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オリジナル短編「Free_Heart」

かっこいい...!!

眼帯をした一人の男が、剣を片手にして次々と盗賊を倒していく。
その光景に幼い私は目を輝かせながら、引き込まれるように見つめていた。
母親の歯の治療を待つため、何気に取ったその一冊の本が私にとっては運命の出会いだった。


Free_Heart



「ねえねえ、お母さん!あの絵本買って!!」

ちぎれてしまうんじゃないかと思うくらい、裾を引っ張って。
今までにないくらい、わがままを言った。

「ダメよ、あれは歯医者さんので...」
「お母さま、宜しければ差し上げましょうか?」
「えっ?」
「ちょうどボロボロで処分しようと思ったんです」
「やったー!」

何かの縁なのか、その絵本は次の日には処分しようかと悩んでいたらしい。
病院の名前のシールが剥がされ、受付の人から手渡しされる。

「ありがとう!」

それ以降から、私はその絵本を毎日読むようになりました。
朝も昼も夜も。時々、ご飯やお風呂の時も持ち込もうとして、叱られたっけ。
その作品はたった一冊しかなく、シリーズなどは販売されていなかった。今思えば打ち切りだったと思う。
—————でも、そんな事どうでもよかった。構わなかった。
だって、絵本を開ければ、いつでもその人に会えるのだから。
一見は怖そうに見える主人公だけれど、貧しい人達に財宝を渡していく。
自ら幸せになれば良いという海賊たちと違い、
人のために戦う彼の姿は私にとって、最高の王子様だった。
だって、そうじゃない。
自分のためじゃなく、誰かのためになんて。
見た目も育ちで判断せず、``本当の心を見ているから``。

「だから、大好きなんだよね!」
「ふ~ん」
「...?どうしたの?」
「いや...さっきから存在しているように話してるけど、それ‘‘キャラクター‘‘でしょ?」
「うん」
「どこかいいの?私たちを守ってくれるわけじゃないのに」

たったその言葉で、私の何かが壊れる音がした。
キラキラ輝いていたものが、消えていくように。
淡い期待が、ドロドロになっていくように。

「で、でも、貧しい人達を助けてくれたんだよ?」
「‘‘貧しいから‘‘でしょ?」
「...」
「可哀想だから、助けたんだよ」
「でも...」
「それにさぁ、その主人公... 見た目``怖い``じゃん。あっ、授業始まるよ」

チャイムが鳴ると共に同級生は席に座るけれど、
私はその場で立ちっぱなしのまま。
先生に名前を呼ばれても、頭の中で疑問が飛び交い、糸がグチャグチャになっていく。

_____私が‘‘おかしい‘‘の?

ねえ、おかしいの?この話も、絵も、あの人の事も.....。

恥ずかしくなって、悲しくなり、辛くて。
全てが違うと思った、それ以降。
————— 私は絵本を読むのをやめた。


「もしもし、こちら〇×株式会社ですが...」

数十年後、私は普通の社会人になっていた。
...いや、”普通じゃない”かもしれない。

「貴方、またこの書類間違ってるよ!!」
「す、すいません」
「これで何度目よ!貴方、言ったわよね?二度と同じ間違いはしないって!!」

会社に入ってからというもの、自分の努力不足に痛感する日々。
何度もミスをしてしまうのに、
気を付けていたとしても、してしまう。
分かっているのに。許されるのは子供の頃だけ。 
どうして出来ないんだろう。こんなにダメなんだろう。
そんな事が今月から、毎週から、毎日と続けば、
眠れなくなり、ついには病院から「うつ状態」と書かれてしまった。

「どうしてこうなるんだろう...」

診断書を貰い、何もかも失った夜。
まるで突き落とされたみたいな感覚だけれど、這い上がれる気力もない。
体が重くなり、ベッドに入ろうとした時、
足元に何かが硬いもの当たった。

「なんだよ...」

ますます嫌気が差して拾った後、ベッドに腰を下ろす。
近くにある電気スタンドを付けて見ると、
そこにあるのは、ボロボロとなった一冊の本。

「これは...」

描かれていたのはどこかで見た覚えがあるもの。

「あっ」

その瞬間に蘇るのは、忘れていた貴方の声だった。

『久しぶりだね、どうしたの?』

「.....」

『そうか、辛かったんだね』

「........」

無意識だった。
ページがめくれていくと、私が大好きだったシーン。

大丈夫、俺を信じて

差し伸べられたイラストに思わず手を重ねた途端、今までぎゅうぎゅうになっていた心の糸が溶けていく。
薬の副作用でもない。都合の良い解釈かも知れない。

—————どうしてだろう、

「何故こんなにも貴方が愛おしいの」

涙で溢れて止まらない。絵本のページ数を滲ませた。
そうだった、私を支えていたものがここにあったんだ。
いつも絵本の中で励ましてくれている、大切な存在に。
いつしか見えないものを愛するなんて『恥』としていたけれど、
こんなにも美しくて、自分を取り戻してくれるなんて。

本当に好きなんだ

“愛”って、こういう事を言うんだね—————。


それから、どれくらい経ったんだろうか。
絵本の貴方を愛してからというもの、相応しい人になりたくて、部屋の片付けから身だしなみなど全てをこなしたの。もちろん、病院もちゃんと通って、無事に完治。

「今まで楽して、休んでいたくせに」
「その歳で会社をやめるなんて、どうかしている」
「自爆するだけだぞ」

会社を辞める際にそのような言葉が飛び交ったけれど、貸す耳はないと全てをシャットダウンした。
だって私はあの人に救われたし、本当に愛しているから。
壊そうとする場所なんて、いらない。
だって今の私はこんなにも生き生きとしているんだもの—————。

「ありがとうございます!大切にします」

深々とお辞儀をして帰っていくファンを見送りながら、
数年後の私は今、絵本のサイン会に腰を下ろしていた。
側から見たら、まだまだ知名度が足りないかもしれないけれど、私はガヤの声など耳に入らない。
気がつけば愛する貴方はもう同じ世界の人になっていて、
お互いにはきらりと左薬指には婚約指輪があった。
現実と次元との両方の夢を叶えた今、
こんなに幸せに満ち足りるなんて、誇りに思うから。

「いつも応援してくれて、ありがとう」

次に来るファンを呼んで、サインを描いて顔を見上げると、私が描いたキャラクターのマスコットをつけていた。

「その子が好きなんだね」
「あっ、はい!凄く愛しているんです」

その途端、口が滑ってしまったと言ったような表情をすると、ファンは一気に顔を赤くして慌てて謝った。

「す、すいません!おかしな事を言いました!!」
「大丈夫ですよ、むしろ...」

数年前の私に寄り添うように、笑顔で答えた。

その子が貴方の生きる希望になれて、良かった



究極の愛”。
それは自分を輝かせる希望であり、
例え、形が他と違うと認識したとしても、
その愛は決して偽りでも妄想でもない、
本物の愛”。

「自分を救ってくれる存在は、全て素晴らしいと思うから」

END.

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