火星のあの子【ショート小説】
日曜日の12時、JRと私鉄が乗り入れている駅の改札を抜けると、天井が高い通路に百貨店や旅行代理店の入口が並んでいる。目印の柱を探して近づくと、くすんだ水色のコートを着た女性が視界に入った。
実際にいて安心したが、相手の表情が少し怖い。あ、ちょっと苦手かも。
近づくと目があった。
「アヤさんですか」確信しつつ、恐る恐るたずねると、
「はい ….... ナオキさんですよね」かすかに明るくして問い返された。
「あ〜よかった! 人違いだったらどうしようかと思いました」意識的に声を高くして明るさを装う。
じゃあお店に行きましょうか、と言い並んで歩く。事前にメッセージでやり取りして決めたイタリアンレストランは駅から徒歩2分。
”家から遠くなかったですか? 人が多いですね。 暑くないですか?”
沈黙しないように話しかけるが、
”大丈夫です。 そうですね。 大丈夫です。”
いずれも一言で返されてしまう。気まずい。
予約したレストランに着くとテラス席に通された。
1つのメニューを見ながらどれを食べるか決める間は会話が続いたが、注文を終えるとまた話題に困る。
「コーヒーお好きなんですよね。最近行ったおすすめのカフェとかありますか?」
「・・・最近忙しくてあまり行けてなくて・・・」うつむいてしまった。
うーん、これは...無いかな。正直つらい。
アヤさんとはマッチングアプリで知り合った。カフェとアジア旅行が共通の趣味で気が合い、真面目そうなところがいいなと思ってなんとか会う約束を取り付けた。写真だともっと明るい感じだったんだけど。
今日は消化試合かな。前菜を口に入れながら、割り切ろうと決めた。
テラス席の外の道で、急に同じ方向から歩いている人が増えた
「何かあったんですかね」
「映画が終わったんじゃないですか?」
「あー、、、そういえば、好きな映画ってなんですか? ベタですけど。ハハッ」
すると少し黙り込んで
「トータルリコール、って知ってますか? シュワちゃんが記憶を消されて火星で戦うやつ」
姿勢を少し乗り出して
「あれを小さい頃に観てずっと印象に残ってるんですよね。結構グロいシーンが多いんですけど、今が夢なのか現実なのかわからないところがあったり、火星ってこんなところなのかなとか、子供ながらに考えさせられたというか・・・
っていうか可愛くない答えですよね!」
突然自虐的な笑いでごまかしてる。無難なタイトルを答えるかと思ってて正直意外、というか
「あ、いえ全然! むしろ僕もトータルリコール覚えてます。テレビで観てシュワちゃん何者なの? とか記憶が書き換えられることとかが怖くて、めっちゃ印象に残ってます」
「わかります! じゃああの映画みました? ・・・」
お互いに好きな映画のシーンについて語って、小学生のころのエピソードとか、最近チェックしてる漫画について質問しあった。
アヤさんの顔のこわばった感じがなくなっていて、なんだか、綺麗だなと思う。僕も顔が笑っていることに気づいた。
次に会う口実をどうやって作ろうか。
さっきまでと違う緊張を胸に感じながら赤ワインに口をつけた。
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