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東京サルベージ【第9回 ■愛と夢と幸福と】

ふるさと納税の返礼品として我が家にやってきたおびただしい量のタマネギがようやく無くなろうとしている。2人と犬一匹の家庭では20キロのタマネギというのはいささかトゥマッチなことは簡単に予想できたが、いつもの貧乏根性で、返礼品の量が多いコースを選んでしまい、長い間タマネギと格闘することとなった。

ふるさと納税制度が始まって、返礼品で旬のものや珍味を楽しむようになって久しいが、先日居住する目黒区のホームページを見たら、「困っています!ふるさと納税」のキャッチフレーズとともに職員がホームページビルダーで作ったようなキャラクターが涙を流していた。そこには「ふるさと納税により目黒区の財源が失われています」と税収の推移がグラフで説明されていた。なんでも令和元年度は21.6億の減収となる見込みで、定員70人規模の保育園40園分に相当するのだそうだ。東京ドームで換算していないところと妙に手作り感のあるホームページに目黒区の本気の切迫感を感じてしまった。さらに「目黒区はこう考えます!」という文章とともに、「返礼品を目的とした本来の制度の趣旨から逸脱していると考えます」という一文が強調されていた。(もう目黒区には泣き落とししかないのか・・・)私は唖然とする思いでホームページを眺めて「あの日」に思いをはせた。

東京都目黒区が、ふるさと納税の返礼品に「EXILE」関連グッズを加えると発表し、ネット民をざわつかせたのは2018年7月だった。EXILEが所属する芸能事務所「LDH JAPAN」の本社が中目黒にあることから、区の担当者は「目黒区にゆかりがありお礼の品としてふさわしい」と説明し、「目黒区には和牛はいないがEXILEがいる」と、息巻いたことが掲載されていた。

私は(やってくれたぜ!目黒区)と、うならされる思いだった。落語の「目黒のさんま」といっても漁獲高はゼロだし、福砂屋のカステラ工場くらいしか産業がないこの街では、特産品がある町の返礼品に太刀打ちできるとは思えなかった。このまま手をこまねいて指をくわえていても、税収が右肩下がりになるのは火を見るよりも明らかだっただろう。そこへ「目黒には黒毛の和牛はいないが、金髪のEXILEがいるじゃないか!」と目をつけた慧眼の士がいたことに、砂漠に一房の花を見るあざやかな思いがした。

「返礼品は地場産品」ということが原則だが、EXILEのメンバーは下積み時代から中目黒で過ごしており、事務所もあるし、区の説明によれば「地元」ということになる。そして、LDH JAPAN側も「区に対し、地元貢献にぜひ協力したい」と熱い気持ちにこたえたというのだ。税収減にあえぐ目黒区の起死回生の策だったのだ。

だが、鼻息荒く始まったこの奇策も、時期が悪かった。amazonギフトの返礼などで全国の一割程度の寄付金を集めた大阪府泉佐野市など、過度な返礼品競争に業を煮やした国が基準を厳格化し、総務省の通知を受けた目黒区は、EXILEグッズは「地元で製造されていない製品」として、返礼品の対象とすることを取りやめてしまったのだ。「基準を守らない自治体は制度から外す」という国の恫喝に屈した形だった。

きっと取りやめを決定するまでに、区の関係者たちの間では、「地元の奇祭を観光資源にするのとなにが違うのか」とか、「目黒区で収穫されたメンバーのグッズならいいのか」と、激論に継ぐ激論が交わされたのに違いない。

きっと目黒区の担当者も男泣きにむせび泣いたことだろうと思う。そして残された最後の手段が「泣き落とし」だったと思われるのだが、一目黒区民としてEXILEグッズに先行する事例を参考に巻き返しを図ってほしいと助言したい。

