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憧れではなく『ひらやすみ』が必要なんだ

『ひらやすみ』を読むと、ほわんと暖かい気持ちになります。

そしていつも思うのです、「ああ、良いなあ」って。

だけど、最新5巻を読んでその気持ちにちょっと変化がありました。
「良いなあ」で終わるんじゃなくて、「憧れるなあ」で終わるんじゃなくて、わたしたちには「ひらやすみ」が必要なんだ、って。

※5巻のネタバレが含まれますので未読の方は注意してくださいね。

『ひらやすみ』はフリーターのヒロトくんと、その従姉妹で美大生のなつみちゃんが阿佐ヶ谷の平屋で2人暮らしをしている日常の漫画です。

タイトルは『平屋』暮らしと『休み』で『ひらやすみ』だと思うのですが、ヒロトくんとなつみちゃんの休日を描いているわけではありません。
むしろ最近のヒロトくんは以前にも増して忙しそうにアルバイトを掛け持ちしているし、なつみちゃんだって慣れない大学生活と漫画家への夢の両立に大忙しです。

では『ひらやすみ』の『やすみ』ってなんでしょうか。
わたしは『余白』かなあと思っています。

漫画における”余白”

『ひらやすみ』で印象的なシーンはいくつもありますが、わたしにとってその多くが台詞の無いコマです。

たとえば5巻、39日目『春霞』の67-68ページ。
阿佐ヶ谷を散歩中、タラの芽に似た植物を見つけたなつみちゃんが地元・山形でヒロトくんとタラの芽を採っていた昔を思い出す回想シーン2コマと、なつみちゃんの顔のアップ、帰り道の背中が描かれた2コマ。
台詞がない2ページですが、なつみちゃんがヒロトくんとゆっくり春を楽しみたい気持ちがよく伝わってきます。せっかく桜が咲いたのにヒロ兄は何してんだろう、というムッとした気持ちと、最近忙しそうだなあという心配な気持ち。別にヒロ兄がいなくたってと思いつつ、ヒロトくんにぶつけられないモヤモヤを、足元の石ころを蹴飛ばすことで晴らそうとするなつみちゃんの意地らしさにセンチメンタルを感じつつも微笑ましくなります。

5巻、41日目『新学期』105ページの右上のコマもとても好きでした。
親友から恋人ができたことを報告されたなつみちゃん。「よかったじゃん!」と声をかけるなつみちゃんに、彼女は言うのです。「あのさ なっちゃん。これからも、友達でいてね。」と。「えっ、何急に。当たり前じゃん!」と返すなつみちゃんのコマの前に、驚いて固まった、それでいてちょっと安心したようななつみちゃんの表情が描かれるコマが1コマ入るんです。この1コマがすごく良くて。
なつみちゃんにとって彼女は大学で出来た初めての友人で、とても大切な存在です。そんな彼女が好きなひとと結ばれたことを嬉しく思いつつも、どこかでなつみちゃんはちょっと寂しかったんだと思います。だからこそ彼女の方から「これからも」という言葉を貰えたことに安心したと思うんですよね。けど気恥ずかしいからそんな安心感は出さずに「えっ、何急に。当たり前じゃん!」と返す。良かったね、なつみちゃん、と口角が上がってしまいます。この台詞のない1コマがあることによって、なつみちゃんのことをより身近に感じるんです。

人生の”余白”

5巻を読んで気持ちに変化があった、と冒頭で書きました。それはヒロトくんの友人、ヒデキの話を読んだから。
いままでの巻で散々面白い友人として描かれていたヒデキ。結婚して、子供も産まれて、幸せそうで。愚痴があればそれを肴にヒロトくんと呑んだりもして。
だけど、そんなヒデキが心を病んでしまうのです。

『ひらやすみ』を読んでいて感じる「良いなあ」という憧れや心地良さは「余白」の部分から来ているんだと思います。

心を病んでいるヒデキの毎日には余白がありませんでした。余白のない日々を送っていると、周りがどんどん見えなくなります。旬のものを大事にしながら伸び伸びと暮らすヒロトくんのことを羨ましくなり、羨ましさに留まらず妬みすら覚え、思わずLINEをブロックしてしまうヒデキの気持ちが、悲しいことに分かってしまいます。なぜならわたしも余白のない日々を過ごした経験があるから。
だからこそ思うんです。「良いなあ」で終わるんじゃなくて、「憧れるなあ」で終わるんじゃなくて、わたしたちには「余白」のある日々が、「ひらやすみ」が必要なんだ、って。

五感を使って季節を感じること。
「ありがとう」や「休んだほうがいい」や「花見しない?」を大切なひとたちに伝えられること。
みんなの楽しそうな声を聞きながらぬか漬けを切っている時に感じる「なんか幸せだなあ」っていう気持ちや、そういう日常の些細な瞬間を見逃さず、大事に出来ること。

そんな人生の「余白」を愛おしく思える漫画が『ひらやすみ』なんだと思います。

1巻を読んだ時とはまた違った視点の感想になりました。
ヒロトくん、なつみちゃんと一緒に、わたしも『ひらやすみ』していこうと思います。憧れるなあ、で終わらせずに。

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