紺乃未色(こんのみいろ)

小説・エッセイnote。いろいろ書きます。・エブリスタ 超・妄想コンテスト(優秀作品×…

紺乃未色(こんのみいろ)

小説・エッセイnote。いろいろ書きます。・エブリスタ 超・妄想コンテスト(優秀作品×5)・パピプペポ川柳/短歌(入選)

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失恋少女と狐の見廻り【第一話】はじまりの音

 【あらすじ】  失恋した。告白してもいないうちに。  わたしは高校の制服姿のまま、千影神社の鳥居をくぐり、長い石段を一段飛ばしで駆け上がった。  もともと走るのなんて大の苦手だ。あっという間に酸素を上手く吸えなくなる。 「はあ、はあ。どうして?」  わたしばっかり、こんなに苦しいんだ。  打ち上げられた魚のエラがぴちぴち動くみたいに、わたしは、ぜえぜえと呼吸する。 「なんで、なん……で、よ」  言葉にならない声。そこに憂鬱な気持ちをのせて吐き出そうとしても、ちっともすっき

    • 失恋少女と狐の見廻り【第十話】鍵に誘われて

       一月四日は雨だった。  お正月が終わったとはいえ、まだ忙しい時期。時間を見つけて、あかずの扉を見に行ってみよう! そう思ってはいたのに、まったく余裕がない。 焦る気持ちとは裏腹に、五日も六日も時間ばかりが過ぎてしまった。 「もう、アルバイト最終日か……」  鏡の前でぽつりと呟く。  今日は、いつもより少し早めの出勤を頼まれている。人の気配がしない更衣室でわたしはロッカーをあける。  そこに意外なものが置いてあった。 「鍵?」  わたしは念のため、周囲に人がいないことを確認し

      • 失恋少女と狐の見廻り【第九話】弱った身体で思うこと

         大晦日、一月一日、二日と目が回るような忙しさのなか、わたしは先輩たちとともに、目の前の仕事に集中した。  明日、一月三日はやっとお休み。そう思いほっとした夜、背中にぞくぞくとした寒気を覚えた。もうずいぶんと感じていなかったけれど、これは、発熱前の前触れ……。 「うわあ。やばいかも」  わたしの勘は当たり、体はどんどん重たくなって、座っているのすら辛くなる。 「早めに寝よう。ごほっ」  まずい、咳まででてきた。  わたしが弱った動物みたいに布団の中で丸くなっていると、窓をコン

        • 失恋少女と狐の見廻り【第八話】久しぶりの実家

           お祭りから二日後、大晦日の前日はお休みだった。  年末年始はアルバイトだから、わたしは今のうちに実家に帰ることにした。  一週間ぶりの我が家だ。 「彩羽ったら、ちょっと見ない間に、しっかりしたねえ」  おばあちゃんが感心したように言ったのは、わたしがオーブントースターのなかで膨らみつつあるお餅を、見守っていたときのことだった。 「えー、ほんと? 家離れてたの、たったの一週間だよ?」  おばあちゃんの方をちらりと見て、わたしは言った。 「ええ、ええ。なんていうのかしら。うまく

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        失恋少女と狐の見廻り【第一話】はじまりの音

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        • 失恋少女と狐の見廻り
          10本
        • 創作活動の記録
          7本
        • 【全三十話】私にヨガの先生はできません!【完結済み】
          30本
        • 読書感想文
          1本
        • エッセイ
          1本

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          失恋少女と狐の見廻り【第七話】甘酸っぱいリンゴ飴

           あかずの扉の前で、着物姿の男性に声をかけられたのは、お祭りのある日のことだった。 「その扉に興味津々といった様子だね」  さっきまで人の気配なんてなかったものだから、わたしの肩はぴくりと跳ねた。この人は、お客さんだろうか。  でも、この旧館はスタッフしかこないような場所……。 「え? そうですか」  うまくとぼけたつもりだけど、見透かされていそうで怖い。  男性はにっこりと笑ってうなずく。身長が高く、メガネをかけている。べたりと貼り付けたような笑顔がすっごくうさんくさい。

