近藤昇の「仕事は自分で創れ!」
DXが進展していくとしたら人間はどうなるのか?
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DXが進展していくとしたら人間はどうなるのか?

近藤昇の「仕事は自分で創れ!」

今、世間ではDXが流行っている。
ここ数年、IT業界特有の用語もかなり一般化された。AIを筆頭に、5G、ビックデータ。幾つかすぐに思い浮かぶ。
最近は、それを凌駕しそうな勢いなのがDXである。まだ、幸いと言うか当然というか一般の生活者はそれほど知らない。

ちなみに、DXを簡単に紐解くと、デジタル技術を駆使して社会を変革するである。
デジタル技術は、一般の方の理解としては、ITとそれに関係するデジタル機器ぐらいの解釈で良い。これは、まさしくデジタルで情報をどう扱うかという事とも解釈できる。

結局は、私たち人間を主体に考えると、DXが進むと、より情報化が進み、本当に私たちの仕事や生活にとって必要なものが、今まで以上に簡単に低コストで取得できるということになる。

DXが進むとバラ色の社会や生活が待っている。これがDX推進派の主張の骨子だ。
しかしながら、私みたいなへそ曲がりとしては、ここで、本当にそうなのか?
そもそも、情報がすでに溢れているのに、更に情報が増えるのでは?もっと便利になったとして、何のため?そもそも、デジタル社会で人間は幸せになるのか?
こんなことを改めて考えてみたい。

デジタルというのは記録である。
私たちの個人の営み、社会の活動、人類の全データ、こういうのが恐ろしいスピードで記録されていく。しかも、その記録がどういう意図でどういう目的で行われているかをほとんど知らない。

今日本でも、防犯カメラが至るところについている。犯罪が発生した時、犯人検挙に役立つことは、日本人ならたいていの人が知っている。そういう意味では、防犯カメラというのは正しい。一方で、しかるべき人だけが、記録された映像を見るだけであれば、問題にはならないが、ひとたび同じデータ(情報)を別の目的で使うと、たちまち、不安な社会となる。
いわゆる監視カメラとなってしまうのである。

よくあるプライバシー侵害の問題ではなくなってしまう。実は、現代の日本においては、私たち生活品にとっては、分かり易い身近な例だが、デジタル社会の進展(その大部分はIT社会の進展と考えて間違いない)により、見えないところでの記録が劇的に進む時代でもある。

もちろん、これからは、DXによる恩恵も色々と生まれるだろう。一方で、窮屈な不安な社会の進展にもつながる。ITやデジタルなどの最先端科学技術は、常に諸刃の剣である。だからこそ、人間一人一人が、基本に立ち返って、こういう大きな社会の変化に適応するためのスキルや考え方を身に付ける必要がある。

私はそれを“人間らしさ”として使ってきた。
もちろん、日本人なので日本人らしさも大切にしたいが、日本人である前に人間なのである。これは世界共通なのである。ITもDXも世界同時に進行するならば、この人間の課題も世界共通だと思う。
人間が生み出している情報、その情報に翻弄される人間、さらにその情報量とつながりが加速される。こんな時だからこそ、人間らしさに正面から向き合ってみることも大切なのではと思う。

人間と人間の関係性の中に人間らしさの原点があると思うし、これはどれだけ世の中にデジタル技術が浸透していっても変わらない。やはり、琴線に触れる付き合いというのは人間でしかできないことだと思う。そういう関係性から生まれる情報はとても貴重なものとなる。

以上

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近藤昇の「仕事は自分で創れ!」
1962年徳島県生まれ。ブレインワークスグループCEO。 中小企業の経営のお助けマンを軸に、企業、官公庁自治体などの組織活動の支援を手掛ける一方、ベトナム、ルワンダを中心とする新興国ビジネスにも精通。https://www.kondohnoboru.com/