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「私、好きな人がいます」

「私、好きな人がいます」

私は何度も練習する。この言葉を。

壮樹とは付き合ってそろそろ3年になる。高校3年の夏、向こうから告白してきた。

「付き合ってほしい」

部活で日焼けした壮樹は、俯き気味にそう言った。

壮樹との付き合いは、何もかもが初々しかった。初めてのデート。初めてのキス。初めての・・・

壮樹がそういうことをしたいのはわかっていた。私も、もちろん興味はあった。友達同士、そういう話で持ちきりだったから。

壮樹との初めては、痛すぎてあまり覚えていない。

私たちは大学に進学した。壮樹は地元に残った。私は東京の大学に進学した。

「俺たちなら大丈夫でしょ」
壮樹は何度もそう言った。まるで自分に言い聞かせるように。

私は昨日、先輩とキスをした。

同じサークルの、1つ上の先輩。

先輩は私に彼氏がいることは知っていた。私は壮樹が好き。でも私は、先輩とキスをした。

先輩は私のことを好きと言った。好きだから、と。

私はあの時、どうしたかったんだろう。わからない。ただ気づいたら、私は先輩の優しい唇に包まれていた。

「私、好きな人がいます」
私は何度も口ずさむ。

来週、壮樹が東京に来る。私は壮樹に何て話すのだろう。

先輩は、私と壮樹と会いたがっている。二人と会いたいと先輩は言った。よく意味がわからなかった。

「なんで、ですか?」と私が聞くと、「だってその彼氏がいて初めて、君は成立しているわけだから」と答えた。

先輩は帰り道、妙なことを言っていた。

「彼氏と、セックスしてよ、たくさん」

私はどんどん混乱した。先輩は、私のことが、好き、なんでしょ?

「たくさん愛し合って。その彼氏と」「僕は君と彼と、ひとつになりたいんだ」

私と壮樹と先輩が、ひとつになる?

私は先輩の声を聞く。耳元で。先輩は私にキスをする。唇、首筋、耳。私の全てが、火照っていくのがわかる。

壮樹は私の熱くなったところを弄る。必死に、私から先輩を振り払うように。

壮樹が私を味わう様子を、先輩はじっと見つめている。
恥ずかしい、すごく。

先輩がいやらしく私の耳を舐める時、壮樹がそれを見つめている。見つめながら、濡れた私の熱を口元で掬う。

私にはわからなくなる。壮樹と、先輩、どっちが好き?どっちが、どっち?一緒になって私に触れて、一緒になって私の中に入ってくる。

でも私は、ひとり。私のことは私自身が、抱くんだ。そして私は、世界を抱く。

小さい頃、家の近くの公園で、弟とおままごとをしたことがあった。妙な、おままごとだった。

とてもリアルで、けど、どこか非現実的で。

弟は言った。「お姉ちゃんと一つになりたい」

私は弟を抱きしめた。とても強く。

「私、好きな人がいます」

私はきっと、壮樹にそう言う。先輩が、それを求めているから。

そして同時に、私は壮樹に求めている。私のことを、もっともっと深く強く、求めてくれることを。

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