思わず鏡もツッコんだ話

美意識が低い。
言わずとも察して頂けるかと思うが、私のことである。

大学時代、自宅から遠路はるばる2時間弱の通学時間を要していたのだが、
その間も4年間の大半、すっぴんを晒していた。
化粧をしていない自分の顔に自信があった訳ではない。
周りの友人だってみんな綺麗に着飾っていたし、
コスメ系のyoutuberも全盛期で流行っていた気がする。
何故頑なに化粧をしなかったのか。
眠かったのである。

大学というのは何も朝から活動すると決まった訳ではない。
5時間目だけ行く曜日もあった。
そういう時は昼過ぎに出れば充分に間に合う計算だった。
それこそ「何を眠たいことをほざいているのか」と呟く者もいるだろう。
勘違いしないで欲しいのだが、私はいつも眠いのだ。
授業が遅いならメイクをすれば良いじゃない。
否、授業が遅いなら4時間分寝ていたいのである。

こんな理由だから、ファッションに関しては興味があった。
服装は究極前日でも決められるし、眠かろうが怠かろうが着ずに出掛ける選択肢はない。着ずに出かけても良い世の中なら、眠気に負けてそういう日もあったかもしれない。危なかった。法律が私を人間として保ってくれた。
そういうことで、一番オシャレに気遣っていたのも大学生の時だったかと思う。


そんな私も、社会に出て変わった訳だ。
入社当初、新入社員の私たちはキリッとした先輩に呼び出され「化粧をしていない人は出勤のタイムカードを切ってはいけません」と言われた。
ザワザワザワ…。
なんて声は聞こえる筈もなく、内心焦っていたのは同期の中でも私だけであったに違いない。
皆化粧が毎朝の中で必須イベントだったのだ、脳みそに新規追加したのは、言わずもがな私だけだった事だろう。
根が真面目な私は「化粧をしなきゃ出勤扱いにならないのか!」と思い、それから毎日会社に行く時はきちんと化粧をしている。毎朝10分くらいの時間で粉をはたき塗りまくり「良し」と呟いて出社する。
そんな毎日の中で「もしかして化粧しなくてもバレないのでは…?」と思ったのは入社して1年経った頃だった。

結局そのまま、化粧を義務でしている。
ところが惰性というものは大変恐ろしく、そういう人に何が起こるかというと「これさえ買っとけばええやろ」という基本中の『き!』の化粧品しか買わないので、顔が一生進化しないのだ。
無くなった化粧品を買い足す日々。
たまにパッケージが変わると「販売されなくなったのかしら!?」と一瞬焦る程度のイベントしか起きず、無くなったらまた同じアイテムを買い足すだけ。タスクをこなしている私の頭の中で、私の誰かが口にした。

これって、なんか損してない…?
化粧品って、もっとときめく物じゃ無いの?

一度疑問に感じると、行動するまでは一瞬だった。
「そうだ、化粧品を買おう!」
某CMに触発されて、頭の中で電車が通った音がした。

この段階まで来てようやく思い出したのだが、私は非常にのっぺり顔だ。
犬のパグを思い出して頂ければ、それが殆ど私である。
私が今必要なのは、影だ。凹凸だ。
恥ずかしながら肌艶を良くする化粧品といえば下地とファンデーションしか持っていなかったので、その足でロフトに行き、生まれて初めて(一番安い)『シャドウ』と『ハイライター』を買った。


ワクワクした。
私は帰って早速パッケージをピリピリと破り、化粧品を試す事にした。
日本とは本当に親切な国で、化粧品のケースの裏に、塗り方を丁寧に記してくださっていた。youtubeでやっているような小難しいテクニックは一晩寝たら大体忘れてしまうので、これは大変有難い。
肌という丸っこい面積の中に光と影をいっぺんに手に入れた私は、思わず感嘆の声を挙げたのである。

「ゼンッゼンチガウヤナイカ!」


私が買った化粧品はいわゆるプチプラだった。
2つ合わせても1500円いかないくらいの「守備の買い物」だったのに、
それなのにこんなにも満足して良い物なのか。
まず一番のコンプレックスである低い鼻に、鼻らしき影が出来た。
これは最大の進化である。
それから私は肌が青白いので時々幽霊に間違えられるのだが、
なんだかハイライターを入れるだけで活気が出た。
生きてる人間に見える。
スキップしたくなる高揚感。
そして同時に、膝から崩れ落ちた。
情緒不安定である。
今までの化粧はなんだったのか。
何が「良し」だ!!鏡だって「全然良く無いっす!」と突っ込んでいたに違いない。

化粧、絶対した方がいいわ。


まだまだ化粧をする事に気合を入れなければいけない私ではあるが、
新しい化粧品に手を出してみたい欲が芽生えたところである。
こんなにも気軽にチャレンジが出来るならば、
人生の調味料として活用するに越したことは無いだろう。

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