ。一人二発ずつ、そして足の動くかぎり早く歩いて出ることだ」
 ソニーは考え深げに耳を傾けていた。そして、拳銃を間違いなく隠すようクレメンツァに念押しした。クレメンツァがきっぱり言った。「銃はそこにあるともさ」「オーケー」ソニーが言った。「それじゃ、みんな動き出してくれ」 ソニーに新聞記者の件で尋ねられ、トムが言った。「事が起こったらすぐに、彼らにネタを提供してやるよ」ソニーがマイケルの手を握り締めて言った。「いいかマイク、いよいよ始まるぞ。お袋に黙っていくことについては、俺からうまく言っておくよ。それから、適当な時期を見て、おまえのガールフレンドにも知らせといてやろう。オーケー?」「オーケー」マイクは言った。「ぼくが家にもどれるまで、どのくらいかかると思う?」「少なくとも1年だな」ソニーが言った。
 
 マイケル・コルレオーネは、ブロードウェイのジャック・デンプシーの店の前に立ち、車が自分を拾うのを待っていた。彼は針金を通した顎に痛みを感じ、その苦痛を喜んで迎えたーその痛みが、自分の油断を戒めてくれるだろう。

ゴッドファーザー62ニューヨークの店

 長い黒塗りの車が歩道に近寄って止まり、初めて見る若い運転手がフロント・ドアを開け、「乗りなよ、マイク」と言った。後部席には、マクルスキー警部とソッロッツォが座っていた。シートの背越しに握手し、マイケルに言った。「来てくれて嬉しいよ、マイク。私は、これですべてにけりがつくことを願っている。私は今回のような事態になることは、望みはしなかったのだよ」
 マイケルは言った。「今晩のうちに事態を解決したい、もうこれ以上おやじにつきまとってもらいたくないんでね」 ソッロッツォが誠意を込めて言った。「そんなことはもうないと誓ってもいい。君は兄貴のソニーのようにせっかちではないはずだ。なにしろ彼と仕事をするのは難しくてね」
 マクルスキー警部がうなり声を上げた。「この男はいい奴だよ、まったく申し分ない。こないだの晩は悪かったな、わしは年を取りすぎて気難しくなってきている。癇癪がこらえきれなくてな、あの晩もちょうどそんな最中だったってわけさ。」そして彼は、マイケルの入念な所持品検査にかかった。
 車はウエストサイド・ハイウェイにさしかかったが、方向をニュージャージーに向けた。会見が開かれるはずの場所とは違う方向である。やがて橋にさしかかった。狡猾なソッロッツォが、土壇場になって会見の場所を変更したか?
 ところが、橋を渡る寸前、運転手は大きくハンドルを横に切った。車はニューヨークシティにもどるほうの車線に飛び込んだ。それから一行は、イースト・ブロンクスの方向へ向かった。後続車は一台もなかった。
 10分後、車はイタリア人地区にあるレストランの前に止まった。店内は二、三人が遅い夕食をとっているだけだった。ソッロッツォが仕切り席をいやがり、三人は一つだけある丸いテーブルについた。マクルスキーが尋ねた。「ここのイタリア料理はうまいのかね?」ソッロッツォが請け負うように言った。「子牛の肉を食べてみたまえ、まずニューヨーク一だよ」給仕がテーブルにワインのボトルを運んできて、栓を抜き、三つのグラスいっぱいに注いだ。ソッロッツォが説明するように警部に言った。これからマイケルにイタリア語で話すこと、英語だとうまく自分の考えが言い表せないこと、気を悪くしないでほしいことを。「いいとも、こっちは、子牛の肉とスパゲッティさえあれば結構」と警部は皮肉まじりの笑みを見せて言った。
 ソッロッツォは、シシリー語で早口に話し始めた。彼がドン・コルレオーネを尊敬していること、だがドンは旧式の人間であること、自分のやろうとしている仕事の前にたちはだかろうとしていること、そこで起こるべきことが起こったこと、ドンが健康だったらコルレオーネ・ファミリーは孤立無援の戦いを強いられるだろうということ、ドンが健康を回復するまで、一切の戦闘行為を中止し和平、休戦を提案するということを。
マイケルがシシリー語で言った。この取り引きからどんな利益が期待できるかということ、父の命をもう二度と狙わないという保証が得られるかということを。
 ソッロッツォは表情たっぷりに手を上げてみせた。「私が君にどんな保証をしてあげられるね?私は追われるほうなんだよ。私は好機を逸したのだ。私を買いかぶりすぎているよ、君。私はそれほど頭の切れる男じゃない」
マイケルは、ソッロッツォが再び、ドン殺害を企てるにちがいないと確信した。素晴らしいのは、タークが自分を臆病者と見くびっていることだった。