          失恋少女と狐の見廻り【第七話】甘酸っぱいリンゴ飴

          失恋少女と狐の見廻り【第六話】満月の夜に

           寮から歩いて十分ほどのところにある露天風呂は、思っていたよりも広々としていて空いていた。というより、誰もいなくって、茜さんと二人で貸し切り状態。こういうのは珍しいらしくって、茜さんは歌うようなテンションで、ラッキーだわ、と口ずさんでいる。  ごつごつとした石で囲われた湯船。そこからもくもくと白い湯気があらわれては消えていく。 「はああああ、最高!」  茜さんは、露天風呂のはしっこにもたれかかるようにして、声を上げた。 「ふう。疲れ、飛んでいきますね」  茜さんの真似をして背

          失恋少女と狐の見廻り【第六話】満月の夜に

          失恋少女と狐の見廻り【第五話】わたしを知るぬいぐるみ

           その気になれば、わたしには人ならざる者が見えるはず、というようなことを狐さんから聞いてから、身の回りがちょっぴり変わった、ような気がする。 「うーん。今、なにかいた、かも……」  古い建物だからか、いたるところに人間ではないなにかがいるように思えて仕方ない。どうしてか、とくに、今日は気配が強い。  ざわざわと落ち着きを失くしたなにかがそこにいる感じ。 「彩羽、どうかしたの?」  数メートル先で茜さんが首をかしげている。 「あ、いえ、なんでも」 「ならいいけど、ほら、次は『イ

          失恋少女と狐の見廻り【第五話】わたしを知るぬいぐるみ

          失恋少女と狐の見廻り【第四話】あかずの扉

           パンパンにむくんだ足をひきずるようにして、あてがわれた寮の一室へと辿り着く。朝から夜まで、忙しなく人が動いている。  目が回るような忙しさの中であれこれ覚えるのは、想像以上に大変だった。学校の勉強みたいに、机に座って、黒板の文字をノートに写して、頭に入れるのとは全然違う。  これ、初めてのアルバイトにしては、ハードルが高かったんじゃないだろうか。 「はぁ。ただいまー」  もちろん返事はない。朝、敷きっぱなしにした布団が、そこにあるだけだ。  今すぐ作務衣のまま布団へとダイブ

          失恋少女と狐の見廻り【第四話】あかずの扉

          失恋少女と狐の見廻り【第三話】桜ノ風旅館

           わたしってば、凄いじゃない。  桜ノ風旅館の短期アルバイト採用試験は、すらすらと進み、高校の冬休みが始まる十二月二十三日から雇ってもらえることになった。  面接のときに聞いた話によると、仲居さんの補佐スタッフというポジションみたい。働くときは、着物じゃないけど、作務衣っていう和風の制服を着るらしい。それも、お花の模様が入っていて、けっこうおしゃれ。こういう制服を着て働くの、ちょっと憧れてた。 なんだか楽しそうかも。  早くも心地よい達成感を覚えて、るんるん気分で出勤した自分

          失恋少女と狐の見廻り【第三話】桜ノ風旅館

          失恋少女と狐の見廻り【第二話】美しい男性

           次の日は、土曜日だった。  冬休みの宿題をしていても、ご飯を食べていても、本を読んでいても、ふとした瞬間に、大和くんのことを考えてしまう。  今頃、付き合ったばかりの彼女さんと遊びに行っているのかな、とか。  でも、まだこの恋心、諦めなくてもいいんだ!  そのためにも、わたし、頑張る。 「約束の時間、もうすぐだ!」  夕方、おばあちゃんには友達と勉強会をするのだと伝えて、家を出た。  神社の石段を上り、鳥居をくぐったところで「あ」と小さく声が漏れる。  人がいたからだ。 「

          失恋少女と狐の見廻り【第二話】美しい男性

          私にヨガの先生はできません!【第三十話(最終話)】笹舟にのって

           八月の土曜日。  私は閉店後のホットヨガスタジオに入り、隅々にまで視線をやった。  少し高い天井、白い壁、ぴかぴかの鏡、弾力性のある床。どれも入社時からちっとも変わっていないのに、前よりも愛着を感じるのは、ここが私にとってより大切な空間になったからかもしれない。 「よーし」  前屈をしてみる。  両方の手のひらがぺたりと床についた。スタジオの床はまだ熱い。  上体を起こし、鏡を見る。  そこに映っている私は、なんだか嬉しそう。  十一ヶ月前のことを思い出す。そういや、ちょう

