きれいな水はどこから来るの? 緑の森の奥底抜けて
天然水、おいしい水、湧水、泉水、深層水 etc.
日本でも地下水を原水とするものや、ミネラルを添加したもの、水道水といった飲料水を詰めたものなど、さまざまなミネラルウォーターが売られています。
六甲、南アルプス、富士山といった名前が付いた天然水であれば、その地域で汲み上げられた地下水が適切に処理されてボトリングされたもの。
地下から汲み上げる天然水は、厳しい基準での品質チェックや、周囲の環境影響調査や地下水位を検査を通じた取水制限などが定期的に行われているに違いありません。
ですが、この地下水。そもそもどこから来るのでしょう?
日本で最初にウィスキーの生産を始めたサントリー。
仕込み水に最適な地下水を求め全国を探し回った経験を持ち、工場敷設でも流通よりも良質な地下水が豊富にある場所を第一に選んできたという企業が2000年初頭にスタートさせた涵養プロジェクトのお話です。
お酒や清涼飲料水をつくる企業にとって基幹資源ともいえる天然水。
地下水が流れてくる川上の様子に始まり、降った雨のルートを辿り、どのくらいの歳月をかけて工場地下にたどり着くかという調査が始まりました。
プロジェクトでは、すべての工場の水源涵養エリアにおいて、汲み上げられる地下水以上の水を森で涵養しようという提案がなされるのですが、そのポイントの一つが社会貢献やボランティアといった活動ではなく、地下水という天然資源を必要とする企業としての活動。
名のある企業が水源保護のため山林を購入するとなると、不動産投機といったマネービジネスに利用されてしまう可能性が避けられません。
そこで、法人版の緑のオーナー、分収育林の活用に乗り出します。国の所有する森林を主伐まで期間契約し、国は契約金で手入れを行い、契約満了時には利益を分配する…と、ここまでは良いのですが、木材価格を考えると契約終了時には分収どころか分損となる可能性が高い…とは言え、企業の目的は、木の販売利益ではなく地下に浸み込む水。という事でプロジェクトは進められていきます。
一般的に、日本は水が豊かな国だと思われていますが、以外にも日本の水は少ないのだそうです。
平均雨量だけをみると、世界の陸地の平均は年間880ミリ、日本の全国平均は1750ミリと、確かに多いのですが、人口密度の高さから、一人当たりに換算すると、世界平均19600立方メートルに対し5100立方メートルとその値はなんと約1/4…
山の占める割合が非常に高く、梅雨、台風、地域の豪雪など、多くの雨が一定の季節に集中して降る上、折角降った雨も、川を伝って急速に海に流れ出てしまう可能性が高いのです。
地下水の滞留期間も欧米などの平地型の地下水に比べはるかに短いそうで、大陸では数百、数千、数万年という滞留期間が一般的なのに対し、日本の地下水は多くの場合、数年から数十年で地上(海中)に湧き出てくるのだとか。
日本には石灰岩が少ないということもありますが、この滞留期間の短さがカルシウムやマグネシウムなどのミネラル分の少ない軟水が日本に多い理由のようです。
さらに言い換えると、日本列島の地下に留まる水の量は決して多くはなく、毎年湧き出している地下水量のわずか数十倍程度しか貯蔵されていないということになるそうです。
森に降った雨はその多くが蒸発してしまいます。枝葉を通り抜け地面に届いた雨も、木や草が根から吸収して枝葉から蒸散させ、空に戻っていきます。
森があっても水が増える訳ではなく、むしろ水の量は減っていくのですが、森ができると地下に水が浸透しやすい土壌が形成されていきます。
雨水の地下への浸透を促すことで、洪水のように無駄に流れ去る水の量を減らし、地下に浸透した水をゆっくりと湧き出させることができるようになります。渇水期の流量を増やし、地下水の量を増やし、利用可能な水の量が増やされていく…
森によって雨水が浸み込みやすい土壌が出来上がれば、地下水も育まれていくのです。
森の地下では草木の根が、地上では降り積もる落ち葉や落ち枝といった有機物が、ミミズなどの小動物や微生物の餌となり繁殖が進んでいくと、土は団粒構造になってきます。粘土や砂が有機物でふんわりと結びつけられた粒が沢山出来上がれば、粒と粒の間にも隙間が生まれてきます。
ふかふかに積もった豊かな森の土の下に、水が浸み込みやすい地層があれば理想的な地下水の涵養が行われます。いくつもの地層に磨かれ地中深くにまで到達し、程よくミネラルが溶け込んだ深層地下水。
緑のダムで水を育んでくれるのは緑の樹々ではなく、豊かな森林土壌なのだそうです。森の樹は土壌を守り育むことで、地下水の涵養に貢献しています。
天から森に降り注ぎ、土壌に染み込み、汲み上げられるまでの水齢は、最も若いものでおよそ20年。
天然水、改めて森と土壌の年月に想いを馳せてみませんか?
参考文献:
水を守りに、森へ ―地下水の持続可能性を求めて
山田 健 著
2022年8月7日 立秋