コンビニ人間

わたしは世界の歯車になれているだろうか

共感と拒絶が同居している小説だと思った。

第155回芥川賞受賞作
村田沙耶香『コンビニ人間』

「どれどれ」なんて軽い気持ちで読み進めていたら、お腹の底の方にじわりじわりと黒いものが溜まり始めて、なんだか嫌だなあと気付いていても目が離せなくて、黒いものが半分くらいまで膨らんだときには最後のページ。
わたしにとってそんな小説だった。


古倉恵子はコンビニバイト歴18年の36歳。
大学1年生の頃にオープニングスタッフ募集の貼り紙を見つけ、そこからずっと同じ店舗で勤務している。18年間ずっとだ。

コンビニ店員として生まれる前のことは、どこかおぼろげで、鮮明には思いだせない。
(p11)

始まりはリアルすぎるファンタジーのよう。

恵子はコンビニバイトを全うしている。天職なんてもんじゃない。コンビニバイトをすることによって初めて恵子は普通になれるのだ。


恵子の幼少時代の描写は人によっては気味が悪いかもしれない。しかしその気味の悪さは純粋すぎるが故であるように思う。
例えば公園に死んだ小鳥がいる。周りの子供たちはわんわん泣いている。そんな状況で恵子はどうしたか。母の元に小鳥を持って行って「これ今日の夕飯にしよう」と言うのだ。お父さんは焼き鳥好きだもんね、と。
恵子には分からなかったのだ。折角死んでいる小鳥を土に埋めてしまう理由が。その場所に生きている花を殺して撒く理由が。

恵子は自分が普通ではない行動を取ってしまうことを隠して生きることになる。なぜ駄目なのか理由は分からないものの親を悲しませることになるのは本意ではないからだ。

今まで、誰も私に、「これが普通の表情で、声の出し方だよ」と教えてくれたことはなかった。
(p20)

そんな恵子がコンビニのアルバイトを始める。
接客のマニュアルで店員としてどうあるべきかの「普通」を教わった恵子は、コンビニバイトとして生きる時だけ普通でいられるようになる。

「いらっしゃいませ!」
私はさっきと同じトーンで声をはりあげて会釈をし、かごを受け取った。
そのとき、私は、初めて、世界の部品になることができたのだった。私は、今、自分が生まれたと思った。世界の正常な部品としての私が、この日、確かに誕生したのだった。
(p25)

前半は読んでいてわくわくした。
ちょっと変わり者の主人公だけど愛すべき人だと思えた。仕事に対して真っ直ぐな姿勢は大変好ましいし、とにかくコンビニでの仕事に全てを注ぎ込んでいる。ちょっと、本当にちょっとコンビニで働いてみたいとさえ思ったほどだった。
恵子は、この人とシフト入りたいなと思う人だ。


そんな変わり者の恵子に少し共感できる部分があった。

恵子は「普通」が分からない。コンビニバイトとしての自分を終えた瞬間から恵子は普通を失う。だから恵子はいつも自分の近くに存在する人の影響を受けながら自分自身を保っている。

わたしもあったなあ、と恥ずかしい過去を思い出す。
中学の頃の部活の女の先輩。可愛くて憧れだった。話し方が後輩に対しても丁寧でとても好きな先輩だった。
2年生になって後輩が入ってきたある日のこと、わたしが後輩に教えている姿を見た同級生が「こむぎ、○○先輩の話し方に似てるね」と言ってきた。無意識だったのが余計に恥ずかしかった。好きな人には似せていってしまうのだろうか。話し方を似せたところで先輩みたいにはなれないのに!その日の部活は自分の本来の喋り方が分からなくなりふにゃふにゃだったことをよく覚えている。

共感、と書いたが恵子の場合は意識的だ。意識的に影響を受けて寄せていっている。自分と同年代の人がどんなブランドを持っているかこっそりロッカーをチェックする様はゾッとするとともに少し応援の気持ちが入る。恵子の賢いところは、同じブランドを買うのではなく、そのブランドとともに購入されている他のブランドをネットで探して買うところだ。全く同じにしないところが恵子らしい。

話は逸れるが、わたしは昔ちゃおっ子だった。(ちゃおっ子とは「ちゃお」を読んでいた子の総称である)ちゃおは夏の増刊号としてホラー&真夏の恋愛特集というのを出していた。わたしはホラーが苦手だ。苦手だけどせっかく買ったから、と一応全てに目を通した。そしてトラウマとなる作品に出会い後悔するのが毎夏の恒例だった。
そのうちのひとつに、自分と顔が似ている転校生がやってくる、というものがあった。最初は「それ可愛いね!お揃いで買おうよ」と文房具や洋服を買いに行き悪い気がしなかったものの、いつの間にか全て自分そっくりになっていて、最終的に自分の居場所を全て奪われる、というようなストーリーだった、と記憶している。
わたしはこの話から洋服をお揃いで買うことについて本当に心の底から恐怖を感じるようになってしまった。小学生が読むホラー漫画がいまだにトラウマって。。

恵子はギリギリこうはならない。そこに安心した。もともと頭の良い人なのだ。ただちょっと、普通が分からないだけで。


もう一点共感できるのが「怒り」の感情が無いという点だ。

わたしもあまり「怒り」の感情が無い。社会人になってから少しずつ芽生え始めたような気がしないでも無いけど、基本的には周りが怒るような場面で「なぜこの人はこういうことを言うんだろうか」と悲しくなるタイプだ。

同じことで怒ると、店員の皆がうれしそうな顔をすると気が付いたのは、アルバイトを始めてすぐのことだった。(中略)怒りが持ち上がったときに協調すると、不思議な連帯感が生まれて、皆が私の怒りを喜んでくれる。
(p34)

なんて悲しい描写なんだろうと思う。
悲しいけど、これ経験ありませんか?わたしはあるよ。別に自分自身は大して怒ってもいないくせに参加しちゃうようなやつ。参加しないと今度はこっちに飛び火がくるやつ。なんてバカバカしいんだろう。
さらに悲しいことに恵子は、こうして皆が自分の怒りを喜んでくれる度にホッとするのだ。よかった、ちゃんと「人間」ができている、と。


わたしは冒頭で共感と拒絶が同居している小説だと書いた。

拒絶は後半部分。婚活目的でコンビニバイトを始める白羽という男性が出てきてからだ。きたない言葉を使ってしまえば、胸糞悪い、それに尽きる。
とにかくわたしは白羽に対して拒絶反応が出てしまう。

彼の言い分は分かる時と分からない時がある。
混乱する。乱される。自分が正常でいられなくなる。

ああ、あと何よりも嫌だったのが食事についての描写が非常に不味そうなこと。これはわたしにとってものすごくダメ。うぐぐ、となった。逆に食事の描写が美味しそうな作品は大好き。映画も本も。


最後まで読んで希望のある終わり方だという人もいれば、バッドエンドだととらえる人もいるでしょう。わたしは「それでいいんじゃない」派だ。もう、どうでもいいよ。構わないでくれ。そんな気持ちになった。

前半部分の掘り下げ具合と後半部分のサラッと感で、どれだけ後半が苦手だったか分かりますね。

うん。背筋をピンとして生きよう。


白羽よ、頼むからわたしの前には現れないでおくれ。



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