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いつも出会いは突然に。

午後6時。
わたしはいま、ある場所から動けなくなっている。ある人の帰りをただただ待っている。

思い返せば、今日のお昼前。
わたしは出会ってしまった。
部屋の掃除をしながら、ふとベランダ窓のサッシをみると。

奴がいた。

奴は動かない。
2歳の息子が部屋中を走り回っているのに動かない。
死んでいるに違いない。
私は奴の生死を確かめるため、緑色のあれを手に取った。
ただどうしても奴の半径1メートル以内に入ることができない。
死んでいるんだ。絶対に死んでいると言い聞かせて、1メートルの距離から攻撃。

次の瞬間。
響き渡る悲鳴。
泣きじゃくる息子。
そう。奴は生きていた。

動き出した奴に攻撃をするが、1メートルの距離がどうしても縮められない。

奴は攻撃から逃げるように息子のおもちゃ箱に入っていった。
私は早々に奴を捕まえることをあきらめた。
よりによって奴の入っていったおもちゃ箱には筒状のものに子供がボールを通して遊ぶおもちゃの'筒'が大量に入っているのだ。
とてもじゃないが、その筒をひとつひとつ見る勇気はない。
そして奴と同じ空間にいる事も拒まれる。
私は息子と共におもちゃ箱から3メートル離れた隣の部屋に身を置いた。

そしてにある人にメッセージを送った。

今すぐかえってきて。

ある人とは私の夫である。
夫とは今朝喧嘩をした。
絶対謝らないと思っていたのに、この際そんなことはどうでもいい。
なんなら100回でも謝るから今すぐ帰ってきて欲しい。

夫からは
すぐには帰れない。だが定時には帰る。
とメッセージが来た。

私はずっと待ってると答えた。

それから5時間、わたしはおもちゃ箱から目を離さないようその場所から必要以上に動かなかった。
時折ガサガサと音がしたがおもちゃ箱からでていく姿は今のところない。

5時間の間。
息子には沢山の絵本を読んだ。奴に動きがないかは常に気にしながら。
奴のいる部屋にテレビがあるので今日は見なかった。
息子はいつもより多くの絵本をとても楽しんでくれた。
そして、かか大丈夫だよ と声をかけてくれた。

息子は15時頃お昼寝をしだした。
そこで私は奴を横目に仕事で使う道具を作り出した。
ずっとやりたかったのに目の前の忙しさにかまけてやらなかった事。
なんだろう。とてもはかどる。
基本その場所から動けないからテレビを見たりおやつを食べたり等の無駄な事もしない。

作業も終わり、18時。
私は夫の帰りをただただ待っている。
こんなに夫の帰りを待ち侘びている日なんてあるだろうか。
私は思った。
この人なしじゃ生きていけない。
朝の喧嘩の事は帰ってきたら謝ろう。

なぜ、奴は数年ぶりに私の目の前に現れたのだろうか。

奴は今日もしかしたら夫婦の危機を救ってくれたのかもしれない。
奴は息子との時間をいつもより楽しませてくれたかもしれない。
奴は仕事に打ち込む時間をプレゼントしてくれたのかもしれない。

奴は一体何者なのだろうか。

今から帰るよ。
夫からのメッセージがきた。

奴が息を引き取った後に言おう。

ありがとう。
もう2度と来ないでください。

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