 マイケルはあの奇妙な快い冷たさが、身体じゅうに満ちてくるのを感じた。彼は困っているような表情をしてみせた。ソッロッツォが鋭く尋ねた。「どうしたね?」マイケルはきまり悪そうな様子で言った。「ワインがまっすぐ膀胱に行ったんだな。ずっと我慢していたんだが。洗面所に行ってもかまいませんかね?」ソッロッツォはマイケルの股の間に手を突っ込み、武器を探り始めた。「彼の所持品は調べたよ、彼は空手だよ」とマクルスキーが口をはさんだ。「あまり長くかかるなよ」ソッロッツォはしぶしぶ言った。彼は神経質になっていた。
 マイケルは立ち上がり、洗面所へ入っていった。急いで用を足すと、彼は琺瑯びきの貯水槽の背後に手を伸ばし、その手の先が、テープでとめた短銃身の小型拳銃に触れた。拳銃をはぎ取り、それをベルトに差しこんで、上着のボタンをかけた。手を洗い、髪を湿らせ、銃口から指紋をぬぐい取った。それから彼は、洗面所を出ていった。(コッポラ監督は、渾身の出来栄えと言われるこのトイレのシーンにより、監督続投を認められたと言われている)

ゴッドファーザー72マイケル殺人③

 マイケルは微笑んでみせ、「さあ、話をつづけよう」と、ほっとした様子で言った。マクルスキー警部は、運ばれてきた子牛肉の料理とスパゲティをばくついていた。
 再びマイケルは腰をおろした。ソッロッツォは身をのり出し、マイケルは聞き耳を立てていた。だがマイケルは、相手が言っていることを一言も理解できなかった。文字通り、わけがわからなかった。頭の中いっぱいに血液がどくどくと脈打ち、相手の言葉が少しも意味をなさないのだった。テーブルの下で、彼の手は拳銃のほうへ動き、それを引き抜いた。(この場面は、映画の中でも最大の見どころ。アル・パチーノの迫真の演技が観る者を惹きつける)

ゴッドファーザー107マイケル

 ちょうどその時、給仕が注文を取りに来て、ソッロッツォは給仕のほうに顔を向けた。その瞬間、マイケルは左手でテーブルを払いのけ、拳銃を握った右手をまっすぐにソッロッツォの頭に突きつけていた。ソッロッツォは身をかわそうとしたが、マイケルは引き金を引いた。弾丸はまともに目と耳のあいだをとらえ、反対側に飛び出して、茫然自失した給仕の上着に、血と頭蓋骨の破片の大きな固まりを浴びせかけた。マイケルははっきりと、男の目の中で生命の輝きが薄らぐのを見た。

ゴッドファーザー113ソロッツォ殺害

すぐさまマイケルは、拳銃をマクルスキーに向けた。一撃はマクルスキーの太い雄牛のような喉に当たり、彼は激しくむせりかえりはじめた。まったく冷静に、しかも落ち着き払って、マイケルは相手の頭の天辺に、二発目を打ち込んだ。ソッロッツォは身体の片側をテーブルに支えられ、まだ椅子の中にあった。マクルスキーは、重い身体を前かがみにして床にころがっていた。

ゴッドファーザー53警部

ゴッドファーザー108マイケル②

 マイケルは、拳銃を身体にそって音を立てないように手からすべり落とした。ドアを開け、マイケルは左に折れ、角を曲がった。古ぼけたセダンが近づき、ドアがさっと開いた。「ソッロッツォをやっつけたかい?」テッシオが尋ねた。「二人ともだ。」「確かかね?」「脳みそが見えたよ」マイケルは答えた。
 20分後、マイケルはシシリー行きのイタリアの貨物船上にあった。2時間後に出向した貨物船から、ニューヨークシティの灯火を見ることができた。彼は非常な安堵の思いを味わっていた。

 ソッロッツォとマクルスキー警部が殺害された翌日、ニューヨークシティの警察は、マクルスキー警部殺害の下手人が逮捕されるまで、賭博、売春など、いっさいの違法行為を禁止する命令を出した。一斉手入れが開始され、すべての不法な商業活動は活動を停止した。1946年の五大ファミリー間の戦いが、火蓋を切った。(続く…次回は、8/24<月>に投稿予定)





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