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令和4年4月4日

 拝啓。陽春のみぎり、ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。新生活にはなれましたでしょうか。私はまだまだです。

 先日、上野恩賜公園へお花見に出かけました。JR上野駅は想像以上にモダンな感じでした。新しく建てかえたのでしょうか。ずいぶん綺麗な駅です。

 時期も時期ということで、上野恩賜公園は大変多くの人で賑わっていました。子どもが破顔させながらかけ回っているのを見ると心までホカホカしてきます。「子どもは世界の宝」本当にその通りだと思います。

 上野駅を出て公園に入るとすぐ右手に国立西洋美術館があります。あいにく改装中で中に入ることはかないませんでしたが、これがかの有名なル・コルビュジェが設計した建物かと感慨深い気持ちになりました。建築のことはよくわかりませんが、世界遺産に認定されるくらいなので、何かすごい技法が使われているのでしょう。僕が知らないことはまだまだあるみたいです。

 井の中の蛙大海を知らず─

 正面には上野動物園の看板が目に飛び込みました。そのとき上野動物園があったことを思い出しました。パンダで有名な動物園くらいの知識しかありませんが、今度来たときには入園してみようと思います。

 国立西洋美術館を過ぎて右に曲がると、今度は国立科学博物館がありました。予定にはありませんでしたが、僕のあふれんばかりの好奇心が入ろうよと言うので、彼を宥めながら入り口に向かうと、どうやら事前予約が必要なようでしたので諦めました。高鳴る好奇心は喚き叫びの阿鼻叫喚でしたが、なんとか彼を落ち着かせました。

 国立科学博物館を超えてそのまま直進すると、横断歩道を渡ったところに東京国立博物館が悠然と立っていました。またしても、うちなる好奇心がドクドクと騒ぎ出し一人で突っ走りそうになったので制止するのに苦労しました。今度こそはと思い入り口に向かうと、残念なことにこちらも要予約が必須でした。にっくきコロナウィルス。許すまじ。
 先ほどまで鼻息の荒かった好奇心も、ぷしゅーと萎んでしまいました。ああなんて可哀想。

 僕は横断歩道を再度わたり、右にあった案内図を確認しました。そこから向かって右手前に旧東京音楽学校奏楽堂なるものがあったので向かってみることにしました。

 途中にトイレがあったのですが、その後ろで女性が歌を歌っていました。驚くほどの美声と歌唱力で少し見入ってしまいました。春に似つかわしい素晴らしい歌声です。

 旧東京音楽学校奏楽堂は明治時代に建築されたような西洋風の建物でした。木造だったような気がしますが、すいません、記憶が曖昧です。ぜひ自分の目で確かめてみてください。
 外観を眺めていると、ふたりの女の子を連れた女性が中にすたすたと入っていきました。これから演奏でもするのでしょうか。中からは今にも素敵な音色が聞こえてきそうです。

 旧東京音楽学校奏楽堂から見て左奥には東京芸術大学がありました。ひと目見てみようと足を向けたその刹那の出来事でした。男性の叫び声がしたのです。
 旧東京音楽学校奏楽堂の前には長蛇の列ができていたのですが、そこで何らかのトラブルが起きていたようです。60代くらいの男性でしょうか。禿頭でお腹がポッコリ飛び出ています。胸にボーダー模様のあるポロシャツとジーパンを履いていたような気がします。
 その彼が列に並んでいたであろう女性に「こっちこいよ!ばばあ!」と怒号をあげているではありませんか。今にも飛びかかりそうなので、ふたりの男性が彼を押さえて宥めていました。行き交う人も何事かとじーっとことの成り行きを固唾を飲んで見守っていました。僕もその一人です。
 どちらが悪いとか興味はなかったのですが、目が離せませんでした。しかしその光景を見つめていると次第に悲しい気持ちになってきた自分に気がつきました。こんなにも歴史と芸術に満ち満ちた高尚な場で、「ばばあ」などという卑俗な言葉を喚き散らすとは。怒るなと言っているわけではありません。怒りの発露の方法に疑問を呈しているのです。
 そこで僕は思いました。芸術は感性の研磨剤であると。用法・用量を正しく守って使用すれば私たちの感性を磨いてくれますが、それを怠れば支障をきたすのは不可避の事象です。用法・用量を守らない人は芸術に気触れすぎて感性が過剰鋭利化し繊細になりすぎてしまう。芸術の過剰摂取は公園の中央で「こっちこいや!ばばあ」などと怒号させるに至らしめ、ゆえに人は愚劣極まりない醜態を衆目に披露してしまうのであります。

 私は「芸術かぶれ症候群」を引き起こした男性を横目にその場を去りました。かような人のそばにいると自分の心までもが荒んでくるからです。直ちにその場を離れるのが適切だろうと思いました。

 芸術は良くも悪くも人を集めてしまう。とうぜん集まる人が多ければ多いほど、「芸術かぶれ症候群」を発症する人の割合は高くなり、下手をすればその矛先は自分に向きます。芸術には得てしてこのような性質があると思います。ぜひとも芸術の過剰摂取にはお気をつけてください。

敬具

文化人気取りの僕

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