konoco

夫と息子がひとり。 写真を撮る仕事をしています。 文を読んだり書くのも好きです。

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最近の記事

田舎コンプレックスから得たもの。

相当な田舎コンプレックスをこじらせていた私。高校卒業後は東京に行きたくて仕方なかった。 姉が東京に住んでいたから、親の説得もたやすく、専門学校への進学と共に上京はいとも簡単に実現した。 ホームシックは皆無で、都会にはすぐ慣れた。 駅まで徒歩でいけること。 友達を家に呼べること。 親の送り迎えに頼らなくていい生活。 ひとつ隠し事が減ったような気持ち。 こういう"普通の生活"がしたかったんだ。 そう思った。 友達に実家の事を聞かれてもそこまで困る事はなかった。 地元の

    • 田舎コンプレックス3

      もちろん高校時代もしっかり田舎コンプレックスをこじらせていた。 ただ、自宅と高校にかなり距離があり 友達がうちに来たがる場面は減ったので いくらか気持ちはラクだった。 しかし、思春期真っ最中。 ついに"彼氏が家に遊びに来たがる問題"が やってくる。 これもまぁまぁ苦しいものだった。 この家を田舎を見られたら100%引かれると 思っていたし、そんな事で引く男なんてこっちから願い下げ…なんて思える程、その頃の私は強くなかった。 ただ意を決して覚悟を決めた事もある。 高校

      • 田舎コンプレックス 2

        田舎コンプレックスが、急激に強まったのは やはり中学生くらいからだと思う。 友達はいたけれど、 一度も家に呼んだことはない。 家はバレたくない。 なぜだか割と目立つグループにいたから できればかっこいい自分でいたかったのだろう。 皆の家は普通の住宅街にあって、綺麗で羨ましかった。 普通の家、普通の住宅街、"普通"というものに憧れていた。 基本的に中学は自転車通学なのだが、 遠いのでよく親に車で送り迎えしてもらっていた。 夕方の街頭が少ない道を自転車で帰るのも嫌いだった。

        • 田舎コンプレックス

          最近、幼少期や思春期の自分と向き合い思い出したこと。 私にはとても強烈な"田舎コンプレックス"があった。 本当に田舎が嫌いだった。 私が育ったのは広島県のド田舎。 田んぼと山だらけで、コンビニなど商店は歩ける距離には無くて、バスも通ってなくて、最寄りの駅までは、自転車でもそこそこの距離なので親の車で行くのが当たり前だった。 家は祖父が自分で建てた家で、茶色い屋根に漆喰。畳の部屋。昔ながらの間取り。広い玄関。古いタイルのお風呂。ぼっとん便所。家の外には農機具。 祖父が建

        田舎コンプレックスから得たもの。

          いつも出会いは突然に。

          午後6時。 わたしはいま、ある場所から動けなくなっている。ある人の帰りをただただ待っている。 思い返せば、今日のお昼前。 わたしは出会ってしまった。 部屋の掃除をしながら、ふとベランダ窓のサッシをみると。 奴がいた。 奴は動かない。 2歳の息子が部屋中を走り回っているのに動かない。 死んでいるに違いない。 私は奴の生死を確かめるため、緑色のあれを手に取った。 ただどうしても奴の半径1メートル以内に入ることができない。 死んでいるんだ。絶対に死んでいると言い聞かせて、1メ

          いつも出会いは突然に。

          しっぱい。

          2歳の息子は、毎日しっぱいをする。 漢字で書くほどの失敗でなく、どちらかというとひらがなの方がしっくりくる"しっぱい"。 トイレでしっぱいしたり、貰ったばかりのおやつを落としたり。そういうしっぱい。 彼はしっぱいしたあとは必ず全力で泣いて怒って、次の日には全力で笑っている。 母の私も失敗をするけれど、大体の失敗はしっぱいと思った方が上手く行くことを息子から学んだ。 しっぱい程愛おしいものはない。 全ての失敗はしっぱい。 #あの失敗があったから

          しっぱい。