それは、宝塚市である。

・寄付金額30,000円

月組公演DVD『カンパニー ―努力、情熱、そして仲間たち―』『BADDY ―悪党は月からやって来る―』

・寄付金額37,000円

星組公演ブルーレイ『THE SCARLET PIMPERNEL(スカーレット ピンパーネル)』

宝塚市のホームページにはこのような文字が踊っている。

そう、宝塚市の返礼品のラインナップには、宝塚歌劇団のブルーレイやDVDが加わっているのである。

宝塚がOKでなぜEXILEがダメなのか。


ダンス&ボーカルグループ、ジェルで固めた金髪、絶対的な上下関係、など両者の共通点は多い。また、LDHが主催するダンススクールであるEXPGも宝塚音楽学校をモデルとしたことは想像に難くないし、会社名であるLDHもLove Dream Happiness すなわち、愛と夢と幸せ。まんま、宝塚リスペクトなのである。

思うに、この違いはひとえに「文化だと言い切れる」存在であるかでは無いだろうか。宝塚歌劇団=宝塚市の文化との図式は成り立っても、EXILE=目黒の文化とはまだまだ認知されていないということなのであろう。

それは、まだまだ歴史の浅さに他ならないと思う。前身のZOOにより「Chu Chu Train」が歌われてからまだ30年足らず。宝塚106年の歴史にはほど遠い。

宝塚駅を降り、ショッピングゾーンソリオを抜けると、大劇場に至るまでの「花のみち」。そこを彩るタカラジェンヌ像、オスカルとアンドレ像、宝塚の創設者小林一三翁像といったラインナップ。「清く 正しく 美しく」のキャッチフレーズを見ただけで心の背筋までが伸びる思いがする。宝塚大劇場にたどりつくと、心が躍る。そして10年に一度というオリンピックの比ではない贅沢な大運動会・・・。文化としての深い根付きを口うるさい総務省の役人でも否定できない。

LDHには着々と、中目黒の地で文化としての地固めをして欲しい。

まず手始めに、西郷山公園あたりの土地を買い上げ大劇場をぶっ建てる。

小林一三翁の銅像に対抗して、HIRO氏の上半身ムキムキの胸像を建立する。オスカルとアンドレのベルバラ像には、ランニングマンをする「三代目Jソウルブラザーズ」の像で対抗する。目黒川沿いの本社への道を「R.Y.U.S.E.I.の道」と名づけ整備しぴかぴかにライトアップする必要あるだろう。

EXPG生は、パーカーにTシャツ、ダボっとしたジャージといった私服から、宝塚音楽学校生のようにグレーの制帽と制服の着用を強制。女子はもちろん三つ編み。

中目黒駅近くで東横線と日比谷線を見つけた際には深々と電車にお辞儀する。EXPGの先輩やEXILEやEガールズといったグループのメンバーたちが乗っているかもしれないからだ。日比谷線が地下に潜っても地下を走る車体に思いをはせ深々とお辞儀をする。目黒川沿いを直進してレッスン場に向かう際にも、角を曲がる際には90度の角度を忘れずスタジオ入りする。そして、10年に一度、駒沢公園でアーティストはおろか全国のEXPG生も動員して大運動会を開催する。

無論、目黒区も小中学校のダンス授業における「CHU CHU TRAIN」の習得の必修化、卒業式での「Rising Sun」の斉唱のなど、打てる手を打って地固めをバックアップする必要がある。「EXILEは目黒に限りますな」と言われるその日まで。そうすれば、目黒区の返礼品をEXILEグッズで埋め尽くしても誰も文句は言うまいぞ。

近年新たに開校したEXPG 高等学院は、通信制学校法人「学校法人角川ドワンゴ学園N高等学校」との提携により、ダンスを学びながら高校卒資格を取得できる新しいスタイルのスクールとして、高卒資格を得ることはできない宝塚音楽学校の一歩先を行ったとさえ言われている。道は険しいが、賽は投げられたのだ。文化として定着するまでには、きっと長い年月を要するだろう。

その間私は、愛する目黒区には申し訳ないと思いつつも、縁もゆかりもない町に寄付した返礼品の米やら野菜やらフルーツやらの旬のものに舌鼓をうつのだ。そろそろ、名も知らぬ西の町から、トマトが届くころだろう。

きっと、酸味が効いていて少しばかり背徳の味がすることであろう。


取材、執筆のためにつかわせていただきます。