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「孫子の兵法」に学ぶスピーチ 空気に色を付け「見える化」する技術(6.虚実篇)

 およそスピーチを行うにあたって、早い段階で形を作り上げて聴衆の反応をリサーチしたり、ライバルの出方を伺う人は有利であるが、本番ギリギリになって準備を行う人は骨が折れる。だから巧みにスピーチを行う人は、聴衆を思いのままにすることができ、相手に振り回されることがない。
 聴衆に関心を持ってもらうことが可能になるのは、利益になることを示して話をするからである。聴衆に「自分の考え方ではだめだ」と思いを改めさせることができるのは、害があることを示して心にブレーキをかけるからである。だから、聴衆が何も考えていない時には、いい意味で疑問を生じさせることができ、満ち足りた気分でいるときは、物足りなさを生じさせることができ、静かで落ち着いた様子の時は、行動を起こすようにしむけることができるのである。
 聴衆が必ず反応を示すような言葉を繰り出し、聴衆が新鮮な感動を覚えるようなフレーズを生み出し、時に長いスピーチを行ったとしても自他ともに疲れさせないというのは、想定されるライバルの思いもよらない発想で話を展開するからである。
 聞く人に強いインパクトを与えるパブリック(語り掛ける)スピーチを行って、選挙に当選したり、テレビの商品紹介で多くの売り上げを上げるというのは、聞く人にサプライズと共感を与える話だからであり、事前に十分な準備を行い、着実に読み上げるスピーチを行って、「失言」や「自己陶酔」そして「矛盾」という失敗を回避することができるのは、ライバルに隙を与えないからである。
 パブリック(語り掛ける)スピーチを巧みに行う人には、ライバルはどうやって対抗すればいいのかわからず、着実に読み上げるスピーチを成功させる人に対しては、鵜の目鷹の目で揚げ足取りを狙っている人は、攻め所を見失うことになる。
 攻めるスタンスのスピーチを行うことによって、ライバルの立場にいる人間が有効な対抗策を打ち出すことができないのは、相手の隙を突いた話を行うからである。
 リスク回避のスタンスでそれまでに述べていた話題に触れなくなった人や、初めからきわどい題材に触れない相手に対して攻めようがないのは、スピードに対応できないからである。
 逆にこちらの立場で考えてみよう。ライバルを議論の土俵に引きずり込み、論破したいと願うときには、相手がたとえ自分の実績や仲間を囲い込み、嵐の過ぎ去るのを待とうとしても、どうしても出るところに出ざるを得なくなる。
 なぜそうなるのか、それはライバルがそのまま放置すれば、自らの立場が危うくなる問題について指摘をするからである。
 さらに逆の立場で考えてみれば、こちらが議論しなくないと思うときには、仰々しく構えなくても、自分の立ち位置をはっきりさせるだけでも、ライバルはこちらと議論することができない。そうなるのはライバルが指摘したいと思う問題点をはぐらかすからである。
 そこでライバルにはっきりした態勢を取らせて、こちらは手のうちを明かさず、「どうぞ先にお話ください」というのであれば、こちらは相手の出方に応じた言葉の集中砲火を浴びせることができるが、ライバルは疑心暗鬼に陥り何も言えなくなる。
 こちらは論点を絞り込むことに成功し、ライバルは失敗したとしたなら、それはあたかも10倍の数で相手を攻め上げることにも通じるといえよう。
「多勢に無勢」という言葉があるが、論点の絞り込みはまさしく戦争における「兵力の集中」になぞらえることができる。
 さらに言えば、ライバルがこちらの主張したいことを事前に察知できていないとすれば、たくさんの準備をしなければならず、貴重な労力を分散しなければならない。
 例えば、前後左右すべての方面に精強な部隊を配置できれば、鉄壁の防御ができるだろうが、現実にはそうはいかない。いろんな論点の話を手薄な形で準備することになり、各個撃破で論破されるのが落ちである。
 今述べた形になってしまうのは、ライバルを相手に備えをする立場だからである。反対に論点を絞り込み、集中砲火をあびせることができるのは、ライバルをこちらのペースに引き込み、備えさせる立場だからである。
 そこで、ここ一番の場所やタイミングが分かったなら、たとえ労力を要したとしてもスピーチで雄弁を振るい、あるいはライバルに討論を挑んで論破すべきである。
 勝負所や「時」を見失ってしまえば、いくつかある論点の重要なポイントが散発的な主張にとどまってしまい、数多くの聴衆を納得させ、ライバルに止めを刺す機会を失ってしまうであろう。
 ともかく、ライバルの裏をかき、主導権を奪う形でスピーチやプレゼンテーションの準備をおこなうことができれば、たとえ相手が規模の大きな会社や著名な人物であっても勝利を得ることは可能である。
 そこで、スピーチやプレゼンを行う前にライバルの嘘と真実を知るためには、公開されている情報から利害や損得勘定を計算したり、電話やメールで連絡したり、ソーシャルメディア上で相手にあてつけたメッセージを発信して反応を確かめたり、踏み込んだ調査を行って弱点と強みを把握したり、あるいはアポなしでの訪問や、挑発を行って相手の対応を見極めたりして、有利なところや手薄な所とを知るのである。
 そこで、スピーチやプレゼンテーションの準備を行う体制として、理想的な形といえるのは無形になることである。無形であればたとえスパイが潜り込んだとしても、意図を察知されることはなく、知恵の働く者であってもこちらの考えを洞察することができない。
 ライバルの態勢に応じたスピーチやプレゼンで相手を打ち負かすやり方は、一般の人たちにはわからないであろう、その人たちは我々がとった体制がスピーチやプレゼンを成功させたことを理解したとしても、実際の運用方法までは理解できないのではないだろうか。
 したがって、一度成功したスピーチやプレゼンの方法があれば、同じやり方を繰り返そうとするのが人の常であるがこれではいけない。スピーチやプレゼンのやり方は、ライバルの態勢に応じて、無限に変化するものであることを忘れてはならないであろう。
 たとえて言えば、スピーチやプレゼンのありかたは、水の流れのようなものでなければならない。水は高いところから低いところに流れていくが、スピーチやプレゼンもライバルの手薄な所を突くべきであろう。
 水には決まった形がないように、スピーチやプレゼンにも絶対に変わらない「勝ちパターン」というものはあり得ない。ライバルや聴衆の状況に合わせて、変化させながら絶妙な話を行ってこそ「成功した」といえるだろう。
 それはあたかも、季節や一日の天候が常に変化しながらめぐっていくのと同じである。

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