見出し画像

小説「BUTTER」と新書「女子校育ち」を読んで感じた適量を知ることの大切さ

2017年に発行された柚木麻子さんの長編小説「BUTTER」。今年初めに文庫化されたことで、目立つところにPOPとともに平積みされていたので手に取りました。もうね、眠れないほど熱中しました。重いけれど一気に読める、後味は悪くないけど考えされられる小説でした。

このときに一緒に購入したのが辛酸なめ子さんの「女子校育ち」。こちらは2011年発行なのですが、「中高生が作ったPOPコンクールフェア2020」で平積みされていました。

たまたま手に取った2冊ですが、リンクする部分があったので併せて感想を書きたいと思います。
(文章を引用してます。ネタバレには気をつけますが、事前情報を入れたくない方は読了後に見にきてくださいね。)

文庫版「BUTTER」裏表紙より… 
男たちの財産を奪い、殺害した容疑で逮捕された梶井真奈子。若くも美しくもない彼女がなぜ。週刊誌記者の町田里佳は親友の伶子の助言をもとに梶井の面会を取り付ける。フェミニストとマーガリンを嫌悪する梶井は、里佳にあることを命じる。その日以来、欲望に忠実な梶井の言動に触れるたび、里佳の内面も外見も変貌し、伶子や恋人の誠らの運命をも変えてゆく。 

「BUTTER」というタイトルだけに、食のシーンが多く、とても丁寧に描かれています。そしてどれも美味しそう。最初に梶井が里佳に食べるよう命じた食べ物「バター醤油ご飯」の描写も、よだれが出るくらい食欲を刺激されました。冷たいバターと温かいごはんが混ざり合う様子は、官能的ですらあります。

太ることを気にせずに好きなものを好きなだけ食べる梶井は、自分で自分を許しています。里佳はこんな風に思います。

どんな女だって自分を許していいし、大切にされることを要求して構わないはずなのに、たったそれだけのことが、本当に難しい世の中だ。

私も同感です。
この辺の生きづらさは、「女子校育ち」のまえがきにもあります。

「女子校育ち」の「はじめに」より…
男子の視線が女子を不自由にするということは小学校の時から実感していました。男子のブサイク差別はあまりにも露骨で残酷です。

更に女子校育ちの座談会では、男性からのこんな意見がありました。

「女子校育ち」2009年収録座談会にて30代既婚男性の発言…
「女子校出身の人は気を遣えないことが多い。偉い人のビールのグラスが空いたらすぐ注ぎに行くとかも、ボヤっとしていて気づかない。」

今こんな発言したら、即刻炎上案件でしょうが(笑)、2009、10年当時はわりと当たり前の風潮でした。女性向けファッション誌は「モテ」とか「男受け」で溢れていました。だから「BUTTER」の梶井のように、女は男に尽くして、美味しい手料理で胃袋をつかむことでモテると。「女子力が高い」の中には必ずと言っていいほど「料理上手」が含まれていました。

梶井の被害者の頭には二通りの食卓しかないように感じられる。女が時間をかけて整えた温かく優しいテーブルか、ひとりぼっちのわびしく貧しい出来合いの食事。彼らもまた自分にとっての適量が、よくわかっていないのではないか。

ほかにも様々な対比がでてきます。
男と女、都会と地方、料理する人としない人、大人と子供、本物と偽物、与える人と与えられる人。

しかし読み進めるうちに、女は美味しい手料理で男の胃袋をつかむという考えは、男女ともにバイアスのかかった考えだということがわかります。
物語の終盤、里佳の親友で専業主婦の伶子はこのように言っています。

「食べたいものを、自分の手で作り出すのは、面倒な時もあるけど、楽しいよ」

時間をかけて整えた温かく優しいテーブルは、他人を喜ばせるためのものではなく、自分のためにしていることなんだと。
貧しい出来合いの食事も自分が選んでいることであり、他人にとやかく評価されるものではないのだと。

「自分にとっても適量をそれぞれ楽しんで、人生トータルで満足できたら、それで十分なのにね」

私は、この伶子のセリフがテーマなのかと思いました。

食べることは生きること。その方法や価値観、考え方はそれぞれであるにも関わらず、「レシピ通り」を強要してしまう。それは他人に対しても、自分に対しても。
適量を探すということは白か黒ではなく、グレーを探すこと。ダークグレーでもライトグレーでも名のないグレーでも、自分が満足できればそれが適量だと。

小説の舞台はクリスマスの前から始まり、夏で終わります。まるでバターが溶けるように、さまざまな対比の境界線が曖昧になっていきます。主人公の里佳が料理をすることで適量を探し出したように、他人軸ではない自分軸の「適量」が見つかれば生きづらさも感じなくなるかもしれません。

この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?