          私にヨガの先生はできません!【第三十話(最終話)】笹舟にのって

          私にヨガの先生はできません!【第二十九話】祝日プログラム

           七月の祝日。海の日がやってきた。朝から開催している試飲会イベントは反響の良いスタートだった。  出勤後、私はすぐにポットにミネラルウォーターを注ぎ、そこにルイボスティーのティーバッグを入れておいた。そのまま一時間ほど置いて完成したものを、片井さんが送ってくれた試飲用の小さな紙コップに入れて、チェックイン・チェックアウトをする会員さんにお渡しする。  流れはざっとこんな感じ。  ルイボスティーは常温で用意することにした。  冷やすのは、体のことを考えて却下。  温かくするのも

          私にヨガの先生はできません!【第二十九話】祝日プログラム

          私にヨガの先生はできません!【第二十八話】七夕の夜に

          「笹永さん。笹永さーん」  一ノ瀬さんの声に、はっと飛び起きる。 「え? あれ? 私……。眠ってました、よね?」  カウンターテーブルの上に伏せていたスマホをひっくり返し、慌てて時間を確認する。  九時五分。  閉店時間を過ぎている! あたりを見渡すと、他にお客さんは誰もいない。 「はい。ぐっすりと」  一ノ瀬さんが笑っている。 「ほんっとうにすみません!!!」 「いいんですよ。お疲れなのかなと思って、あえて起こさないでいたんです」  はらりと肩からなにかが落ちて、フローラル

          私にヨガの先生はできません!【第二十八話】七夕の夜に

          私にヨガの先生はできません!【第二十七話】カフェ・くじら座で見る夢は

           その後、二十時まで働いた私は、カフェ・くじら座に寄ることにした。  家に帰ってゆっくりしたい。そう思うよりも、腰を下ろして一息つきたい気分。明日が休みということもあってか、身体は休息よりも癒しを求めていた。  夕方以降のカフェ・くじら座には静けさが漂っていて、とくに私のお気に入りなのだ。 「いらっしゃいませ」  笑顔で出迎えてくれたのは一ノ瀬さん。お客さんは他に二名のみだ。 「こんばんは。あ、なんか久しぶりかもですね」  そういえば、一週間以上、ここに来ていないのは珍しい。

          私にヨガの先生はできません!【第二十七話】カフェ・くじら座で見る夢は

          私にヨガの先生はできません!【第二十六話】準備する日々

           翌日、ホットヨガスタジオ・Vegaに出勤した私はすぐさま、片井さんへと電話をかけた。 「お世話になっております。片井さん、今、大丈夫ですか?」 「はい! もちろんです」 「あのですね……」  一週間後にルイボスティーの試飲会を開催したいことを伝える。「祝日だけだと来れない人もいるかもしれないわ」というえりかさんからの意見を参考にして、平日の二日間も含めて、トータル三日間のイベントにしたい。 「試飲会! いいですね。少し、お待ちいただけますか? 確認させてください」 「はい」

          私にヨガの先生はできません!【第二十六話】準備する日々

          私にヨガの先生はできません!【第二十五話】電車に揺られながら

           今から戻るね。駅のホームでカレン宛のメッセージを打ち込んでいく。途中で抜けてしまったことをあらためて謝るのも忘れちゃいけない。  出発まではまだ十分ほどあるみたいだ。  私は準急電車に乗り、ロングシート座席の端っこに腰を下ろした。  プラットホームにアナウンスが流れ、向こう側の線路をファーンという迫力ある音とともに特急電車が通り過ぎていく。  見慣れた駅のなにげないワンシーンに身を置いていると、やっと、実感が湧いてきた。橘さんの緊急代行をやり遂げたのだ、と。カレンの家で話を

          私にヨガの先生はできません!【第二十五話】電車に揺られながら