マウンドに立ち続ける理由なんて
360度、逃げ場がない。
誰の視線からも逃れられない。
こんもりと盛られた土の上。
震える手足。
それでも目線はただ前を。
おおきく振りかぶって投げた球はそのまま真っ直ぐミットに収まるのか。それとも小気味良い音をたてて打ち上がるのか。
少しでもコントロールが狂ってしまえばバッターの身体に痛みを与えてしまう可能性だってある。
マウンドにはいつだってひとりだ。
誰かが一緒に立ってくれる訳じゃない。
震える身体。打たれる恐怖。
書くことも、似ているのかもしれない。
文章を書いて、わたしはマウンドに上がる。
書くときも、公開するのも、ひとりきりだ。
公開した文章はわたしの手を離れて飛んでいく。
投げた先に読者はいるのかな。
投げたことによって痛い想いをさせていないかな。
書き方、もっとストレートでも良かったのかも。
投げる前も、投げた後だって、怖くなる時がある。
それでもマウンドに立ち続けるのは何故だろう。
*
『おおきく振りかぶって』という野球漫画がある。
主人公の三橋は埼玉県の公立高校・西浦高校に入学。野球部は今年軟式から硬式に変わったばかりで部員は1年生たった10人。
そして投手は三橋ただひとり。
中学時代、群馬県の三星学園でエースを務めていた三橋。
けれど西浦でエースを任されることに対して自信が無い。
三星でエースをやれていたのは祖父が経営する学校でヒイキのエースだったから。
実力だけで言えば同じ投手である叶の方が上だったのに。
捕手だって、叶との方が上手くやれていたのに。
自分がヒイキでエースをやっていたから三星は負け続けた。
三橋の投げる球は遅い。
高校入学時の最高球速は時速101キロメートル。
ほとんどがそのまま進学するところを三星に進まず、高校は野球を諦めるつもりで隣県の西浦に入学。一目見るために行ったグラウンドで監督に捕まった。
叶がエースだったら三星は勝っていたかもしれない。
チームは3年間楽しく野球を出来ていたかもしれない。
それでも、
3年間チームメイトに「ヒイキ」だと言われ続けても、三橋はエースとして投げ続けた。逃げ場の無いマウンドに立ち続けた。
叶にマウンドを譲っていれば。
自分ではなく叶がエースだったなら。
そう思っているから西浦でエースを務めるのが怖い。自分が投げればチームは負ける。チームメイトの3年間を棒に振る。こんな遅い球投げたらみんなにガッカリされる。自分のせいでみんなが負ける。自分のせいでみんなが野球を嫌いになる。自分のせいで。
そんな三橋に、西浦の捕手である阿部はこう声を掛けた。
マウンド譲りたくないのなんて投手にとって長所だよ
その言葉に動かされて三橋は一球投げる。
一球見せればみんな諦めるだろう、と。
けれどその一球で阿部もまた気付くのだ。
三橋の「まっすぐ」のクセと、スピードは遅くても確かなコントロールに。
三橋は、ストライクゾーンを9分割して投げていた。
9分割コントロールが出来るようになるまで、三橋はひとりで一体何球投げてきたんだろう。
周りから「ヒイキだ」と言われても、負け続けても、チームメイトから嫌われていても、それでも三橋がマウンドに立ち続けた理由は、至極シンプルだ。
三橋はピッチャーが好きで、だから投げている。
投げて、勝ちたい。ただ、それだけ。
*
「磨け感情解像度っていうコンテストがあるんだけどね、なかなか書けなくて。書いては決してを繰り返していたら結局1文字も無くなっちゃった」
「ひとつ、聞いていい?」
「なに?」
「書けないって苦しんでるけど、それでも楽しいんだよね…?」
実際あまりにも書けなくて下書きを2種類ちまちまと進めては消してを繰り返していた。
運動音痴で苦しんだ小学校の頃のことを書こうかな。それともマスクを常に着けるのが当たり前になり感情が読みにくい世の中で、唯一マスクの下を見れるお昼休憩に全力でドキドキしてしまう女子高生の話を小説にしてみようかな、とか。
そんな時に、恋人と話していたら聞かれた。
楽しいとは、すこし違うのかもしれない。
ただ、どうしても書き切りたいなって思った。
磨け感情解像度というコンテストのマウンドに上がりたかった。
マウンドに立たないと見えなかった景色。
noteを書き始めるまでは知らなかったそれを、いまのわたしは知ってしまった。
三橋のように嫌われるのは怖い。
だけどnoteというグラウンドは書き手が読み手であることが多い。
三橋の凄さに最初に気付いていたのは阿部ではなく叶だった。
チームメイトがヒイキだと言おうが、叶は中学の頃からただひとり三橋のことをエースだと認めていた。それは叶が同じ投手だったからこそ気付けたことだった。
同じ書き手である同士だからこそ読み合い、高め合える。
良かったものには「せーの、ナイピッチー!」ってどんどん声に出していこう。その声に押されて、投手はまたマウンドに上がれるんだから。
わたしが書いて放ったものは、人によっては見逃し三振かもしれない。もしかしたらデッドボールだってあるのかもしれない。そうならないように出来るだけ丁寧に投げたいとは常々思っているけれど。
毎回ホームランなんてある訳ない。
だけど、たまにでも誰かの心にヒットが出たらものすごく嬉しい。
わたしが投げなければ、そのヒットは出ない。ましてやホームランなんて。マウンドに立って投げなければその感覚を味わうことは出来ない。
だから、怖くてもマウンドに立ちたいと願ってしまう。
360度、逃げ場がない。
誰の視線からも逃れられない。
言い換えれば、見てくれている人がいるということ。
わたしの投げられる球種は少ない。
スライダー、シュート、カーブ、シンカー、色んな持ち球があるのを見ると羨ましくもなるけど、一気に全部が身につく訳じゃない。
それにストレートなら投げられるなんてそんなことも無いんだ。ストレートならって思ってたけど、実はそれも変化球なんだって。
だからまずは自分の持ち球を全力投球してみる。
見当違いのところに飛んじゃう時もあるかもしれない。それでもそうやって投げていくしか無いんだ。
背中に背負う番号は1番。
今日もわたしは一生懸命、真っ直ぐ、投げる。
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